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「そりゃそうよね」

 自分達は天女に恋をした自覚もなく、また庄左ヱ門ともう1人の1年生も惚れたそぶりはない。けれど自分達の側に“落ちて”来たのだ。天女であることは確実。
 しかし忍術学園に行くわけにもいかない。それならいっそ、この人を学園から離してしまえば、見つかることも学園が荒れることもないのではないか。

「それで先輩は『街に行くがついて来ないか』と聞いたんです。そうしたら、その天女様が『どうかお願いします』と逆に頼み込んでこられて」
「うん」
「その時のおつかいの内容が団子を買って来ることだったので、学園長先生お気に入りのお店に行きました。ここに来た理由を聞きながら。
 そうしたら突然、団子屋の主人が出てきて天女様に『好きだ!』と言って、そのまま口吸いをしたんです」
「わぁ、本当に情熱的になるのね」
「そのあとすぐ、天女様は光に包まれて消えていきました。
 それを見た僕たちは、ああ天女様は成仏したのかと思いました」
「なるほどね」

 ふむふむと名前は頷いた。
 庄左ヱ門の話の通りなら、確かに成仏という表現が一番ふさわしい。

「それで、2つ目は?」
「はい……ええと、その時は大変珍しく天女様が直に学園に落ちてきたんです。その時は2年は組の先輩方が木登りをして遊んでいて、その木の1つに天女様は引っかかりました」

 そして幹に強く頭を打ち気を失ったと聞くと、なんやかんや自分は運が良かったのかもしれないと思わされる。あの時もし自分が打ちどころ悪く気を失っていたら、あの山賊達の食い物にされていたか、それとも────
 想像するだけでゾッとした。

「天女ってどうしてみんな、そんな珍妙な体験をしてるのかしらね」
「そもそも未来から飛ばされる時点で、かなり珍しい体験をしていませんか」
「確かに」
「ただその天女様は、すごくその“珍体験”を楽しんだようでした。彼女は目覚めて開口一番、食堂のランチが食べたいと言ったそうです」

 しんべヱに負けず劣らずの食いしん坊で、食堂の食べ物を空にする勢いでメニューを制覇していった。白魚の煮付け、筑前煮、田楽、ラーメン──それは時代にそぐわないんじゃないか、というのは聞いてはいけないらしい。
 とにかく色々なものを食べ尽くし、最後に「ああ美味しかった」と呟いて消えたという。

「平和だわ。平和すぎる、それは。羨ましい」
「はは、そうですね」
「でもその子も、忍術学園のことを知っていたのよね?」
「はい。小さい頃からおばちゃんの料理が食べてみたくて、と言っていました」
「じゃあみんな、忍術学園のこと知っていてここに来たのね?」
「そうです。だから天女様が学園を知らないと言ったとき、正直嘘ではないかと思ったのですが」
「そこを嘘つくメリットはないような」
「僕もそう思います」

 1年は組の子達が黙り、つられて名前も口を閉ざした。
 もしも天女は必ず、絶対にどんなちっぽけなことでも忍術学園のことを知っているのだとしたら──知らない名前は間者なのか。
 それもおかしな話だ。間者として潜入するのに、忍術学園のことを全く知らず来るなんてこと、あるはずがない。忍術学園に縁もゆかりもない自分がここにいる理由が、分かる人はいるのだろうか。立花でさえ、本当になにも知らないのかと驚いていた。

「ああ、そうだ立花君に。私……死んで目覚めたらここにいた、って思わず言ったの」
「そしたらなんと?」
「やはりな、と言われたよ。みんなが帰ったあとに、みんなのことは知らないとも伝えた。ここのことは何も知らない、分からないって言ったのに……立花君は私を天女だと言ったのよ」
「ええっどういうことだろう……立花先輩は、なにか知っているのかな」

 声を上げた虎若は、団蔵の横から「知らない?」と兵太夫を伺った。なんで兵太夫に、と言いかけて、そういえば同じ委員会とかなんとか言っていたなと思い出す。
 善法寺と乱太郎にしても、立花と兵太夫にしても、ここは委員会の結びつきが強いのだろうか。おつかいも委員会で行ったと言うし。
 とはいえ流石に歳の差もあるし、なんでもかんでも話していることはないだろうと思えば案の定、兵太夫は「知らない」と答えて頭を振った。

「ダメかぁ……」
「ごめん虎若」
「いや、兵太夫のせいじゃないけど」
「ああ! そうだった!」
「っわぁ! なんだよ庄左ヱ門、突然大声を出して。びっくりしたじゃないか」

 よほど驚いたらしいその様子に「ごめん伊助」と庄左ヱ門は頭を掻く。だがすぐさま真剣な表情になると

「天女か幻影か定かではない、っていう分類だったから胡散臭さを感じてあんまり重要視してなかったんだけど」
「とりあえず話してみない?」
「はい。昔……誂え物を着てみたいと言って、角の見世棚で繕ったら忽ち消えてしまった女というのがいたそうです。
 その天女様も学園のことは全く知らないと答えた、と記述がありました」
「あら、特に胡散臭くはなく聞こえるけど。天女か幻影か定かじゃないのはどうして?」
「目撃者が、立花先輩しかいなかったそうです」
「誰かが引き寄せられたわけでもないし、証拠もない。そしてすぐに消えたから、幻覚かもしれない、と?」
「はい。ですが立花先輩が天女様のことを天女だ、と言ったなら、先輩はその女性を天女だったと確信しているのかもしれません」
「ありえるわ」

 でなければ、廊下であんな話もしなかっただろう。
 忍術学園としては名前が間者である可能性を高く見ているのはたしかだ。天女だと思うなら、こうしてこっそり監視するよりむしろ、同じ部屋に色々な学年の人がいた方がいい。
 2人きりの時にああ口にしたのは、立花の中だけに思う何かがあるからに違いない。なんらかの作戦の一環かもしれないが。

「と、いうわけで天女様!」

 乱太郎がずいと身を乗り出し、弾んだ声を上げた。

「ん?」
「これで」
「これで?」
「天女様は曲者でもないし、学園になーんにも悪いことをしない人だと決まりました」

 やったぁとどこからともなしに声が上がり、パチパチと拍手も沸き起こる。だが

「あ、でもちょっと待って」

 どこまでも冷静な庄左ヱ門がそれを窘めた。

「なぁに〜庄左ヱ門」
「僕たち目線ではそうなったけど、先輩方や先生から見たらそうじゃないんじゃないかな」
「はにゃ? 僕たちにも分かるように説明してよ」
「ああ、君たちが私に惚れていないという証拠はどこにもないから」
「はい、そうなんです」

 庄左ヱ門は頷くと、目を伏せ困ったように顎に手を添えた。
 しばらく考え込む庄左ヱ門を黙って見つめていたが、痺れを切らしたように三治郎が口を開く。

「でも、い組は全く興味がなさそうだし、ろ組はお見舞いを我慢できてるよ」
「三治郎のいう通りなんだけど……
 でも天女様のイレギュラーがあるなら、僕達がイレギュラーってパターンも先輩方は考えるんじゃないかな」
「はにゃあ?つまり?」
「僕達は組だけが惚れてる、って思われているかもしれないってこと」

 ええっと声が上がった。