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「いらっしゃーせー! 目ぼしい商品が沢山だよ!
 ほら買った買ったぁ!」
「こちらはどう? そこのお兄さん!」

 もう声を出し過ぎて枯れそう、名前がそう思った時だった。

「こちら、ひとつくださる?」
「はい!」

 振り返って息を飲んだ。

「…………お母さん、」
「はい?」

 ハッと口を押さえる。

「失礼。郷里の母とその素敵な笑顔がとても似ていて」
「あら本当? 嬉しいこと言ってくれるわね。
 こっちも買ってしまおうかしら」
「わぁお母さん流石、お目が高いね!」
「あなたを産めるような歳でもないけれど」

 その言葉に失礼だったかと慌てた名前だったが、女性は冗談よと笑うと商品を三つ手に取った。

「お腹に赤ちゃんがいるの。あなたぐらい、可愛らしい子が生まれるといいわ」
「……毎度あり!」

 去っていく背を茫然と見つめる。後ろ姿から歩き方まで、どれほど見ても瓜二つ。
 まぁ、気のせいか
 呟いて名前は頭を振った。そうして「いらっしゃいませぇ!」また呼びこみに戻ると、忙しさにすっかり忘れていたのだが。
 隣で仕事をしていたきり丸は覚えていたらしい。夕焼けが綺麗な帰り道、唐突に話を始めた。

「俺、両親が戦で死んでるんすよ。それで、アルバイトして生活してるんっすけど」
「そうなんだ」

 だからお金に執着があったのかと、納得した名前はただ頷く。

「たまに、お母さんとかお父さんの顔とか思い出すんっすよ。たまーにですけど」
「うん」
「名前さんは……俺と逆で、死んだじゃないっすか」
「そうだね」
「でも、俺と同じで親にはもう会えない」
「そうね」
「会いたくなりますか?」
「なるよ」

 するりと本音が漏れた。きり丸はそっか、とだけ呟いて前をじっと見つめる。しかし「……大きくなっても寂しいんだな」ひとりごつのが聞こえ、名前はポンと小さな頭に手を置いた。

「大人も子供も関係ないよ。大事な人にもう二度と会えないって、やっぱり寂しいし悲しい」
「うん」
「でもいっつも寂しいわけじゃないよ」
「知ってる。俺も土井先生や乱太郎やしんべヱといて楽しいもん」
「だよね」
「名前さんとも」

 顔を見合わせひひっと笑う。

「私もきり丸くんといて楽しいよ。
 たださっきの人はね、本当に似てたの。だから寂しいというか……びっくりして」
「そんなに?」
「見る?」

 名前はペンダントを外すと、きり丸にその中を見せた。

「うわぁ! 本当にそっくりだぁ!」
「でしょう。絶対に他人の空似なのよ、でもホクロの位置まで全てがそっくり」
「こりゃあ驚いても仕方ない」

 きり丸は何度も頷いて名前を見上げた。そして

「死ぬってどんな感じなんすか」
「え?」

 突然の問いに面食らう。しかし真剣な顔で「知りたいんっす」と目をじっと見つめられ、縛り付けられたように名前は足を止めた。
 
「……そう、ね。記憶もあるし、一応体もそのままだから“死んだ”って言っていいのかは分かんないけど……」

 しかし、元の生活には戻れないからやはり名前は一度「死んだ」のだ。それはもう、認めないといけない。

「……何もなくなる、感じ?」
「どういうことっすか?」
「自分の世界との繋がりがなくなって、全てが消え失せたっていうかなぁ……今まで築いてきた関係や、人生がなくなっているから、私は何者でもなくなったの。
 分かる?」

 するときり丸は一瞬考える素振りを見せたが「やーっぱ俺には難しいことは分かんねぇ」と声を上げて笑った。そうだね、と名前も苦笑する。
 正直なところ名前にも未だによく分かっていない。やっと死んだという自覚が生まれつつある程度の分際で、まだ語るには早いだろう。

「難しいよねぇ、こういう話」

 2人して黙り込むとまっすぐ前を見つめた。カラスはこんな時から夕方に飛んでたのかぁと共通点を見つけては不思議な気持ちになる名前は、まだこの状況にすら適応できていないのだから。能書をたれるなんて烏滸がましいにもほどがある。
 するとふと

「わっ」
「誰?」

 同時だった。

「うわぁあ! びっくりさせないでくださいよぉ久々知先輩!」
「ごめんごめん……ところで、なに勘右衛門と天女様は見つめ合ってるの」
「いやぁ急に振り返ったからびっくりして」
「いやぁ急に驚かされたからびっくりして」

 ハモってしまい2人して吹き出す。

「なによ、全然驚いたようには見えなかったけど?」
「天女様こそ! 俺たちがいること、分かっていたようでしたけど?」
「分かっていたけど、まさか驚かそうとしてたなんて思わなかったの。
 監視のために尾行してるのかと思ってたから」
「まぁそうなんですけどね」
「おい勘右衛門!」

 久々知のツッコミにも「バレてしまったんだからしょうがないだろう」とさっさと開き直った尾浜は、自然に名前の隣に並んで歩き始めた。さては結構手慣れてるな、と名前は内心で呟く。

「天女様、ひとつ気になっていることがあります」
「ん、なに?」
「利吉さんは、本当に『牡蠣飯にはお気をつけて』とおっしゃったんですか?」
「ええ……多分だけど。小松田さんはそう言った、って」

 しれっと行きから尾行していたことを認めた尾浜は正しく「狸」。鉢屋が呟いた言葉は全く間違っていなかったとひとりごつと、尾浜は小さく笑って上を向いた。

「へーんなの」
「なにが?」
「利吉さんがそんなこと、わざわざ言いに来るかなぁ」
「他に用事があったわけじゃないの?」
「いや。昨日の入門表にサインがなかったから、それだけを伝えるために学園に来たんだろう」
「あの忙しいフリー忍者の利吉さんが、わざわざ夕飯の注意に?
 町で牡蠣中毒が流行ってるんすかね」
「うーん。
 君たちが売り子をしている間に町の人に聞いたけど、そんな話は全くなかったよ」

 久々知が首を振るのを見て、忍者っぽいと名前は感心する。「利吉さん」を知らない名前には、どうも3人のように危機感を持てない。

「ちょっと三郎にも話してみるよ」
「それがいい」
「それじゃあ」

 尾浜はそういうと片手を上げ、やっと見えてきた学園の門に向かって走り出した。しかし「あ!」門の前で突然足を止める。
 
「天女様ー! 明日は放課後校庭に行ってくれ!」
「なんでー?」
「体育委員会があるから!」
「えええ」

 顔をしかめると、隣に立つ久々知が首を傾げた。

「なにか嫌な理由でもあるんですか?」