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「特に隠し事をしとる様子もなく、小細工もなし。利吉のことは本当に知らんようだし……子供たちにも媚を売るどころか、からかって遊んどる」
「面白かったですねぇ、鉢屋も潮江も」
「一応、善法寺だけは標的にしないと決めとるそうだが」
「代わりに保健室でしょっちゅう喧嘩してちゃあ意味がありませんよ」
「あんだけ怒られても一切聞く耳を持たないなんて、本当に強かな娘だ」

 2人は思わず顔を見合わせて吹き出す。

「いやぁ面白い。一度ぐらい謀りを任せてみたいものだ」
「良い作戦を練ってくれるような気がしますね。
 ────ところで謀り、といえば」

 半助は声の調子を一つ落とした。

「名前さんが、さっき食堂のおばちゃんから変なことを聞いたと言うんですよ」
「おお、どうした」
「どうやら町で、子供の顔をじっと覗き込んでは『お前じゃないな』と声をかけていく変質者がいるそうです。その変質者は……赤いサングラスをかけていると」
「ドクタケか!」
「きり丸のアルバイトは当分私が着いていきますが、一応先生に連絡した方が良いと思って、だそうです。どうやら10、11歳ぐらいの男の子が狙われているらしい」
「そりゃ気を付けんといかんなぁ」

 真剣な顔して相槌を打つと一転、山田は破顔する。

「どうしましたか?」
「あの娘を特別視する理由が全くなくなったと思ってな。下級生のことも大事にしているとわかれば、もう学園の生徒として問題はない」
「ええ。私たちができることと言えば、名前さんから話を聞いてやるぐらいですかね」
「まだ大分あたりが強い生徒もおるからな。それでもめげない娘だとは思うが」

 そもそも、と山田は声を立てて笑った。

「娘、などと言っているが、あの子は働いていたと言ったろう。たしか他の天女によれば、働き始めるのは20あたりで大学というものを出ると22になるらしい。潜入期間もあるとなると」
「その……私より歳が上かもしれない、とおっしゃるつもりですか?」
「うむ。そうだな」

 そうだろうか、と土井は考える。来たばかりの天女は確かにそのような雰囲気もあったが、忍たまたちと遊んでいる今はすっかり子供のようだ。歳の割に大人びているとは思うが、自分より年上だとは

「とても……思えませんけどね」
「納得いかんのか、半助」
「と言いますか、想像ができなくて……ですが潜入していたというぐらいですから、元々環境に馴染むのが上手いのかもしれません」
「だとしたら名前くんにとっては幸いでしたな」

 山田の言葉は核心をついていた。
 いくら名前が良い人だったとしても、“天女”であるだけで危険因子となる以上どれだけ願ったとして学園外に出ることは難しい。一生学園で暮らす可能性も十二分にある。それなら

「名前さんが楽しんで学園生活を送れることが、一番ですからね」

 うむ、と山田が深く頷いた。




 名前は季節にそぐわない炎天下の中、虎若と三治郎に手を引かれ走り回っていた。生物委員会の管轄域は無限にあるらしく、ちょっとやそっと小屋を覗いたぐらいでは全てを見せきれないらしい。しかも小屋同士がかなり離れているから管理も大変だろう、と要らぬお節介が頭をもたげる。

「じゃじゃーん! お次は毒トカゲの大山兄弟です!」
「ちなみに伊賀崎先輩のペットです!」
「ペット……」

 名前は虎若の言葉に絶句した。毒トカゲというからには小さい、すばしっこい生き物を想像したが

「……巨大ね」

 のそり、と体がこちらを向く。

「……これを飼ってるの?」
「はい! 伊賀崎先輩は毒虫が大好きで、他にも色々と飼っていらっしゃるんですよ」
「あ、伊賀崎くんってその伊賀崎くんか! 毒ヘビのジュンコに恋してる」
「そうです!」
「あっあそこにいるの、伊賀崎先輩じゃない?」
「えっ三治郎、どこに……あっ本当だ!
 竹谷先輩と孫次郎たちもいる! みんな授業が終わったんだ」
「名前さん、行きましょう! あそこには可愛い狼の赤ちゃんたちもいますよ!」

 言うや否や駆け出した2人の裾を慌てて引っ掴んだ。

「待って、小屋閉めなくて良いの?」
「あっ忘れてたぁ! 三治郎、鍵!」
「そうだったぁ!」

 生物委員会、このような管理体制で大丈夫なのだろうか。胸の内で呟いてから、そういや昨日も毒虫が脱走してどーたらと騒いでいたことを思い出す。
 こりゃー竹谷たちは大変だぞ

「さっ行きましょう!」

 それでも後輩にこんだけ好かれているなら僥倖なのかもしれない。三治郎にしても虎若にしても、かまってくれと言わんばかりに激突せん勢いで竹谷の背に飛びついた。

「おうっ……とお前ら! あれ、名前さんも」
「1年は組は授業が早く終わったから、名前さんに小屋を見せて回ってたんです!」
「大山兄弟も亀太郎一家も、鳥小屋も全部見せてきました!」
「おほー! 虎若も三治郎もありがとな、偉いぞ」

 竹谷はグリグリと2人の頭を撫で回す。

「生物委員会はこれで全員?」
「ああ。は組の2人と、い組の上ノ島一平、ろ組の初島孫次郎。それから3年の伊賀崎孫兵と、最後に俺が委員長代理だ」
「委員長代理、ってことは委員長は別に?」
「いや。6年生がいない委員会は5年が代わりに委員長代理を務める。だから、実質的には俺が委員長だな」

 へえ、と名前は相槌をうった。他と比べかなり平均年齢が低いように思われるが気のせいだろうか。それであの数の生き物を、と思うと人員的な問題で生物委員会に入るべきではないかと良心が囁く。

「とりあえず、二日間宜しくね。6年に組の苗字名前です」
「ちなみに名前さんは、毒虫は好きでも嫌いでもないそうです」
「大山兄弟はちょっと触ってみたくなったな、プニプニしてそう」
「ではジュンコはどうですか。あっ触っちゃダメですよ」
「はーい。皮膚に毒でもあるの?」
「いえ、どさくさに紛れて持っていかれても困るので。天女はすぐ炙ろうとしますから」
「炙る!?」

 なんでよ、と名前は首を傾げた。