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「それに塹壕、っていっても久々知くんが寝っ転がってピッタリハマるぐらいの長さだったって」
「どこにも繋がってないのか?」
「うん。ちなみにそこの周りに3つ、スパイクを埋めた落とし穴があるって喜八郎が」

 それを初め聞いたとき、名前は一瞬クラッとした。小松田はなんてことなく風呂を炊いているが、あの人の性質を考えるといつ大怪我を負うことか。そろそろくノたまの浴場を使うべきではないか、と思ったのだが

「なら名前、お前今夜から耳を澄ませて風呂に入れ」
「なんか不審な音がしないか確認しろってこと?」
「ああ。まぁ名前が風呂のときにわざわざ掘るってこともないだろうが、お前が風呂に入ってるときは見張りがいないからな」
「ちゃんと気遣ってたなんて……!」
「はぁ? あたりめえだろう」

 いや私の人権あってないようなもんだったじゃん、昔。心外だと言わんばかりの潮江に名前は肩を竦める。

「とりあえずこの件はそれで現状維持だな。最近、忍術学園の周りがなんだか騒がしいような気がするんだが」
「仙蔵の言う通り、細かい動きが多いな。どの城のものかまだ分からんが、アネハ山の出城も少しずつ材料が揃ってきている」
「けど留三郎、僕はもう少し早く着工するものだと思っていたよ。まだ蔵しか出来ていないじゃないか。
 それに変なんだ、あの蔵を作っていたのは向こうの農村の人たちだったんだけど、依頼してきたのはドクタケだったって」

 なにが変なの?と名前は首を傾げる。

「もそ。つい先日、私と伊作が実習でドクタケに潜入したんだが、ドクタケは今出城を作っていないらしい。今は戦の準備中だと言っていた」
「……え?」
「おかしいだろう? だけど誰に聞いてもドクタケの依頼だと言うんだ」
「戦の準備中というのは確かか?」

 女中によればね、という善法寺に付け足すように「私も町で、ドクタケ忍者が大量の食材を奪ってるから戦が始まるんじゃないか、と聞いたよ」と言えば、うーんと七松は唸った。

「なんだかすごく嫌な予感がする」
「小平太の予感は大抵当たるんだ、あまり縁起でもないことを言うな」
「そうは言ってもだな、文次郎。そういう予感がするのだから仕方がない」
「身も蓋もないわね」
「情報があまりに少ないのが問題なんだ」

 食満がピッと人差し指を立てる。

「1つ、アネハ山の出城はドクタケの依頼によるが、ドクタケのものではない。
 2つ、出城までの道にはドクタケのサングラスが落ちていた。
 3つ、ドクタケは戦の準備を進めている。
 4つ、忍術学園の裏に、何者かが塹壕を掘った。分かっているのはこれだけだ」
「もうひとつ足してもいいか? 体育委員会で何度も周りを散策して思ったことなんだが────
 5つ、出城付近の警備が厳しくなり山賊たちが荒れる一方で、その警備の者を見たことがない」

 はっと息を飲む音が響いた。

「それだけじゃないよ、私もまだ足せる。
 6つ、ドクタケが町で人攫いをしている。目的はおそらくきり丸。
 7つ、なにやら1年い組は大変な状況にいるらしい」
「い組の奴らが? 名前、それはどこの情報だ」
「雑渡さんから」
「はぁ!?」

 話半ばだった雑渡の話を確信したのは今福の言葉によるが、それを口にしては約束破り。戒めるように心の中で唱え、やれ「あの曲者はなにしに来た!」だの「また保健室か、伊作!」とやいのやいの騒ぐ奴らに目を向ける。

「お前もそんな煩わしそうな目をするな!」
「だって本当に煩いんだもん。雑渡さん多分、君達のことも心配して忍術学園に来たのに」

 言下またもや「あいつに心配される筋合いはない!」「タソガレドキは忍術学園と敵対しているんだ、分かっているのか!」挙げ句の果てには「名前はタソガレドキに就職したいのか!?」とまで言い始めたので、名前は思わず吹き出した。

「笑うな、私も詳しく聞きたいのだが」
「立花まで怒らなくてもいいじゃない……だってそこの鍛錬バカ3人が面白くて」
「そりゃ俺たちは名前のことを心配してるんだ!」
「えっ嬉しい」
「お前は!」
「でも実際、雑渡さんは忍術学園を思ってきたのよ。襲ったときの私の反応で、本当に善法寺たちを誑かす気がないのか、忍術学園には敵意がないのか確認したんだと思う」
「襲われたのか!?」
「苦無でちょいちょいっと。でも善法寺はぜーんぜん助けてくれなかったぁ」

 ああっなんでそのこと!とお鉢が回ってきた善法寺に涙目で抗議されるが、知ったことではない。曲がりなりにも「曲者」の立場の人間に名前まで教えた仕返しである。

「僕は名前なら逃げ切れると思って」
「それで伊作まで殺されたらどーすんだ!」
「雑渡さんはそんなことしないよ、とりあえず今は」
「とりあえず今はって、その今がいつ崩れるか分からねえだろう」

 潮江の言うことはもっともだが、その辺り善法寺は見誤ることないというのが名前の勝手な憶測だ。ヒートアップしていく4人を静観しつつ

「……帰ろうかな」
「お前が言うな!」
「名前、そもそも君が雑渡さんの名前を出すから」
「でも今福くんたちのことは心配でしょう」

 すると4人は顔を見合わせて元の位置に戻った。

「僕も、様子がおかしいって伏木蔵から聞いてたんだ。それで保健室に来たときに話を聞いてみたんだけど……頑なに口を割ってくれなくて」
「私も伝七に聞いたがダメだった」
「左吉は『もうすぐ天女の呪術を解きますから』と言っていたな。それだけだが」
「つまり呪術師でも探してるってこと?」
「でも天女の術を呪術師によって解いたことはない」
「殺すかそれ以上の騒動を起こすか、その2択だ」

 え、と立花の言葉に名前は目を見開く。

「殺さないで済むの、騒動程度で」
「天女の大本命以外は、なんらかの形で桁違いの衝撃を受ければ呪いが解けるらしい。は組の持ち込む騒動は常にとんでもないからな、それが解決する頃には8割の人間の術が解けている。本命の奴まで正気に戻す必要があるから、結局は天女を殺すことにはなるが……
 もしかしたら、い組もは組のように何らかの人物を連れてきて、どでかい騒動を起こそうとしているのかもしれん」

 その線が正しそうだと名前は今福の話を脳内でなぞった。「若様」がドクタケに何かされてしまい「小藍」はそれに困っていて今福はそれを助けたい。助ける過程か助けた後に「小藍」を連れてきて、この学園でドカンと一髪。
 我ながら良い線いってるんじゃない?