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 忍術学園の生徒はお休み、その上おばちゃんも町へ買い出しに行ってしまい、名前は本日の昼食当番を任されていた。しかし調味料がないこの世界、作れるものは限られる。そこで悩みに悩んだ末、名前でも作れるおでんにしようと思ったというのに

「はんぺんがなけりゃ……っていうか何、ちくわもツミレも……えっなんでこんなにないの!?」

 はんぺんとちくわは食堂のおばちゃんにお願いしたが、ツミレは名前が夜中に作っておいたはず。

「え、待って落ち着け……何がないんだ?」

 名前は慌てて全ての具材を台の上に並べた。

「ちくわ、ツミレ、はんぺん、あんべい、白天ぷら……ぜんっぜん足りない!」

 いくら早くに起きたとはいえ、今からメニューを変更したとして材料を手に入れられるかも怪しい。だからおばちゃんと昨日までにあんなに確認したのだが、これでは全てが水の泡。あぁもう、と下唇を噛む。

「誰が、一体なんの目て……き……」

 はっと名前は息を飲んだ。

「練り物! そうか、練り物……そんなことするなんて」



「土井先生!」

 ピシャン!と障子を開けると驚いた顔が二つ向けられた。1年は組の担任2人は、まだ暗いというのにせっせとテストの採点をしていたらしい。熱心なことだが

「生徒たちに授業をする以前に、好き嫌いをするっていかがなものなのでしょう! いや、好き嫌いをするのは構いません、それは誰にもあります……が、具材を盗まないでください!」
「な、なんの話でしょう名前さん」
「惚けないでくださいよ! きりちゃんから土井先生が練り物嫌いってことは聞いてるんです。
 そうでした、昨日私がツミレを作っていたとき、土井先生食堂で遅めの夕飯をとってらっしゃいましたからね……それで今日の昼食がおでんだと知ったからって、練り物を盗むなんてもったいない忍術の使い方!
 とりあえず、練り物類返してください。それを楽しみにしている、しんべヱのような子もいるんです」
「……半助、今すぐ返しなさい」

 はは、と土井は頭を掻くと天井裏に消え、数分もしないうちに大量の練り物を抱えて帰ってきた。

「ちなみにそれ、どうするつもりだったんです?」
「きり丸に明日、町で売ってもらおうかと……」
「本気でやめて下さい。私はお残しは許しまへんで!とか言わないので、普通に練り物抜いてくださいと言ってくだされば良かったんですよ」
「いや……」

 苦笑いを浮かべた土井からなんとなく察して名前はため息を吐く。

「……天女だから、意地悪するとでも思いました?」
「まぁそんなところ、ですかね」
「そんなに性格悪ありませんよ、私。
 それに入れられたとしても、いつものようにきりちゃんにあげれば良いでしょう。それすら止めるほど意地悪だとでも?」
「いや、そういうわけじゃないんですが……」
「昔、半助の練り物に自分の髪の毛を入れた天女がいたんですよ」

 髪の毛、と名前は思わず聞き返した。まぁでも好きな人の食べ物に自分の一部を入れるのはままあるな、と納得しかけ

「あれ、でも土井先生練り物食べれないんですよね? 入れる意味、ありますかね……?」
「その天女は、自分の力で私の練り物嫌いを直そうとしたんです」

 うわぁとんだおせっかい、と言うと土井は困ったように笑った。

「それでその願掛けと、中に髪の毛を入れてたらしいんですが……私はそれに気づかず、きり丸に食べさせようとしてしまって」
「えっきりちゃん、大丈夫だったんですか?」
「一応、気付かれないように処理しました。ですからこの話、きり丸にはしないでくださいよ」
「もちろんです……が、それでも土井先生はその天女が好きだったんですか?」
「はは、お恥ずかしながら……」
「怖すぎる……」

生徒を自分より大事にしているような土井でも、そうなってしまうなんて。

「まぁ、とにかく災難でしたね。好きな人へのプレゼントに色々混ぜるとは……未来だってなかなかないんですけどね」
「名前さんはされたことがありますか?」

 曖昧に頷いた名前にへえ、と土井たちは目を瞬いた。そして

「どんな感じなのか少し気になります」

 よほど興味があるのかランランに輝いた瞳を向けられ名前は言葉に詰まる。
 ……え、そんなに面白い話でもないよね?
 戸惑うが、そこまで知りたいのなら特段隠しておくような話でもない。ただ

「おでん、下拵えが終わっていなくて……先生方が良ければ、この続きは食堂でどうでしょう。
 採点するのに、机を使ってくださって構いませんから。朝は小平太が昨日獲ってきた猪を外で振る舞うそうで、食堂は使いません」

 あの野郎は本当に、と内心で文句を続けておく。
 なーにがイケドン好きだろ、よ。自分と滝がイノシシと格闘する間、三之助たちを見といて欲しかっただけじゃない
 夜更、食堂で準備をしていたところに現れた暴君こと七松小平太は、返事も聞かず裏山に名前を放り込んだ。結果楽しかったから良かったものの、夜の山は怖かったというのに「体育委員会に入りたくなっただろ!」とは実に、暴君にもほどがある。

「……そうですな、せっかくですし」

 少し逡巡する様子を見せていたのだが、意外にも山田が先に誘いに乗った。

「ま、敵を知るにはコミュニケーションって大事ですよね」

 笑うと山田はにべもなく「そうだな」と頷いた。

「じゃあ食堂で待っていますよ。私もそろそろ、先生方と話したいと思っていたんです」



 話したいと思っていたのは事実、彼らの名前ぐらいしか知らないと思っていたからなのだが

「考えてみれば私、山田先生について知っていることがありました」
「なにをです」

 食堂には練り物も揃い、残すはタコと牛すじ肉の下拵えである。これがまた長くかかるから、何か副菜でも作ろうかなと思いつつ顔を上げる。

「団蔵くんが、山田先生は結婚なさっていると言ってました。お子さんはいらっしゃるんですか?」
「ああ、利吉のことかい」

 山田が呆れたような声を出した。名前が狙っているのではとでも言わんばかりの口ぶりだが、生憎そんな人に心当たりはない。