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 委員会らしい活動、という名前の発想自体が間違っていた。常時に委員会らしい働きをする、会計と用具のようなところもあれば、非常時に委員会らしく機能する作法のようなところもある。しかしどちらも

「上が情報を共有すれば下まで伝わるようになってるんだね。下級生たちを細かく分けることで上級生が守りやすい形にして、非常事態に統率を取れるように。
 つまり統制体制が先生から生徒個人個人へ、という形じゃなくて、学園長先生のもとに先生と、そして生徒という塊が属してるんじゃないかと思ったの」

 すると立花が「……そうか」と笑った。

「学園長先生の狙いはこれだったのか」
「狙い? 何の話よ」
「まぁお前が聞いて気持ちのいい話ではないだろうが……聞きたいか? 名前の編入が決まる前の話だ」

 じっと目を覗きこまれ、一も二もなく名前は頷く。

「……実は私たちは当初、名前を委員会に入れるつもりはなかった。嵌められるかもしれないという恐怖が残っていたからな」
「だが学園長先生は、本当に名前を忍たまとして受け入れるなら、委員会に入れるべきだとおっしゃった。そうじゃないならくノ一に入れなさいと」

 ん?と考えて名前は止まった。それはつまり

「……あなた達の中に、私を飼い殺しにするという選択肢があったのね」
「すまん」
「謝れって言ってるんじゃないわ」

 その可能性によく思い至らなかったなと、むしろ名前自身に対する反省である。
 私ったらお気楽なこって

「それを、小平太がやめろと言ったんだ。あんなのくノ一に入れては、飼い殺しどころが持て余すことになるぞ、と。俺たちはそれが信じられなかったんだが、アイツの勘はよく当たる」
「実際当たったからな。今の名前を見ていると、もしあのままくノ一に入れていたらどうなっていたか、想像するだけでゾッとする」
「そこまで? それはそれで励んだと思うけど」
「励んでどうした。くノ一は情報を仕入れることが仕事だ、つまり実習でしか技の活かしどころがない。
 そしてお前の性格なら先生を出し抜いてでも実習に行くだろう、下級生も参加しているようなら特に。そしたらどうなる?」
「うーん。まだ信頼されるに至ってない状態ってことよね。それで情報をたくさん持ってたら、多分……学園にとっても他城にとっても危険因子になって……なって、どうするの?」

 そういうことか、と名前は笑った。

「殺す理由もないから殺せず、忍術学園は私の処理に困ったってことね」
「ああ。つくづくこっちへ編入させて正解だ、ここなら鍛錬がストレス発散になる」
「本当によく見てるわね」
「世話をするとはそういうことだ」

 面倒見のいいことで、と名前は肩を竦める。

「だがそれは今だから分かることだな。あのときのお前は猫をかぶっていたから」
「あのときって……軟禁されてたとき? まぁ猫被ってたというか、痛い思いをしないよう大人しくしてたというか」
「おかげで私たちは名前の本質を見誤った」

 たまに反抗心をチラつかせても、基本的に言われたことを守るあまり活動的ではない女だと思ったらしい。最近では善法寺とさえ喧嘩しているのだから、たしかにとんでもない大誤算だと名前は吹き出す。

「笑い事じゃない。そうやって思っていたから、忍たまに入れるとしても、やはり委員会活動に参加させる必要はないと主張したんだ。
 だが今となっては幸いなことに、学園長は最後までそれを聞き入れなかった」
「俺たちは仕方なく折れたんだが……名前の話を聞いて、やっと分かった。
 委員会に入れば俺たちが何かしなくても、名前は忍術学園をそのものを理解できる。理解さえしてくれれば、学園の足を引っ張られることもなくなる」

 もし委員会に入らなかったとして、と食満は続けた。

「名前は忍術学園に馴染もうとして、今みたいにできる範囲で俺たちを探るだろう。それで、何がこの社会の秩序か考えるはずだ。だがお前は委員会がない生活を学園生活と認識しているから、齟齬が生まれる」
「そうなれば名前は完全なお荷物になる。結局はくノ一に入れるのと同じで、私たちはお前を持て余す」
「良かったわね、大事な分岐で間違えなくて」
「ああ。それに委員会に入れることで、名前がどういう人物か“正確に”把握することもできた」
「そこは強調しなくていいわよ、立花」
「とはいえこれは、名前があの摩訶不思議な能力がない天女だったから上手くいったんだがな」

 食満の言葉にそうそう、と名前は手を打つ。

「私の次のミッションはそれ、何で私がここに来てしまったのかを解き明かす」
「ほう?」
「ほら、食堂狙いの子は除いて、今までの天女は忍たま達と結ばれるという目的があってきてたわけじゃない? そのためにあの摩訶不思議な力があったんでしょう。
 でも私は、ここに来た目ぼしい理由がない。ご飯にも興味がない、反物にも興味がない、忍たまにも興味がない、先生にも興味がない」
「たしかにそうだな。だが……」

 立花は少し言葉を選ぶ様子を見せ、そして「その理由を見つけて、どうするつもりだ」と眉をひそめた。

「んー……本懐を遂げて成仏? ま、大丈夫よ、忍たまを殺すとかそんなことが目的のはずないから」

 するとふっと立花は笑う。

「知っている、そんなことを疑っているわけではない」
「そう?」
「……そろそろ夜も更けてきたが、仙蔵」

 スッと矢羽音に変わった会話に名前はじっと耳を澄ませた。小平太が「自分で法則に気付けたら、矢羽音に参加していいぞ!」と無茶なことを言ったせいで始まったこの流れ、名前が6年専用矢羽音というものを使えるようになるとは思えないのだが。

「……よし名前、話はついた」
「なに?」
「お前も6年の集まりに参加しろ」

 え、と名前は言葉に詰まる。

「あそこまで考えて俺たちにこれを持ってきたということは、名前は俺たちの仲間ということだ」
「留三郎、お前はどうしていちいち言葉が臭いんだ」
「うるさいっ! って名前、お前ずいぶん嬉しそうだな」
「そりゃ、そりゃだって」

 堪えきれず名前は破顔した。