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「友達が些細な失敗をしてしまって……例えば、実習だと言ったのに町でこっそり教科書を見てしまうような。そのことで、他の友達が『それはズルだ!』とその友達を責め立てたとします。でも、僕……それを見ている人も、同じことをやったのに、隠している。
 そんなとき、天女様なら正直に言いますか」
「自分も教科書を見ちゃったんだ、って?」
「……はい」

 ううん、と唸って名前は腕を組んだ。

「とりあえず今福くんなら正直に話したい? 話したくない?」
「話したく……ないです、がっかりされたくないから。僕は学級委員長で、きちんとしなきゃいけないのにテストで80点をとってしまったり、うっかり伝言を忘れたり、本当に頼りなくて」

 い組は真面目だと6年が口を揃えて言うわけだ、「80点」なんては組なら涙を流して喜ぶ点数だというのに。視力検査のは組はそれでも危機感がなく土井が胃を抱えている上、今日なんて庄左ヱ門まで悪ノリしてしょっ引かれていた。が、

「庄左ヱ門も、鉢屋先輩も尾浜先輩もすごく優秀なのに、僕だけ」

 先輩2人はともかく、今福の目に庄左ヱ門はどれほどすごい人と映っているのだろう。

「んー庄ちゃんの優秀さと今福くんの優秀さってそんなに変わらないと思うよ。
 庄ちゃんでも勉強分からないときはあるみたいだし……伝言を忘れたり台詞を奪ったり、は組から突っ込まれることだって沢山」
「でも庄左ヱ門はみんなから尊敬されてて、僕は……」
「今日なんて一緒になって先生から叱られてたけど」

 え、と今福は気が抜けたように呟いた。

「勉強ができるから、真面目だから、しっかりしているからってだけで尊敬されているのかなぁ」
「違い、ますか?」
「今福くんはどう思う? 三治郎が脱走させちゃった虫を探して一緒に竹谷くんに怒られたり、伊助に怒られながら団蔵たちと部屋の掃除をしたり、喜三太の大事なナメクジを見つけて厠に手を突っ込む庄ちゃんのこと」
「……すごい、と思います。そっか、庄左ヱ門は、しっかりは組に寄り添ってるんだ。僕は、僕も怖いけど……左吉や伝七に言うかはとにかく、一平と少し話してみます」

 すごい、役者が全部明かされた。名前は苦笑したが今福は気付く様子もない。

「天女様と話して、少し心が軽くなりました。誰にも相談できなかったので……ありがとうございます」
「力になれたなら良かったけど。ま、先輩たちに相談しても大丈夫だったと思うけどね」

 この程度のことで怒るほど、鉢屋や尾浜の器量は小さくないだろう。

「でも僕たち、先輩方に内緒で実習をしているんです。今は小藍さんのことを助けるために、隠さないといけないことが沢山あるから……先輩方にはなんにも話せないんです」

 小藍さん、と名前はひとりごつ。
 
「ドクタケの人、なの?」
「小藍さんがですか?」

 雑渡の言葉を思い出して聞いたのだが、まさかと今福は笑い飛ばした。

「違いますよ! むしろ、ドクタケのせいでお城の若様が」
「若様が?」
「……いえ、なんでもありません」

 またうっかり、と呟いた声から後悔が聞き取れる。しっかりしなきゃとそこまで思うこともないのに、とお節介が頭をもたげ

「……大丈夫よ」

 思わず口にした。

「大丈夫。あんなこと言ったけど、今福くんは今のままでも十分素敵。庄ちゃんとは違う、学級委員長に選ばれた理由が絶対にある」
「本当ですか? どこに?」
「ううん……今福くんと話したのは今日が初めてだから、まだ分からないけど」

 学級委員長委員会を通じて知りたいな
 名前が言うと、今福は静かに筆を取った。そして

「……よろしくお願いします」
「サイン……ありがとう。してもらえるなんて思わなかった」
「まだ僕は、1年い組は名前さんをちゃんと認めることはできないけど……」

 名前、名前は小さく呟く。

「寄り添って知ることは大事だと思いましたから。天女様、じゃなくてちゃんと名前さんと話せるように」
「うん、これからよろしくね」

 ぎこちなかったが初めて見れた今福の笑顔は、思っていたよりずっと可愛らしかった。



 新しい委員会編成が書かれた紙を、6人がじっと不服そうに覗き込んでいる。6年生会議、と鉢屋がいうぐらいだからどれだけ立派なものかと思ったら、ずいぶん小さな話題からのスタートだ。すでに決定している以上、ポツリと聞こえた「……やっぱり委員会の勧誘は積極的にするべきだった」という呟きにも名前は苦笑するしかない。

「まぁ確かに一番人員が要らんそうなところに入ったことは否定しないけど」
「お前たちは学園長先生のお膝元という特権を使って、とんでもない予算を請求してくるからな……!」
「でもほら、医務室で私に治療されるのと、毎期ちょっと多めの予算を分取られるのとどっちがマシよ」
「どっちも問題だ!」

 いやそう言われたら言われたで腹が立つんだけど、というと「お前本当にめんどくせえな」と食満が呆れたように笑った。

「しかしポジティブに考えれば、名前が学級委員長委員会に入ったことで情報は集めやすくなった」
「そうだな! 今までみたいに尾浜たちをシメて聞き出す必要もないし」
「うわー最低」

 冗談冗談!と七松は笑い飛ばしたが、いかんせんこういう時の七松は信用ならない。

「もそ。雷蔵が、5年で何かあったと言っていたが、名前は聞いたか」
「あー、うん。竹谷くんが狼の散歩をしているときに、裏の方、ちょうど私のお風呂のそばに新しい塹壕を見つけたらしい」
「私も聞いた! それで体育委員会で堀ったかと聞かれたんだが、私たちもそこに行った記憶がなくてな」
「作法にも聞きにきたが、喜八郎は落とし穴以外に興味はないと言い切っていた」
「じゃあ誰か、忍術学園以外の人が掘ったってこと?」

 善法寺の言葉に思わず顔を見合わせた。そこにあるのは名前が使っている浴場と切り立った崖ぐらいである。そもそも攻め入れるほど道が安定していないうえ、そこかしこにトラップが仕掛けられており、侵入経路といえば浴場と長屋を結ぶ一本道しかない。

「……目的がはっきりしないけどな」