36


「本日の授業はここまで!」
「ありがとうございました!」

 は組の子達に合わせて名前も元気よく挨拶をする。
 まるで小学生に戻ったみたいね
 ひとりごつと名前はその場に立ち上がった。ドアに向かって数歩進み「あ、教科書」忘れ物に気付いて戻る。

「ん?」

 教室の一番後ろ、名前が座っていた席には綺麗な忍たまの友が二つ残っていた。
 ……おかしい。右隣にいた喜三太の教科書には蛞蝓の跡らしき濡れ染みが、左隣にいた兵太夫の教科書には木の破片が嫌という程ついていたのに。
 どっちだ?
 首を傾げつつ取り敢えず片方持ち上げてみる。すると

「あ、それ俺の!」

 ドタドタっと音を立て教室に入ってきたきり丸が叫んだ。

「きり丸君の?」
「はい。裏見たら分かりますよ」
「……貸出用」
「何日か前から忍たまの友が見当たらなくて……
 でも買うのももったいなくて、とりあえず貸出用の使ってるんすよ」

 言われてみれば、名前の部屋で勉強していた時も乱太郎とシェアしていたと思い出す。あまり気にしていなかったが。

「早く見つかると良いね」
「部屋も、教室も図書室も裏庭も全部探したんすけどねー」

 ないと結構困るんっすよときり丸は頭を掻く。

「それはそうだよねぇ」

 それでも買わないのはきり丸らしい。だが珍しく、弱りきった表情を浮かべているから本当はかなり欲しいのだろう。
 教科書くらい買ってあげたいけど
 しかしその思いも内心に留めておくしかない。教科書はべらぼうに高いうえに、名前もお金がないのだ。

「あ、でも」
「なんすか?」
「きり丸君、私が忍たまの友買ってあげようか」
「あげるぅ!? あ、いやでも、それは……」
「代わりに一つ頼みたいことがあるんだけど」
「きり丸ー! 遅いよ、お昼ご飯なくなっちゃうよ?
 あ、名前さん!」

 前の扉を引いて入ってきた乱太郎としんべヱが、その場で駆け足をしながら名前ときり丸を伺った。

「きり丸、早く食堂に行こう! 名前さんも一緒にどうですか?」
「僕、お腹空いちゃったよう。二人とも早く早くぅ!」
「なら、お言葉に甘えて」

 名前はきり丸に忍たまの友を返し、自分のを抱えると振り返って言った。

「続きは食堂で話しましょう」



「名前さんもラーメン定食にしたんですね!」
「ええ」
「やっぱり忍者はラーメンですよね」
「そうなの?」

 乱太郎の言葉に笑いながら名前は三人の前に座った。

「お残しは許しまへんでぇ!」
「いただきます!」

 4人の声が揃った言下、ズルズルっと小気味好い音が立つ。

「んー美味しい!」
「名前さんは食堂で食べるの初めてですか?」
「実を言うとそうなのよ、しんべヱ君。
 今まではお部屋で食べていたし、今朝は食いっぱぐれてしまったからね」
「え!? 朝ご飯抜きだったんですか!?」
「そうなのよ……だから、さらに美味しく感じる」

 言いつつ名前は卵を口に入れた。
 うん、美味しい
 今朝のメニューは確か、Aが焼き魚定食でBが卵かけご飯だったか。お昼がここまで美味しいからこそ、やはり食べ損ねたのが悔やまれる。
 そもそも食べれなかったのは名前のせいではない。
 正式に忍術学園への入学が決まり、さっそく6年長屋に移動した昨日。立花に連れられ、あてがわれた部屋の障子を開けると

「きったな……」

 光を反射しキラキラと埃が舞っている。これには流石の立花も「酷いな」と呟きしばし閉口した。

「……私の役目は部屋に案内することだけだが、一応ゴミ捨て場も教えてやろう。
 ホウキと雑巾もいるか?」
「ありがとう」

 立花によると、この部屋は長い間使われていなかったらしい。6年生に10人も進級できた稀代の学年が卒業したっきり、放置されていたという。
 そんな部屋が半日程度で綺麗になるはずもなかった。仕方なく朝まで掃除をしていたら、突然「今日から授業を受けるように!」と学園長からの令。
 何も直前に言わなくても良いのに
 あとから文句を言ったところでどうしようもない。そうして名前は朝食にありつけなかったのである。

「朝ご飯を食べないで授業だなんて考えられない!
 食べに行かせてって土井先生に言えば良かったのに」
「まあねぇ」

 けれど授業について名前から確認を取れば良かったのもまた事実。そこまで図々しくはなれない。こちとら一応中身は大人だ。

「それで、名前さん」
「ん?」
「さっき食堂来る前に言ってた、手伝って欲しいことってなんなんすか?」

 きり丸がまた、ツルッと麺を啜った。

「あっそうそう、アルバイトの斡旋をして欲しくて」
「アルバイトの斡旋?」
「うん。お金が必要だから」
「ああ、学費とかすか?」
「や、学費はどうやら私の持ち物を換金すればどうにかなるみたいなんだけど」

 ここに何年留まるかにもよるが。

「ただ本当に、最低限揃えるぐらいしかなさそうなの。
 毎日2食ここで食べるとしたらすぐに貯金が底を尽きる。そしたら飢え死にしちゃうから」
「なーるほどなるほど!
 そういうことならきり丸、名前さんにアルバイト紹介しますよ! お代は先払い、忍たまの友購入金で?」
「ええ。足りないならもう少し払うけど」
「いえ、その必要はありません!」
「忍たまの友は結構高いもんねぇ……」

 ぼやく乱太郎に苦笑を浮かべる。

「で、どんなアルバイトをご所望で?」

 望む職種は?やりたくないことは?とリクルート窓口にいるスタッフさながらの調子で聞かれ、名前は思わず笑いをこぼした。
 条件など全く気にしていなかったが、聞かれたからにはと考えてみる。

「そうねぇ」
「はいはい」
「うん、社会勉強が出来るのがいいかも」
「……ほかには?」
「それだけ」
「え!? ならなんでもいいってことすか?」
「うん、まあ」
「力仕事でも?」
「うん」
「水使うもんでも?」
「ドンと来い!」
「ひえ──────

 両腕を抱えたきり丸は「最高っすね!」と顔を輝かせた。何がだろう。

「名前さんって、お金の勘定出来ますか?」
「ええと、計算出来るかって意味なら出来るけど。この時代のお金のことはさっぱり分からない」
「なら、慣れるまで俺と一緒にアルバイトしません?」
「いいよ」

 一も二もなく頷くと「よっしゃあ」ときり丸は嬉しそうに拳を握った。なぜかと名前が首を傾げれば、心底嬉しそうに

「いやー子供だけだと信用なくって、断られることもあるんすよ。
 まぁ本当は男性の方が良いんすけど、女性でも子供一人よりかはマシだから」
「なるほどねぇ」

 名前としても、慣れないうちはきり丸がいてくれる方がずっと心強い。

「じゃあ、給料はサンナナで良いかしら」
「さ、サンナナぁ!? 流石にそれはちょっと……」
「え、ニッパチ?」