62


「なに、今たこ焼きに手首掴まれてるの?」
「こんなときまで忍たまのお約束を守る必要はないし、君もそれに乗らなくていいから」
「あはは……」
「あら、冗談だったの」
「真顔でいわれちゃうと何が本心だか分からないねぇ」
「で、彼はどなた」
「雑渡昆奈門さんです」

 言うとジロリと名前に睨まれる。

「どなたって、どこの誰かと聞いているのよ。そんな記号的なものを教えろと言ってるんじゃなくて」
「ああ、それは」
「私はここの教師だよ」
「嘘つきなさい。こことは違う匂いがするし、小松田さんのとこでサインすらしてないでしょう」
「どうして分かったの」

 あくまで驚いたフリをする雑渡に「手から墨汁の匂いがしないから」と名前は淡々と述べた。

「ふぅん。私が粉物なら、さしずめ君は犬と言ったところかな」
「あらお褒めに預かり光栄ね。で、どなた? ついでに手首を解放してくれると嬉しいのだけど」

 今回の天女は威勢がいいねぇと雑渡は手を離す。「善法寺はそんなことまでこの人に教えてるの?」と訝しんだ目を向けられ

「ち、違うよ。僕は言ってない! 雑渡さんはどうして名前さんが天女だって」
「へぇ名前っていうんだ」

 僕を殺す気か!と伊作は内心で絶叫した。図らずも名前の名前をバラしたことになり、これでは名前はもちろん他の6年からの説教も免れない。

「……善法寺で遊ぶのやめたら?」
「君こそ伊作くんで遊んでたじゃない」
「あいにく、色々と口出されるのは嫌いなのよ」
「おやおや。あっちの部屋で監視されていたときは、ずいぶん大人しくしていたのに」
「そりゃあ変に反抗して殺されたら嫌だもの」
「死んでいるのに?」
「痛いのは嫌でしょう、誰でも……ていうかさ善法寺、私のこと四六時中見張ってたはずなのに、易々と私の姿を見られているのはまずいんじゃないの」

 すると雑渡は「ああ、もちろん監視がいないときに見にきたからね」となんてことないように言い放った。

「君があんまりゲロゲロ吐くから、和室に人が集まっててねぇ。天井裏には誰もいなかったからのーんびり見させてもらったよ」
「お暇なの?」
「ねぇ、私君に意地悪しにきたわけじゃないんだよ?
 城主はたしかに忍術学園と敵対関係だけど、私は保健委員と仲良しだから」
「入門表にサインできるほど友好的ではないが、追い返されない程度には付き合いがある、と。じゃあせめてどこのお城にお勤めかぐらい教えてくださっても」
「タソガレドキだよ」

 タソガレドキ、と繰り返した名前に雑渡は頷いた。

「君の身元も調べさせてもらったよ。確かに忍者ではなさそうだったけど、忍術学園の様子がいつもと違ったからね。こういうの、“にゅーたいぷ”っていうんだっけ」
「よく知ってるわね。誰に聞いたの?」
「前に、尊奈門を落とそうとした天女様」
「尊奈門って……貴方の部下? 今上で見張ってる」
「うん、尊奈門は私の部下だよ。上にいるのとは違うけど」

 すごいバイタリティだね、天女様って。名前は感心したように言うが、そのときはタソガレドキ忍者隊と忍術学園が一触即発の状態になったのだ。伊作としては思い出すだけで嫌な気持ちになる。

「君は耳も鼻も本当に良いんだねぇ」
「どーも」
「これでどこぞの忍者ならどうしようかと思うけど、どこを探しても君の情報はなかったんだから追及のしようもないよねぇ。
 それに今日の様子を見てると、ずいぶん忍術学園への忠誠心が高いみたいだし」

 なんでと伊作が首を傾げると雑渡はふっと笑った。

「そうじゃなきゃ伊作くんが黙ってるからって命を差し出すような真似はしないよ。今だってこんなに気を張り詰めて」

 言う程かな、と名前に視線を移す。たしかに少し緊張しているようにも見えなくもないが、普段からこんな様子ではないだろうか。

「ところでタソガレドキの忍者さんは、ここによく井戸端会議をしに?」
「まぁそうだね。町で忍たまを見かけると、ついつい保健室が恋しくなちゃって」
「雑渡さんそんな暇ないでしょう。あんまり遊んでいると、また高坂さんたちに怒られますよ」
「いやぁ。すごく真剣な表情で裏道に入っていく1年生4人組を見たら、伏木蔵くんや乱太郎くんが恋しくなるものだよ」

 すると名前がふと真面目な顔になって手を顎の下に当てた。

「それって、」
「今町には人攫いも出るって噂だからね、気をつけた方が良いんじゃない。じゃあ」
「あっ雑渡さ…………行っちゃった。包帯ぐらい変えていけばいいのに」
「あのさぁ善法寺、あの人って本当はどの辺の立ち位置なの」
「んー……一応、敵の敵は味方、ぐらいの感じかな」

 ドクタケが共通の敵、というか敵対勢力だからねと言うと、名前はまたじっと宙を見つめる。

「……雑渡さんの言ってたこと、気になるかい」
「ええ。だって乱太郎や伏木像くんが恋しくなるってことは、あの人が見たのって多分」
「1年い組の子達だろうね。じゃなきゃあんな言い方はしないよ」
「雑渡さんとはドクタケが共通の敵。わざわざ忍たまを見たと言いに来た。ってことはあの子達はドクタケに関係する何かに口を突っ込んでいると」
「多分ね。僕たちも、最近い組の子達がちょくちょく出かけているのは気づいていたんだけど……理由を聞いても教えてくれなくて」
「それはまぁ」

 名前はどこか寂しそうに笑った。

「私と善法寺達が仲良くしてるのが原因だろうからね」
「い組は真面目なんだ。だからなかなか融通がきかないところもあって」
「知ってるよ、潮江もそう言ってた。それに怒ってなんかいないよ。ただま、これで何かに巻き込まれたんじゃあ申し訳ない」
「……大丈夫だよ」

 それは自分に向けての言葉か名前に向けての言葉か、伊作にはとても分からなかった。



 火薬委員会と聞いたはずだが、なぜ名前たちは豆腐屋に向かっているのだろうか。しかも町に出るからとわざわざ着替えまでさせられ

「委員会活動、これでいいの?」
「いいえ、よくありません! こんなんだから『何してんだか分かんない、そんなことでいいんかい?』とか言われるんです!」
「伊助、それ言ってて笑いそうにならない? 浜くんなら死ぬほど笑いそうだけど」
「浜先輩といえば!」

 池田がハッと真顔になり、慌てたように久々知の前に立ちはだかった。

「タカ丸さんがいません!」