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「ねえ、私の持ち物に触った?」
「あ、うん。なんで?」
「それ」

 奪うように七松の左手を取る。

「ああ! なんか水みたいなものがあったので蓋を開けたら、少しだけ水滴が飛んで……」
「いつ!?」
「名前に会う直前だが……どうしたんだ?」
「今すぐ保健室に行かないと!」
「え!?」
「早く!」

 困惑した表情を浮かべる七松だったが、走り出せばすぐさま付いてくる。
 名前はただ一言「善法寺君のいるところまで連れて行って」とだけ告げるとそのスピードを速めた。




「皆集まったな」

 ここは他でもない6年は組の部屋だというのに、伊作と留三郎は一番端に追いやられて縮こまっていた。対して今回のことを仕切っている仙蔵は、真ん中の広い場所で胡座までかいて指示を出している。
 10日ぶりに衝立が退けられたは組の部屋は、小平太を除く5年生以上の男でぎゅうぎゅう詰めだ。
 なんで毎回、僕達の部屋を使うんだ……
 その委員会柄、6年は組の部屋が最も荷物が多いというのに。小平太達の部屋はまだしも、い組の部屋なら常日頃から綺麗でよっぽど使いやすいだろう。可哀想に端に纏められてしまった薬草達を見て思うわけだが、つまりは

「保健委員の宿命だな……」
「そうだね」

いつも巻き込んでしまってすまない留三郎、と謝るまでがお決まりである。

「では」

 仙蔵が組んだ膝を打った。

「今日で女が来てから10日となった。本日には女の処遇について学園長と決めねばならない。
 そのための情報共有を行う。誰から行くか」
「俺が」
「留三郎か。頼む」
「この、踵の部分を見て欲しい」

 風呂敷の中から出てきたのは、天女が履いていた「すにーかー」とここで履いていた草履。留三郎はその四足を右なら右、左なら左に纏めて並べ仙蔵達の方へ押し出すと

「……ほう」

 仙蔵が微かに目を見開いた。しかし反対側にいる伊作からは全く分からない。焦れて「何」とせっつけば、留三郎は風呂敷ごとそれを回転させた。

「見ろ伊作、ここだ」

 ジッと目を凝らしても何の変哲もない履き物に見えるが。

「何かついてるのか?」
「違う。俺たちの草履も痛むが、いくら未来の靴でも背面は削れるものらしい。これも踵が削れているだろう」
「ああ、そうだね」
「天女の荷物を毎回処分していくうちに気付いたんだが、実はその削れ方には個人差がある」

 処分する場には一緒にいたはずだが、目につくのは使えそうな布ばかりで伊作は気付きもしなかった。「なるほど」と感心したような相槌が、誰からともなく発せられる。

「つまり、減り方が同じなら持ち主も同じであるという証拠になるのではないかと俺は思ったんだ。
 だから草履に減りやすい土を厚くつけて、天女に渡した」

 おもむろに仙蔵が手を伸ばした。裏を返し横から検分し、上からもじっくりと観察してそれを元に戻す。

「確かに同じだな。だが、人それぞれ減り方が違うという証拠がない」
「そう言われると思ったからな、俺も試しに履いてみた。事情は話さなかったが伊作、お前も履いただろう」
「ああ。こんな理由だとは微塵も思わなかったけど、毎朝顔を洗う時に履いていたよ」
「持ってきてくれないか」
「もちろん」
「……もそ、私も」
「長次もありがとな、助かる」

 留三郎と長次は懐から、伊作は廊下の下から草履を取り出して並べる。こうして見ると

「……本当に、全員違うな」
「だろう」

 体重やら足の大きさやら、歩き方の癖もあるのだろうか。削れ方のバランスや削れ始めの位置、今までどうして気付かなかったのかと思うほど十二分に個性が現れている。
 あの文次郎ですら文句を言わないとは、つまり

「これは証拠として十分だろう。異論はないか」

 シンと静まり返っているのがその答えだ。天女である証拠を探す方が心労が少なそうだ、と思ってしまったのを振り払うように首を振る。誰もがこれを思いつけるわけではない。
 仙蔵が満足げに頷いたのを見て「次は僕が、」と伊作は手をあげた。

「どうぞ」
「もうみんな検討はついていただろうけど、鉢屋に協力してもらって天女に毒を盛った。混ぜたのは……」

 伊作は懐から出したものを無言で並べた。一々説明せずとも、忍術学園で5年以上学んでいれば分かるだろう。

「結果はみんなの知っている通り。一晩中吐き続けたし、微痙攣の症状も出ていたよ」
「つまり忍ではないと言うことだな」

 留三郎の呟きに伊作は無言で頷いた。

「だが、例えば小松田さんのような町の忍術塾卒業の忍者であるという可能性は?」
「僕もその可能性は考えたよ、文次郎。
 だけど今回の天女が間者だと疑われたのは、そもそもあの距離を乱太郎と並走できたからだ。
 つまり、かなり腕の立つ忍者だという想像だったんじゃないのかい?
 失礼だけど小松田さんには、そこまでの体力も瞬発力ないよ。入門表出門表に関しては別だけど……他の忍者塾卒業のプロ忍だってそうじゃないか」
「……まあな」
「それに乱太郎達を攫うチャンスはいくらでもあったはずなのに、そうしないでわざわざ学園に侵入したということは、間者なら学園の内部を把握することが目的だろう。
 そんな大役を、こんな毒にすら慣れていない人が任されると思う?」
「まぁ、そうだな」
「あくまでも僕の考えだけどね。判断は仙蔵や長次に任せるよ」

 忍者に向かないとはよく言われるが、これさえ色眼鏡だったらいよいよ忍者失格だなと内心複雑な気持ちだ。あの粥の日を境に天女への感情がブレたという自覚は少なからずある。
 これがもし忍術なら一杯食わされた気分だが
 それでこそくノ一だからなぁ……