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「食満風に言えば、やっと仲間に入れてもらえたのよ。嬉しいに決まってるじゃない」
「……お前が年上という事実が時々信じられん」
「そんなの忘れろ忘れろ、私は15歳になったんだよ」

 やっと6年生の一員として頭数に入れると言われたのだ、嬉しくないはずがない。まだよそ者だった自分が、またひとつ忍術学園に近付いたと笑いが溢れる。

「そこまで喜ばれると、それはそれで心が痛むな」
「なんでよ、いーじゃない。私は環境の変化が嬉しいの」
「俺たちは3日おきに集まっているんだが……今日はもう名前が裏裏山に行ったときにやっちまったからなぁ」
「次は3日後? 良いんじゃないかしら、委員会も決まって大分立場も明確になるし」

 そうするかと立花が頷くのを確認して名前は立ち上がった。

「じゃ、もう用ないから帰るわね」
「今日も鍛錬に行くのか」
「少しだけ」
「怪我するなよ! もし怪我したら伊作が名前を新薬の実験台にするそうだ」
「ついにお前が」

 心底楽しそうに立花は笑う。本当に良い性格をしているのだ、この男は。

「うるさいわね、怪我しないわよ。とりあえず火薬委員会、私がいる間は大した仕事しないみたいだし」
「残るは学級か」
「怪我しなそうだな、いくら名前でも」
「食満も一言余計。それじゃあおやすみ」

 おやすみーと間延びした声を背に障子をしめた。目指すはいつもの木、だが

「あ、あれは」

 夜なのにあんな小さい忍たま達がいるなんて珍しい、と名前は足音を消して近づく。私服姿だからどの学年かは分からないが、大きさから下級生に見える──つまり、今の今まで外出をしていたと。

──────なくたって良いだろ!」
「だってこん──────ズルだ!」

 しかもどうやら喧嘩までしているようだ。最大限気配まで消すよう努めて、こっそり背後に

「伝七も左吉も、そんなに一平を責めなくたって良いだろ!」
「だけど実践って言ってるのにおかしいだろ、教科書見るなんて!」
「……ああ、い組の子達か」

 これじゃあどうしようもない、と名前は嘆息した。どうしたの、と声をかけたらかけたで嫌がられるだろうし、とひとりごち

「……おーい潮江はいるかぁ!」

 ビクリと4人は肩を揺らした。

「し、潮江先輩に会ったらマズい」
「帰ろう!」

 慌てて去っていく背にホッと息をつく。

「……不器用なのか、お前は」
「うーん今まであまりそう思ったことはなかったけど……自分の中で拗らせすぎてる感はあるわね」
「おっ名前も鍛錬か?」
「小平太、君はお呼びでないよ」
「私と一緒にイケドンマラソン」
「しない! 今日は今から木登りの練習」
「じゃあ文次郎も名前も、私と一緒に裏裏山まで木を移って行こう!」

 嫌だと反抗してみせたところで、どうせこの暴君には馬の耳に念仏だ。

「分かった。裏裏山のテッペンまで競争ね!」
「よーし、いけいけどんどーんっ!」
「あっおい待て!」
 
 明日は寝不足だなと思いつつ、迫ってくる音から名前は逃げ続けた。



「うん、名前ちゃんがグロッキーな理由は分かったよ」
「勘ちゃんはそんな単語、誰から習ったの?」
「なんとか番目の天女様」

 よいしょ、と名前は机にしなだれかかっていた体を起こした。

「君たちは頑なに、天女の名前を呼ばないねえ」
「だって名前言ったら色々思い出しちゃうだろ?」
「えーでも私、もっと名前思い出しちゃうような作業をしたいんだけど」
「しても良いから名前は私の皿から甘味を奪うな。勘右衛門はカスを畳にこぼさない!」

 この2人面白いねと庄左ヱ門に笑いかける。

「大丈夫ですか。本当に眠そうですよ、今日」
「こんな奴心配しないで良い。まーたお得意の負けず嫌いが発動して、一晩中七松先輩と木の上で鬼ごっこしてたんだから自業自得だ」
「鉢屋冷たーい」
「おっ前は……」
「七松先輩に負けたんですか?」

 庄左ヱ門の悪気ない一言に名前は項垂れた。

「一昨日ね。鬼ごっこじゃなくてかけっこで負けたんだよ。だから鍛錬もかねて、昨日は鬼ごっこをしてみたの」
「そもそも七松先輩に勝とうと思うのが間違ってると思うけどなぁ」

 尾浜にまで言われ、そう?と名前は首を傾げた。たしかにあの人の運動神経は常軌を逸しているが、それでも作戦次第で勝てるのではと思ってしまうのが人のサガではなかろうか。

「お前は自分がスタンダードだと思うなよ。そんな無謀な挑戦ですら勝つまで止めないのはアホのすることだ」
「それで鬼ごっこはどうだったんですか?」
「庄ちゃん、私のライフはもうゼロだよ」
「つまり苦戦したんですね」
「三郎よりよっぽど庄左ヱ門の方がカウンターを喰らわせるのがうまいね」

 パクリ、と尾浜は饅頭を口に入れてニコリと笑った。

「あっ勘右衛門! 私の最後の一個を!」
「それで名前ちゃんは何がしたいの?」
「よくぞ聞いてくれたね、勘ちゃん」

 わざとらしく言うと鉢屋が顔をしかめる。

「早くしろ」
「ほらほら、三郎は饅頭をとられてご立腹だから早く」
「うるさい」
「学級委員長委員会がつけてるって言う、これまでの天女の学園生活記録を見せて」
「却下だ」

 「なんで」反抗してみると、鉢屋は当然だと語気を荒くした。

「学級委員長委員会所属の人間または先生方しか見れない、極秘文書だ。こんな根無草に」
「じゃあ私、学級委員長委員会に入るわね」
「それも却下する!」
「ええー学園長先生はどこの委員会に入っても良いとおしゃってたのに?」
「ううーん俺はどっちでも良いんだけど……」

 何も知らないといわんばかりに無垢な目をして尾浜は首を傾げる。この狸は演技がとてもうまい、そしてこの人は絶対に

「理由?」
「理由を」

 完璧にハモって顔を見合わせる。

「でしょ、聞きたいの」

 それっぽい理屈をつけて名前の希望を跳ね除けるつもりだ。そんなことは百も承知である。

「そうだね、理由は重要だから」
「まぁ単純に、個人の適性と人員、それから私自身の特殊性を加味して?」
「抽象的に話すな、分かり辛い。もうちょっと詳しく話せないのか、個人の適正とはなんだ」