笑顔であふれますように


「なんだろう、この恣意的な公休は」

 いくら過密スケジュールが組まれがちな特殊部隊といえども、夏のこの時期は3連休が与えられる。だがこの三連休、大抵は何もない平日や混みそうもない週半ばの祝日に当てられるのに

「花火大会と、丸かぶり」
「そりゃあ堂上と笠原さんがやっと付き合い始めたんだもの」
「幹さん! はぁびっくりした……」

 そんなに驚いた?と小牧は楽しそうに笑う。

「せっかくだし、俺たちも花火大会行こうか」
「そうしましょう、いずれ堂上班じゃなくなったら……こう、休みを合わせるのも難しくなりますし」
「寂しいことを言うなぁ名前は」

 肩を竦める小牧だが「でもうちも、笠原のところまで結婚したら、流石に同じ班には置いとけないでしょう」といえば、苦笑いで頷いた。

「柴崎が何やら浴衣買うって張り切ってたし、私も一緒に浴衣買いに行こうかなぁ」
「あれ、柴崎さん今年こそ花火大会行くの? 毎年そつなく全員のお誘い断ってたのに」
「違いますよぅ。今年こそ笠原に浴衣を着せてお祭り行かせるって本人よりも盛り上がってて」
「柴崎さんらしい」

 言下吹き出した小牧に名前は戸惑う。

「えっ今ツボ刺激するポイントありました!?」
「いや、堂上が浴衣見てどんな反応するか考えたら」

 そこから先は言葉にならないらしい。
 たしかにその姿を想像すると笑えるが、そんなに笑うことかと名前は首を捻る。しかし笑い上戸なのは今に始まったことではない。
 小牧が楽しそうならいいかと名前は結論づけ、未だ楽しそうに笑う小牧を尻目にどんな浴衣を着ようか考え込んだ。



 たまにはデートっぽいことをしたい
 うっかり溢したおかげで、名前はこうして改札の前で小牧を待つ羽目になっている。こうして待つ時間が一番嫌いだ。
 もっとも、はやる気持ちを抑えられず1時間も前に家を出た名前が悪いのだが。

「ごめんね。待った?」

 不意に背後から声をかけられ振り返る。

「いいえ、全然。私が少し早く家を出ちゃったから……」
「そりゃあこんなに素敵にスタイリングされたら、早く家を出たくもなるよね」

 似合ってるよ
 にっこり笑って言う小牧は彼氏として満点だろう。「髪もいつもより綺麗に結えてあるね」などと名前が喜ぶ言葉がぽんぽん出てくるのが小牧の良さであり、怖さでもあるが。

「そ、そう?」

 必要以上に心臓に悪いという意味で。

「み、幹さんも……その浴衣、よく似合ってる」
「堂上が笠原さんに合わせて浴衣着るっていうからさ、つい買っちゃったよ」
「え、堂上教官浴衣着るんですか!?」
「そんなに驚くことだった?」

 改札の中に進みつつ「ええと」と名前は今朝の笠原の様子を思い出す。

「なんか、堂上教官が浴衣着てくれないかもって笠原が拗ねてて」
「ああ、じゃあ堂上秘密にしてたんだ」
「みたいですね。
 自分は浴衣見たいっていうくせに自分は見せないなんてどーなんだ、って私が宿舎出る直前まで言ってたから」
「じゃあ笠原さんに教えてあげる?」
「いや、黙っておきます。
 堂上教官の浴衣見てどれくらい驚いたか後から聞きたいから」
「名前も悪いねえ」
「幹さんに似てきたんですよ」

 そうだねと小牧はおかしそうに笑う。しかし実際「苗字、小牧教官と付き合い出してからイタズラ好きになったんじゃない?」は防衛部のみならず業務部までもまことしやかに回っている評判らしいので、あながち間違いではないだろう。これが小牧のように「狸」とまで言われるようになっては悲しいが、まだ可愛いものですんでいるらしいので良いと思っている。

「そういえば幹さんは花火大会に来たことあるんですか?」
「どうだったかなぁ……随分昔に家族と行ったっきりのような気がするよ。名前は?」
「私もです、だからこんなに混むなんて」

 電車で数駅進んだところが花火大会の会場だが、眼下には物凄い人の集団が広がっていた。
 少し高い位置にあるホームから遠くまでよく見渡せるが、それでも目に付くのは人、人、人である。

「転ばないように気をつけてね」
「はい」

 差し出された手を握り、なんとか人混みの中を進んでいく。自分も歩きづらいだろうに、振り返っては名前の様子を伺う小牧には頭が上がらない。しかし口が裂けても「大丈夫です」とは言える状態にないので、その力強い手にちゃっかり甘える。
 小牧に引っ張ってもらい、どうにかこうにか人だかりを抜けた先にあったのは

「屋台……!」
「ここは花火大会なのに屋台があるんだね」
「漫画の中だけの話かと思ってました」
「俺もだよ。そりゃあこんだけ人が集まるわけだ」

 妙に納得して屋台の中を練り歩く。

「杏飴、お好み焼き、たこ焼き……あっあそこに唐揚げも!」
「美味しそうだね」
「スーパーボールすくいもありますよ!」
「本当だ」

 くるりと振り返って初めて小牧の笑みに気づき、名前はかあっと耳元まで赤くなった。

「すみません。久しぶりなもので、つい……」
「いいよ、俺も久しぶりでワクワクしてるから。
 ちょっと遊んでから土手に行こう」

 そうして結局、土手に座る頃には子供の頃よろしく沢山のものが握られていた。

「ついはしゃいじゃったね」

 楽しそうに笑う小牧は狐のお面をつけている。「この目つきが堂上に似てる」とかなんとか、確実に帰ったら堂上を弄るつもりだろうなと思いつつそれを眺めていれば

「名前もこれ欲しい?」

 小牧がちょうど握っていたフランクフルトを欲しがったと勘違いされたらしい。
 別にそれが欲しくて見ていたわけではないが、美味しそうではあるのでうんと頷く。

「はい、あーん」

 端から見たらとんだバカップルだよなぁ
 堂上たちが熱々なので忘れがちだが、名前達も世間一般から見たら随分“かゆい”カップルなんだろうなぁというのが最近の名前の見解である。しかし名前はそれでいいと思っているし、小牧に至っては好き好んでそうしている節があるので指摘はしていない。

「久しぶりに食べると美味しいですよね、こういうの」
「そうだね。童心に帰るようで楽しさもあるし」
「こういうのやってると」

 ポン、小気味いい音を立ててラムネのビー玉が動いた。

「おばあちゃんと来たお祭りなんかも思い出すというか」
「そうそう」

 2人が自然と空に目を向けた時だった。

「あ、」

 ひゅうと可愛らしい音を立て光の玉が空に登っていき、ドンッという弾みと共に綺麗な色が散った。

「わぁ……」
「壮大だね」

 ドンッドンッと止まることを知らず、次々に広がる光たちに名前は目を細める。

「……間近で見ると、こんなにすごいんですね」

 眩しいぐらいの光を放ち、色とりどりに世界が変わっていく。赤の次は緑、緑の次は青、そして赤、無秩序広がる線が名前の視界を染めていく。

「楽しい?」

 不意に聞かれて名前は小牧の方を向いた。

「もちろん!……急にどうしたんですか?」
「あまりに楽しそうに笑ってるから」

 小牧の顔が黄色く照らされた。

「……幹さん知ってます?
 打ち上げられた花火に向かって3回願い事を呟くと、願いが叶うというジンクスがあるらしいです」
「素敵だね」

 あまり占いの類を信じない小牧だが、こういう時は決して茶茶を入れない。そっか、と名前の言葉を大切に受け取って、そして名前のことも大切そうに見つめる。

「じゃあ、お願いごとをしようか」

 2人で一緒に目を閉じる。きっと願うことは同じだ。
 ドンという音を耳にして、名前はそっと胸の内でささやく。
 ────笑顔溢れる年になりますように




【笑顔があふれますように】 ─ 終 ─