20


 あっちで生きていた頃は、遅くまで仕事してたんだけどねぇ
 体が15歳になると、あのいくら寝ても寝足りない頃に戻ってしまうのかもしれない。
 草履も40枚はできた。そろそろ折り返し地点のはずだが、そこで名前の手は完全に止まっていた。ふっと意識が途切れては慌てて頭を振る。
 顔を洗おうにも、この暗闇の中水飲み場まで行くのは少し気が引ける。揺れる蝋燭がよけい眠気を誘って────

「ふあ……ああああ」

 欠伸が大きく響いた。眠い、とにかく眠い。
 しかし期限は明日の昼。これが自分の仕事なら多少手を抜こうが結局自分に帰ってくるからいい。だがこれは、きり丸の仕事だ。なんとしてでも期限に間に合わせたい。

「あ────────眠い」

 とりあえず手は動かし続ける。しかし最初はあんなに神経を尖らせたのに、もう体が覚えてしまった。まったく集中できない。
 気付けばまたカクッと頭が落ち、慌てて名前は顔を叩いた。不毛だ。いっそ上の見張りを呼びつけて、話し相手にでもなってもらおうか?
 
「そんなことしたら眠気だけじゃなくて、私の首も飛ぶよねー」

 気持ち大きく呟いてみても返事はない。当然である。
 はぁ、と名前は溜息をついて、また新しい藁を手に取った。

「ラジオ体操第いちー! ターンタータタータ……」

 名前の声が部屋に響き渡った。



「お、終わった……」

 首元まで光を受けながら、呆然と名前は呟いた。少々この仕事を舐め過ぎていたかも知れない。
 せめてどのくらいか、きり丸に聞けば良かったわね……
 今更思ってもあとの祭だ。やったこともないくせして、子供が1日で終わるならと甘く見たところから間違いだったのだろう。

「けど! こうして無事終わったわけで」
 
 なんとも言えぬ達成感と共に大きく伸びをした。つられてまた、おっさんのような欠伸が

「すみません」
「っ……なんでしょう」

 こぼれる前に慌てて飲み込んだ。初めて聞く少年の声に誰だ、と一瞬考えて

「ああ、きり丸君の先輩の……」
「はい。不破雷蔵です」
「どうぞ入ってくださいな。草履はもう出来ていますから」
「失礼します」

 そう言って障子を引いて入ってきた少年をまじまじと見つめた。
 今までとは違う色の忍び装束を身に纏っている。緑の人達に比べ背格好が幾分か華奢なことを鑑みても、立花達より年下に違いない。そして何より特徴的なのはモコモコの髪の毛だ。なんというか

「ふわふわの、不破雷蔵……」

 小さく呟きふふっと笑う。

「あの……」

 はいはい、とにこやかに名前は返事をした。なんとなく気が緩む。
 それは寝不足で名前の頭の働きが鈍っているせいか、それとも不破が醸し出す穏やかな空気のせいか。

「これで全部でしょうか」
「はい。渡された分はそれで……あ、包むの手伝いましょうか」

 よっこいしょ、とすっかり固まった腰を持ち上げた。小さくイテテと呟いて不破の隣に座り直す。

「1年は組のみんなとは、何をしていらっしゃるんですか?」
「ただの勉強会です」
「へえ……」

 そして沈黙。
 そもそも名前には、話しかけられない限り提供する話題すらない。だから不破が黙ればそれで会話は終了だ。編まれただけで乱雑に積まれた草履達を、一心不乱に向きを揃えて束ね直していく。

「あの」

 どいつもこいつも唐突に口を開くなと、不破の顔を見返して思う。

「はい?」
「貴女は間者ですか」
「……は?」

 あまりにぶっ飛んだ質問に表情がスコンと抜け落ちた。しばらくお互い真顔で見つめ合い、名前は息を大きく吐きだす。

「それ、本人に聞いて何か意味があるの。
 私が間者だったとして、本当のことは言わないと思うけど」

 どう答えられても真実は名前本人にしか分からないから、立花などに自分を監視させているのではないのか。
 ……あれ、そういや今日誰もこの部屋に来てないな
 ふと気付いて辺りを見渡す。本当に寝不足は良くない、馬鹿になる。
 それはさておき。名前は咳払いを一つすると、この随分変わった少年を眉を寄せて見返した。しかし彼は能天気にもいやぁと頭を掻き「実は……」と声を潜めた。

「……なによ」
「昨日、貴女をこっそり見張っていたのですが」
「……へえ、そうなんですか」

 それは言っても良いのだろうか。

「貴女がどうして、間者だと疑われているかご存知ですか?」
「突然ここに来たからじゃないんですか。
 それか、私の気付かないうちに怪しい行動をとっていたか」
「身に付けていたものは、未来の物なんですよ。
 それについては疑問に思いませんでしたか?」

 不破の質問に思わず目を瞬く。

「……それはずっと、変だなあとは思っていました。けど」

 名前には、抱いた疑問を側にいる立花にぶつけることはできなかった。裏を返せば、疑われないためにわざと未来の物を持っていたとも受け取れてしまう。
 これ以上疑われるようなことを口にする必要はない。ただ監視をされているだけでも相当なストレスだ。終わりも見えず、不本意な形で疑われ、乱太郎達さえいなければ「私は間者だ」と言ってしまおうかと考えたほど。
 さらに疑われたら、監視の目も増えるだろう。そんなの想像するだけで気が滅入る。

「一応、色々自分で可能性を考えました。天女を必ずしも学園の人が拾うとは限りませんし……
 例えばここへの潜入を図っている人がいて、天女の存在を知り天女に扮して潜入したとか」