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 忍たまの友をいそいそと仕舞いながら、お爺さんの顔を覗き込む。泣いていて全く話にならないが
 これ、これってもしかして、僕たちが待ち望んでいた……!

「あの、お話を聞きますから、まずは鼻水を拭いてさい」
「じゃあ遠慮なく」

 チーン!と彦四郎の袖で鼻をかんだ。

「ちょっと!」
「いやぁ、すまんすまん……君が、この間ドクタケに連れ去られた若様にとてもよく似ておったから」
「ドクタケに!?」

 期待していた展開、いやそれを遥かに上回る状況に彦四郎の胸は自然と高鳴っていく。

「そばに僕の友達もいますから、待っていてください! すぐに呼んできます!」



 さすが優秀な1年い組の学級委員長!と囃し立てられ彦四郎は鼻の下を擦った。

「へへっ」
「それでそのお爺さんは、今どこにいるの」
「そこのお団子屋でお団子を食べているはずだよ。僕たちの分も奢ってくれるそうだ」

 言いつつ彦四郎が暖簾をくぐると、入口側の席にいたお爺さんは「本当に連れてきてくれたんじゃな」と感動したように呟いた。

「もちろんです! 約束したことを守るのは当たり前でしょう」
「最近、ドクタケに裏切られたもんじゃから……いや、なんでもない。
 それにしてもしっかりしているのう。優秀じゃ」
「ありがとうございます!」

 僕たちはとても優秀な生徒と言われているんです、と胸を張ると「そのようじゃな。若様に引けを取らない」とお爺さんは頷く。それにすっかり気を良くした彦四郎たちは、お馬鹿な友達にどれだけ辟易しているかを話しつつ、順に自己紹介をしていった。そうして

「お爺さんは、なんとおっしゃるんですか?」
「うむ。儂の名は、こあいよしぞうと言う」
「こあい、よしぞう?」
「ああ、そうじゃ。“こ”と書いて“あい”と書いて、“よし”と書いて“ぞう”じゃ」

 小藍吉蔵、と彦四郎は宙に書いた。

「素敵な名前ですね」
「君たちの方こそいい名前じゃ。これだけ聡い子になるのがよく分かる。ほれ、この団子たちも好きなだけ食べなさい」
「ありがとうございます」
「それより小藍さんは今、何やら困った状況にいると彦四郎から伺いましたが」
「あぁ、そうなんじゃ……」

 小藍は目に見えて肩を落とす。

「実は、儂はシメジ城に勤める若様のお世話係じゃった。若様は君たちぐらいの歳で、聡明で活発、お顔もとても綺麗での。殿も大変可愛がってらして、是非城を引き継いで欲しいとおっしゃってたんじゃが……」
「そこに、何か問題があったんですね」
「実は、若様は妾の子での」

 はっと4人は息を飲む。

「正妻のあの御方は、とても美しいが同時に気性も荒い。あの御方の子供はもうすぐ生まれる頃での。このままでは自分の子供の地位が危ういと言って、若様を殺そうとしたんじゃ。
 それを知った儂らは、どうにかして若様を助けようとした。じゃが殿に仕える身分では、できることも少ない。そこでドクタケの協力を頼った」
「ドクタケなんてあんな悪い城に、助けを頼むなんて……それは、火に油を注いだも同然です」
「左吉君じゃったか、君は賢いのう。本当にその通りじゃった。
 普段使わん、戦のときのために布や食料を保管しておく蔵がひとつあっての。そこから若様を連れて行ってやる、と言われて儂らは若様を泣く泣くそこに置いたんじゃ。なのに……なのに……アイツらは、側の大木に火をつけて蔵まで燃やしたんじゃ! しかも、あれは事故だ、わざとではないと言ってワシらから報酬も取っていきおって……」
「そんな……」

 小藍はボロボロと大粒の涙をこぼして泣き出した。拭っても拭っても耐えきれない様子に、彦四郎も思わずもらい泣きをしかけ眉間に力を込める。
 ああ、本当にお辛いのだろう

「若様はまだ見つかっておらん。挙句、儂ら若様救出に関わった者たちは全員城を追われたんじゃ。雇いの身分の儂らにできることなんぞ、もう何もない!」
「……僕たち、その若様を見つけます!」
「なんじゃと!? それは本当か」
「はい。僕たちだけでは頼りないかもしれませんが、先ぱ……いや、知り合いで力になる人が沢山います!」
「一平君、嬉しいんじゃが……それはダメじゃ」
「どうしてですか?」

 すると小藍は、一生分の幸せが逃げそうなほど重いため息を吐いた。

「城の若様がいなくなるのは大事件じゃ。それだけ警備が緩い、内政が混乱していると広まったら他城から攻められるかもしれん。だから、儂らもこのことを口外したら……殺す、と言われた」
「そ、そんなことここで話して大丈夫なんですか!?」
「あぁ。実はここは」

 小藍はスッと声をひそめた。

「儂と一緒に追い出された小姓の1人が営んでいる」
「えっ……」
「見てはならん、それも秘密なんじゃ。こうしてこっそり協力者を見つけるための」

 なるほど、と彦四郎はひとりごつ。やはり最初の予感通り、想像以上の何かに首を突っ込んでしまったらしい。

「もし4人が良ければ、またどこかで会えないかの」
「もちろんです!」
「僕たちで良ければ。時間はもう少し遅くなると思いますが、大丈夫ですか?」
「もちろんじゃ、彦四郎君。ただまぁそうじゃの、ここはまだ危険じゃ。裏の山の中腹で会わんか、明日、もし時間が合えばじゃが」
「はい! 未三刻頃でよろしければ」
「そうしよう。山道の脇の木に赤い紐を括り付けておくから、その下で」
「そうしましょう。また会えることを楽しみにしています」
「うむ」

 小藍が頷くと「あの……」と一平が遠慮がちに切り出した。

「なんじゃ」
「僕たちこんなにいっぱい食べてしまったんですが……本当に、奢っていただいていいんですか?」
「もちろんじゃ。今回のことに協力してくれる、ささやかなお礼じゃ」
「あ、ありがとうございます」

 きり丸なら泣いて喜びそうだ、と思いながら一平と一緒に頭を下げる。これからは組がいつも体験していることが、自分たちも体験できるのだろうか。少しの怖さがあったが、それでも胸の高鳴りを抑えきれず、彦四郎は小さく笑った。



 おばちゃん、頼んだはんぺんどこに置いてくれたんだろう。名前はひとりごつと、食堂にあるものを手当たり次第に引っ張り出した。しかし

「……おかしいなぁ、やっぱりない」