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「アイツらはいつになったら自覚するんだ! いっつも迷子になるって言ってんのに勝手にどっか行きやがるし」
「同室で朝から晩まで面倒を見てもらっていると、お二人から」
「その自覚があんならもう少しちゃんとしてくれねえかなぁ」

 最もだ、と名前は頷いて笑う。体育委員会に強制参加させられるたび、迷子縄による擦過傷が手のひらに増えていくのだから。

「それで善法寺に怒られるし、本当に報われないよね……」
「あ! そうそう、乱太郎が『用具委員会でまた名前さんが怪我したら、どの委員会にも所属させないよ!』って伊作先輩が怒ってたって言ってました」
「ええー私のせいでした怪我なんてひとつもないのに」
「あっでも俺も数馬から、名前さんが委員会に行くたびに怪我してるって伊作先輩が怒ってると聞きました」
「本当に善法寺はすぐキレる」

 ザクッと名前は土に鋤を突き立てた。

「そもそもどれも私のせいで出来た怪我じゃないのよ? 体育委員会は小平太の言うことに従っただけだし、図書委員会では怪我してないし」
「あれ、でも乱太郎は怪我したって」
「あの日は喜八郎の穴に私が落ちて、そこから這い上がったらちょっと痛めたの。怒られると思って保健室に行かなかったら、長屋で目敏く注意してくるし……
 会計のときは10キロ算盤も弾けないなんてどうのって潮江にイチャモンつけられたからだし、生物の日は犬が逃げ出して全員満身創痍だったし、作法は二日目まで喜八郎が落とし穴を掘りたがったから。ほら私悪くない」
「数馬は保健委員の素質あるって言ってました」
「委員会以外で特に怪我してないので、不運なわけではありません」
「ふぅん、そうなんですね」
「不運なわけではありません! ふぅん、そうなんですね……はっはっは」

 やっと落ち着いたと思ったのに、浜のツボは浅すぎるのではないか。「ほら、手を動かさないと食満くんに怒られるんじゃないの」と言ってももはや聞こえないようである。

「食満先輩はあまり怒らないから大丈夫ですよ」
「伊作先輩も、本当はそんなに怒らないはずなんですけどねぇ」
「でも、怪我に関して保健委員は怖いじゃねぇか」
「たしかに、乱太郎もそういうときは怖いです」

 はぁと3人は揃って溜息をついた。「用具委員も怪我するときは多いんです」と呟く富松の気持ちは推して知るべし。今日まで怪我をすれば、名前の首だけでなく食満の首まで飛びそうである。

「……今日は、あんまり怪我しないような仕事にしておくよ」
「僕も気をつけます」
「保健委員会はおっかねぇ」

 さて、このような会話を世間ではなんと言うのだろうか。名前のいた未来では

「フラグ、だったねそういえば……」
「はにゃぁ?」
「おい名前! 喜三太! 大丈夫か!」
「大丈夫だから早く、この棚を持ち上げて……」
「ああ、ほらしんべヱ行くぞ! せーのぉ!」

 グググ、と名前の肩にのしかかっていた棚が持ち上がった。

「僕のなめさんは!?」
「ほら、この腕の中だよ。ちゃんと壺ごと守ったから」
「ああ、なめさん達ぃ!」

 なんでこんなことに、と首を傾げた食満に苦笑する。

「そこにある鎌に突っかかってしんべヱが転んで、それに棚が吹き飛ばされて、反対側に置いてあったナメ壺が潰されそうになって喜三太が飛び出したから庇おうとして」
「それは、」
「不運だとか口が裂けても言うなよ」
「……棚、なにも入ってなくて良かったな」
「ええ。これなら保健室に行かなくても」
「だ、め、だ! 肩を強く打っただろう、保健室にはいけ!」

 なんで、と名前は顔を顰めた。怒られると分かっていて飛び込む馬鹿がどこにいる?夏の虫くらいだ、そんなことを好んでするなんて。

「名前の気持ちも分かるが……そうやって毎回お前が保健室に行かずコソコソ歩き回るから、今日こそ連れてこないと」
「連れてこないと?」
「新薬の実験台してやる、だそうだ」
「誰を」
「俺を」
「オッケー! じゃあ」

 ガシリと強く腕を掴まれた。

「お前のことだから絶対に俺をダシにするだろう、そんなことは言わなくても分かってる!」
「ちょっ……離せこのバカトメ!」
「文次郎の真似すんな!」

 チッと名前は舌打ちをする。単純な力の強さでは敵わないから、潮江の真似をすればアレルギー反応で離してくれるかと思ったのに。
 ……やっぱり仲悪そうにしているの、パフォーマンスなんじゃ

「守一郎! 悪いが作兵衛と片付けをしてくれねぇか? 俺もすぐ帰ってきて手伝うから。しんべヱ、喜三太、平太は帰っていいぞ」
「はい! ありがとうございました!」
「名前さん、伊作先輩に怒られちゃったらごめんなさい」
「いいのよ、気にしないで。私も負けないで帰ってくるから」
「ぼ、僕想像したらちびっちゃった……」

 そこまで酷くはないぞ、と名前は心の中で反論しておく。

「ほら行くぞ、名前」
「はいはい」

 本当に憂鬱だ、と名前は肩を落とした。




「だからどうしてこんな怪我をするんだい!?」
「今さっき事情は説明したでしょうよ。大体今回のはそんな大した怪我じゃない」
「けど委員会に出る度に怪我をするんじゃ、保健委員長として名前の委員会活動を許可することはできないよ!」

 また始まった、と言わんばかりに名前が肩を竦めた。伊作はムッと眉を寄せる。

「あのねぇ、君は自覚がないだろうけど」
「そんなに怒りなさんな。たまたまだよ」
「たまたまも毎回起きるんだったらそれはたまたまじゃない!」
「毎回じゃないわよ、図書室でだって怪我なんて」
「しただろう。肩を痛めた上にさらに重い本を何冊も運んで」
「それが活動内容でしょうが」
「だからこそ委員会活動に参加することを歓迎しないと言ってるんだ」

 なぜ分からないと言うのか。

「普段は怪我なんてそんなにしないからこそ、委員会中に怪我ばかりするのはおかしい〜って?」
「分かってるなら何度も言わせるな」
「わざと怪我してるわけじゃないよ。悪かったね」
「そうやってまた適当に流そうとして。この間も」
「黙って」

 シィ、と名前は唐突に唇の前で人差し指を立てた。

「……なんだい?」
「音がする」
「どこから」
「上か──────

 言い切る前に名前がその場から飛び退く。そこへ落ちてきた男は苦無を畳に突き立て

「意外と素早く動けるんだねぇ」

 蹴り上げ突きを繰り出した。突然のことで呆気に取られる伊作をよそに、名前は二つ三つと避けたが

「……なに、あっけなく捕まるの?」
「善法寺が何もしない、何も言わないならこれはもう天命かなと」
「ええ〜ちゃんとそれっぽい演技してよ、伊作くん」
「い、いえ、驚きすぎてしまって……なんのつもりですか」

 ちょっとこなもんさん
 そういうとその男はガクリと肩を落とした。