よっかめ


いついかなる時も爪先まで完璧なバーボンは、私が起き出す頃にはもうリビングにいる。私が扉を開けると、今日も今日とて髪の毛まで完璧にセッティングを済ませ、真剣に本を読んでいた。

「おはようございます」
「おはようございます」

その背に挨拶をするのが朝のスタート。そんな生活にもそろそろ慣れてきた。

「いつ休んでるんですか、バーボン」
「休めるときに」

この狸っぷりにはいつまで経っても慣れないどころか腹が立つけれど。

「今日はなにを?」
「仕事もないですし……部屋の整理でもしようかな、と」
「お手伝いしますよ」
「ありがとうございます」

始めの日には「貴女のことは、殺させません」なんて格好つけたバーボンだったが、細々と進めている私の“終活”にも口を出さず、それどころか私よりも真剣に取り組んでいる。あれはなんだったのか。

「ここの服類は?」
「全て捨ててくれて構わないから」
「この書類は」
「捨てていいですよ。保険証とか、死んでしまったらもういらないので」

バーボンはいつも、手当たり次第に棚を開けたり引き出したりする。そして私はそれを、ジンから家を確認するよう頼まれているのかなーなんて、後ろから眺めているだけ。呑気なものだと思われているかもしれない。
しかしNOCの証拠となるようなものはそもそも手元にない。当然だろう。バーボンがどんなに部屋を漁ったところで何にも出てきやしないのに、ご苦労なこって、というわけである。

「ていうかこれどうするんです?」
「どれですか」
「昨日買ったこの紙袋の山ですよ」
「あぁそれは」

バーボンは今絶対に、私の大嫌いな胡散臭い笑顔を浮かべているだろう。あーうざい。声で分かる。

「ベルモットにプレゼントしようかと思いまして。ほら、ボウモアとベルモットはスタイルや雰囲気が似ているでしょう」
「あら、昨日は私の晴れ着と言ったのに?」
「そうでも言わないと一緒に買い物なんてしてくれないと思いまして」
「良い性格してるわね」

唐突に声を上げて笑い出したバーボンに、思わず顔をしかめた。

「なによ、」
「嫉妬ですか?」
「はぁ?なんでそう思うわけ?」

私は小さく溜息をつくと、戸棚の前で屈んでいるバーボンを見下ろした。

「寝言は寝て言え、と昨日も言いましたよ」

私の動揺に、無駄に聡いこいつは気付いてしまったに違いない。



夕方にはすっかり家中綺麗になっていた。途中から調子に乗ったあいつの手によって、ラグマットさえまとめられ壁に立てかけられている有様である。つまりは棚もすっからかん、家に置いてあるのは必要最低限のみ。物がないように見えて、意外と色んなものを持っていたらしい。なんだか少し寂しい。
人生の片付け、だから終活。
こんな若さで知りたくなかったとぼやく私に「気分転換にこれはどうです?」とバーボンは一本の映画を差し出した。

「ロミオとジュリエット……どこから見つけたの」
「本棚に入っていましたよ」
「随分昔に買ったものだから、忘れてましたよ」
「だと思いました。埃をかなりかぶっていたので」

掃除ぐらいしろという嫌味だろうか。本当に小姑タイプの男はこれだからよくない。

「見る時間もなかったんですよ」
「では今暇もありますし、せっかくですし見ませんか?」
「まぁ不朽の名作ですからね。最後に見る芸術としてもいいかもしれません」

だからブルーレイディスクは粗大ゴミに入れられていないのかと、遅ばせながら理解して苦笑する。そんなことにも気付かないなんて、つまりはバーボンがほぼ片付けたということ。ちょっと罪悪感。

「……紅茶でも飲みながら見ます?」
「良いですね」

いくら嫌いな人相手とは言え、労りと感謝の気持ちまで捨てたら人間として終わりだろう。ちょっとしたアフタヌーンティーを用意してやることぐらい、やぶさかではない。

「それじゃ、再生しますよ」

そこからは特に何もなく、ただ黙ってロミオとジュリエットを鑑賞した。人生において、嫌いな奴と2人きりで恋愛映画を見る羽目になるなんて、誰が想像しただろう。しかも人生最後に。
更に想定外だったことは、不覚にも私がボロボロと泣いてしまったことである。バーボンがいるというのに。ていうかこれで泣かない人なんているんだろうか?そう思って隣を見れば、もちろん泣いてるはずがなかった。さすが、他の女性への貢物を買うのに付き合わせる、血も涙もない最底男である。
そうしてグズグズいつまでも鼻を鳴らしている私に、バーボンはどうぞと苦笑しながらティッシュを差し出してきた。心臓に毛が生えているヤツだが、女を喜ばせることに関しては一流だ。

「私は……ひっく、そんなことでは、騙されませんけどね」
「何を言っているんですか?」

しゃくり上げながら抵抗すると、こいつは変わった生物を見つけたような目で見つめてきた。素直な方がモテますよ、って?余計なお世話。

「ところでボウモアは、これを見てどう思いました?」
「どう、って?普通にいい映画だと思いましたけど」
「なるほど。僕は、どうして彼らが諦めたのかが疑問でなりません」
「はい?」

大真面目に何を言っているのだろうか、この男は。

「それはそういう当時の状況など、色々とあったんでしょうよ」
「それは承知しています。それでもそこで、自分の願いを実現するための追求をやめてしまったら、それこそ本当の絶望しかありません。
そして僕は、そういうのはあまり好みません」
「まぁ、バーボンらしいっちゃバーボンらしいですけど」

だからここまで登り詰められたのは知っている。しかも前代未聞のスピードで。しかしだからって、この感動的な映画を見た後でわざわざそれを言うか?

「なにが言いたいの」
「僕は、絶対に自分の思いを実現させます。だから、」

覚悟していてくださいね、苗字名前さん
囁かれて私は思わず仰け反った。その名前を……どこで。私は偽名を使っていたのに。そこまでバレてしまっているのなら、もう私はNOCと組織にバレたのか。
目の前が一瞬で真っ暗になった。そんな私を小さく笑ったバーボンは「ご飯にしましょうか」と嘯く。
スッと腹の奥が冷たくなった。