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「数馬と孫兵と、作兵衛と」
「ああ、作兵衛は俺と同室の友達なんすけど」
「へぇ。じゃあ神崎君と次屋君と、富松君は三人で一つのお部屋なのね」
「はい。で、その作兵衛は、普段は本当にいい奴なんすよ。責任感も強くて、しんべヱ達用具委員の後輩の面倒もちゃんと見るし。けど、すごい妄想癖の持ち主で……」
「妄想癖?」
「すぐ、俺と左門が迷子になったって言うんです」

 思わず名前は吹き出した。

「おいおい三之助、僕たちは実際迷子になっているだろう」
「ええ、それは左門だけの話だろう。あっ、でも俺無自覚な方向音痴だから」
「無自覚な方向音痴っていう自覚はあるのね」

 息も絶え絶えに名前が伺うと、返って来たのは「はい」という頷きである。傑作だ。

「……笑いすぎですよ」
「いやぁなんか、可愛いなあと思ってね」
「え?」

 顔を顰める次屋に「ごめんごめん」と言ってはみるが名前の笑いはおさまらない。
 きっと入学資格項目に「ユニークであること」とあるのだろう。それを受け入れて仲良くしていると思うと面白いやら愛しいやら、やはり「可愛い」という感想に行き着く。あまりに笑いすぎて涙まで出てくるほど。

「っと! 次屋君どこに行くつもり? はい、繋ぐよ」

 まさかその涙を拭う一瞬で反対側を向いた次屋の手を、名前は慌てて強く握った。

「じゃ、他の話も聞かせて?」
「では今度は僕が、3年は組で作法委員の浦風藤内の話をしましょう。藤内は真面目で、予習復習が大好きなのですが……」

 名前は日常話を聞いていたはずなのに、それからも出てくるのは突拍子もないストーリばかり。全員一癖も二癖もあるらしい。それを神崎達がいたって普通に話しているから、なお一層面白いのである。
 名前が息も絶え絶えになっている横で、唐突に左門が「お、保健室だ!」と声を上げた。

「本当に保健室に連れてってくださるなんて……」
「次屋君にとって、天女様ってよっぽど信用がない存在なのね」
「まあ……」

 そうして足を進めていくと、なにやら話し声が聞こえてきた。どうも先客がいるようで

「……ら、三之助を探しに行かないと」
「ですが滝夜叉丸先輩、こんなに傷だらけのお体では」
「金吾、心配してくれてありがとう。
 だが、誰かが三之助を見つけてくる必要がある。あのテンションの七松先輩は裏裏山まであと2往復はするぞ。それを待っていては、三之助の治療が遅れてしまうだろう。
 ここは成績優秀文武両道の私が」
「滝夜叉丸も苦労するねえ」
「いや、あは、あはははは……」

 名前は小さく笑った。

「あら、随分と大切にされてるのね」
「いやあ……俺と同じ体育委員の、4年い組の平滝夜叉丸先輩は普段は自慢話ばかりで随分煩い奴で……」
「でも、こうしてとっても可愛がってくれていると」

 聞くと次屋はこてんと首を傾げた。表情の変化があまりない子だが、照れているのかしらと名前はひとりごつ。
 すると図星だったようで、次屋はふいと名前から目を逸らすと急に早足になった。神崎への気遣いは不発だったけれど、やはり難しいお年頃に片足突っ込んだ年齢らしい。
 ここまではなんだったんだ……
 次屋は道も間違えず、グングン2人を引き摺る勢いで保健室前まで行くと思い切りその障子を開けた。ピシャン!響いた音に驚いた顔が4つ向けられる。

「さ、三之助!? どうやってここに来たんだ?」
「あ、後ろにいるのは神崎左門先輩と……えっと、あなたは……」
「名前さん!!」

 足と手を包帯でぐるぐる巻きにされた金吾の嬉しそうな声に、名前もにこりと笑う。

「食中りって聞きましたけど」
「もう大丈夫。善法寺君が診てくれたからね。
 それより神崎君と次屋君を連れてきたから」
「あ、ありがとうございます!」

 目に涙をためた目鼻立ちのくっきりした少年の、飛びつかんばかりの勢いに笑いながら次屋を手渡した。この人が平滝夜叉丸、だろうか。
 保健委員である善法寺を除いて、その場にいる三人は言葉通り満身創痍だ。この上で次屋を探すのはどれだけ大変か。「どこに行ってたんだ三之助!」と怒られようがどこか吹く風の次屋に、名前は平に内心同情しつつ横に立つ神崎を見た。

「神崎君はどうするの? というかどこを怪我して」
「さも────────── ん!!!」

 質問をぶった切るように聞こえた声に体ごと振り返る。「さもーん!」再度叫ぶとこれまた大分遠くから、しかし迷うことなく突っ込んできた赤目に明るい茶髪の少年は、左門の肩をひしと掴むとその体を揺すった。

「怪我してないか!? 天女になにかされてないか!?」
「ああ、いや、僕は別に」
「そうか大丈夫か。それは良かったが、ダメじゃないか勝手に外に出たら」
「すみません……団蔵が10kg算盤で手を打ったようだったので、温湿布を貰おうかと」
「それなら潮江先輩が用意してくださったから平気だ。そんなことより!」

 その少年は神崎を庇うように彼の後ろに下げると、名前を睨め付けた。

「お前は迷子になるんだ、それを利用してまた天女に何されるかも分からない。そうなっては困るだろう?
 だから委員会中は、外へ行く時は必ず誰かと一緒に行くんだ」
「わ、分かりました……」

 もうこれは自分への当て付けだろうと名前は小さく溜息を吐く。それを鼻で笑った少年は、身を翻すと神崎を連れて行った。
 少年の主張は正しい。何が神崎の身に起こったかは知らないけれど、少年の発言を責めようなどとは微塵も思わない。だがそれでも。
 胸元にかかるペンダントが急に冷たく感じられた。

「……滝夜叉丸先輩は」

 少年の勢いに気圧されたのか気まずさからか、静まり返った部屋ではその小さな声もよく聞こえた。