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「平たくいえば善法寺に怒られるかどうか、かなぁ。どうしても埋められない力の差はあるからね、お荷物になっちゃ仕方ないし。
 そこでまず会計用具体育が外れた。それから善法寺関係なく生物と保健もね。嫌いな生き物いるし、保健の立ち位置に自分はあってないと思う」
「たしかに名前ちゃんは保健委員という感じはしないね」
「そんな器じゃない」

 抜け抜けと言いやがった鉢屋にどう仕返すか考えてしまう名前は、たしかに鉢屋の言う通り器が足りない。その自覚あるところがまた悲しいが。

「そして残るは火薬作法図書学級、人員がどこも足りてそうだから私は何を選んでも良し。で最後に特殊性を考えて」
「だから具体的に話せと」
「6年に組という特殊性? 担任としてよく会うからさ、学園長先生の便利屋っぽくなってきてて……『何々を誰々に伝えてくれんかの』みたいなのがすごく多くてさ」
「……たしかに、最近ちょくちょく名前ちゃんが俺たちに学園長先生からの伝言を持ってくるけど、一度に委員会で共有する方が効率的かもしれない」
「それに私は学園長先生の1日のスケジュールだけじゃなくて、密書の隠し場所、連絡先その他諸々把握しているし」
「どんな手を使ったんだ」

 その鉢屋の疑いきった目に、あのねぇと名前は息巻いた。

「君たちが、学園長先生に頼まれているというのに! お部屋の整理をしてくれないから!
 私とヘムヘムはこの1週間、学園長先生の棚という棚をひっくり返して掃除させられたのよ!」
「わ、悪かった悪かった」
「本当に、本当に大変だったんだから……! 姑息な手を使ったとは絶対に言わせないわよ。私は大きな大きな代償を払って情報を手に入れたの! っていうとすごく忍者っぽいわね」

 ズコーッと4人がひっくり返る。今まで何も口を挟まなかった今福すら、芸人を凌ぐ反応を返すなんて「……君たち、ここの学園で漫才習ってるの?」

「それはこちらのセリフだ!」
「うーんでも名前ちゃんのいう通り、そのポジションは学級委員長委員会としてはとても魅力的だね」
「あともう一押しするなら、6年生とのチャンネルも開いてるわよ。──────って、なによ」

 目をまん丸にした鉢屋と尾浜に見つめられ、名前は居心地悪く身動ぎした。

「なんでそんな顔」
「……ついに、6年生会議に参加したのか?」
「することになった、が正解だけどね」
「名前ちゃんの執念勝ちだな! ほら三郎、賭けは俺の勝ち」
「2人ともそんな賭け事してたの?」
「……僕は」

 ひたすら黙って事の成り行きを見ていた庄左ヱ門の凛とした声に、一瞬にして部屋が静まり返った。自然と視線が集まるが、庄左ヱ門はいつものごとく強い眼差しで押し返し

「名前さんの負けず嫌いが大事だったんだと思います。6年生の先輩方に負けまいとする努力が」
「ストップ! ストップして庄ちゃん、恥ずかしい。そんなことないって」
「そうですか? 僕はは組の学級委員長として、は組で熱心に勉強している名前さんを」
「ほんと──────────に! そういうの良いから」
「ですが、名前さんがここまで来れたのが“まぐれ”じゃないかと」
「思ってないさ。……ほら名前、紙」

 パンッ!と目の前に手を置かれ、名前は首を傾げた。

「……紙」
「委員会に入るための申請書をもらっただろう」

 しばし呆気に取られた名前は「……え」戸惑いつつ委員全員のサインが必要な紙を出すと、鉢屋はひったくるように奪いサラサラと名前を書いていった。「ほら勘右衛門」「うん」「庄ちゃんも」次々と回されていくのを見ているうちに、やっと

「頭回り始めたか」
「……え、良いの?」
「なんだ今になって怖気付くのか」
「ちが、そうじゃないけど」

 そうではないが、まさかここまですんなり受け入れてもらえるとは思わなかった。ひとりごち、最後に申請書を持った今福を見遣る。

「……書いて、くれる?」

 今福は紙を持ったまま、じっと下を向いた。

「彦四郎、」
「おい、三郎と勘右衛門はいるか!」

 ガラリと開けられた障子から竹谷が飛び入る。

「緊急の招集だ。すぐに5年長屋に集まってくれ!」
「分かった!
 悪いね庄左ヱ門、彦四郎。名前ちゃんのことは2人で決めてくれて構わない。俺たちはもうサインをしたから」
「いくぞ勘右衛門」

 突然のことに呆気に取られていると「……申し訳ないのですが」と庄左ヱ門まで神妙な面持ちになった。

「どうしたの」
「実は僕も、1年は組の手裏剣の補習に出ないと行けなくて……」
「あら、いってらっしゃい」
「すみません。あとは彦四郎を残すことになるけど」
「僕のことは気にしないで」

 すみませんと去っていく背に苦笑いを溢した。
 今すごく、10歳に気を遣われた……
 年の差を考えても情けないという言葉に尽きる。こりゃ本当にケリをつけなきゃいけないね、と息を吐き

「……今福くん、最近なにかあったの?」
「なにか、ですか」
「うん。任暁くんや黒門くんと一緒にいること、減ったじゃない」

 これという話題がないとはいえ、白々しいにも程があるけど。名前は胸の内で付け足して小さく首を振った。喧嘩しているところを見ておきながら、実にいやらしい大人である。

「……実は、喧嘩をしてしまって」

 お、と名前は眉をあげた。

「そっかぁ。もし悩んでるなら吐き出してごらんよ、楽になるかもよ」
「…………先輩方には言いませんか?」
「言わない言わない。やーっと仲良くなって来たとはいえ、そんな間柄でもないしねー」

 おどけて笑うと今福は安心したようにホッと肩を下ろす。これは意外と深刻そうだぞ、と名前は思いつつ今福が口を開くのを待った。今福は相変わらず、じいっと握った拳を見つめ続け

「……言いたくなければ」
「もし、自分が友達と同じ失敗をしてしまったことがあるとしたら、天女様は正直に言いますか?」

 やっと合った目には、涙が溜まっていた。

「時と場合によるかなぁ。その失敗の内容と。もうちょっと詳しく話せる?」
「例え、話です」

 声もひどく震えている。