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「おうよ、戦でも始めんじゃねえのか? そこら中からありとあらゆるもん買って……いや、奪ってるっつった方が正しいな。
 そんなに要んなら大豆もくれてやろうか、つったら1升1銭で買い叩こうとしやがったから締め出したよ! ホント、大豆は豆腐も豆乳も出来る宝だっつーのに価値のわかんねぇ野郎どもだ!」
「ちなみに、その男たちに特徴はありましたか?」
「特徴……そうだな、赤いサングラスをかけてたことぐらいじゃねぇか」
「ドクタケか!」

 伊助が隣で小さく呟いた。ドクタケ、一昨日に引き続き今日もその名前を聞くことになるとは。というか

「ねぇ伊助くん」

 こそりと囁く。

「はい、何ですか?」
「なんでドクタケって分かったの?」
「そりゃ、赤いサングラスをかけた男たちと言ったらドクタケ忍者隊ですよ!」

 つまり、食堂のおばちゃんが言っていた人攫いとは

「ドクタケの、ことだったのか……」
「なにがですか?」
「あー久々知くんなら知ってるかな。なんか最近、赤いサングラスをかけた変質者がいると聞いて……10歳、11歳ぐらいの男の子を狙っているとか」
「ああ、その話なら」
「そうそう! そいつらもなんか人探しをしてたなぁ。ちょうど坊主ぐらいの」

 言いつつ伊助を指差す。

「綺麗な髪をしててよ、ボロい見た目をした金が大好きな……そんで『くれる』って言葉が嫌いとか言ってたかな」

 きり丸!名前は息を飲んだ。

「そんなガキ探してるっちゅーからよ、いるわけねえって追い出したよ。頭でも触れてんじゃねえのか、アイツら」

 はっはっはと笑う旦那に合わせて「あはは……」と愛想笑いが続く。
 ……きり丸、実はかなりヤバイ?
 ドクタケがどんな奴らかは知らないが、みんなの反応からして非道な集団なのだろう。善法寺は忍術学園の敵だとも言っていた。

「……ねぇ旦那、お願いがあるのだけど」

 こういうとき、つくづく女とは便利な記号である。

「もしそんなような男の子を見かけても秘密にしといてくださらないかしら」
「なんでだい姉ちゃん」
「私その男たちに会ったことあるんだけど……どうやらね、子供売ったり女の子買ったりしてるらしいのよ」
「そりゃいけねえ!」
「だからね、絶対にそんな子見かけても知らないっておしゃってくれる?」

 もちろんだ!と豪快に頷く旦那に息を吐いた。
 土井先生に早く報告しないと
 行きとは打って変わって、帰りの足取りが重くなったのはいうまでもない。どうにか元気に話し続けるタカ丸を見ながら「ああ、だからモテるのね」と名前は現実から逃避するように笑った。



 食満たちの部屋から名前の部屋の間には空き部屋が3つある。どうも学園長が気遣ってくれたらしいのだが、あの爺さんは無茶を言うかと思えば素晴らしく機転のきいたことをするから未だに謎が多い。たかが3つ、されど3つによって保証される私のプライバシーよと思いつつ、名前は初めて他人の部屋の障子を叩いた。

「いる?」
「あぁ、どうした」
「悪いねこんな夜遅くに。少し話したいことがあるんだけど、中に入っても?」
「もちろんだ、気にすんな」
「ありがとう」

 言いつつ衝立の奥に入り首を傾げる。

「あれ、食満の同室って善法寺じゃなかった? 立花だっけ」
「こいつの同室は伊作で合っている。兵太夫の絡繰工具が曲がったというんで、留三郎に直してもらってたんだ。
 お前はどうした。留三郎と逢瀬か?」
「ちが」
「違う!!」
「……そんなに否定しなくても」

 失礼なやつめ、と名前は口を尖らせた。誤解されても困るが、大声を出すほど必死にならなくても良いだろうに。

「許してやれ。留三郎はウブなんだ」
「おいっ!」
「ねぇそれより見てほしいものがあるのよ」

 言いつつ名前は懐から赤いガラス片を出すと、食満の方へと押し出した。

「これ、もしかしてドクタケとかいう奴らのサングラスのカケラだったり、しない?」
「……そうだな。どこで拾った」
「カタクリが咲いているところ、あそこから歩いて20分ぐらい学園よりの場所。ちなみに拾ったのは体育委員会のとき……だから半月前ぐらいかな」

 あの日は全く気づかなかったが、かの休憩地はカタクリの花畑、つまり出城へ楽に向かえる道だったらしい。ルートさえ選べば、だけれど。火薬委員会終了後に行ったのに日が沈む前に学園に戻ってこれたのだ、本当に大したことない。

「どうして拾った?」
「休憩している途中で見かけてね、綺麗だなぁって思ったの。それだけ。別に隠しておくつもりもなかったんだけど」
「で、なんで今になって俺のところに持ってきた?」
「ドクタケは赤いサングラスをかけている、と今日伊助から聞いたから。ドクタケのことはよく知らないけど、どうやら人攫いをしたり戦の準備をしたり、あまり穏やかじゃなのかな、と」
「あーそうか、お前はドクタケに会ったことがないのか」
「うん。けど忍術学園と仲悪そうだなぁとは、みんなの話を聞いて。
 んでほら、あのカタクリ群生地に出城がうんたらって小平太が言ってたからさ。あそこ忍術学園に近いでしょう」
「ああ。それで私たちは困ってるんだ」
「だろうと思ったから情報は多い方がいいかなと」

 なるほど、と立花は顎をさすった。

「ちなみに先生方には話したのか? そのこと」
「いや……それなんだけど」

 初めは名前も土井に報告すべきかと考えたが、恐らくそれは忍術学園のシステムから外れているのではないか。というのが名前の導き出した結論である。

「独断で色々先生方に話すんじゃなくて、ある程度情報をまとめてから報告する方が良いんじゃないかなーと思って、話してない」
「なぜだ」
「簡潔にいえば、生徒個人個人が先生に属しているのではないと思うから」
「……詳しく話せるか?」
「えっと……そうね」

 食満のあまりに真剣な声音に戸惑いながらもここ数日考えていたことを口にする。

「これは仮説だけど……まず1つ、私の監視や間者でないことの証明が生徒に任されていたにも関わらず、先生たちは別で私の監視をしてる。つまり、先生から生徒へトップダウンってわけじゃない、と思われること。
 そして2つ、委員会活動。何で私を委員会に入れようと学園長先生がなさったのか、入れという割になぜその委員会らしい活動をしない委員会があるのか」

 2人から見定めるように見られ、名前はふっと息を吐く。

「……委員会の価値って、その委員会名にふさわしい活動をすること以前に、指揮体制の確立のための組織なんじゃないかって」