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「とりあえず、1年い組の行動には注視だ。後をつけても構わんが、それで信頼を失っては元も子もない。その辺りは時と場合いによって各人の判断に任せる」
「はーい」
「もそ。ずいぶん綺麗にまとめたな」
「えっ毎回こうじゃないの?」
「文次郎と留三郎が喧嘩して終わることもある」
「あっあれ私を騙すパフォーマンスとかじゃなかったんだね」

 はぁ?と顔を顰められ名前は苦笑した。

「私がどっちかにどっちかの悪い噂を流すのを、今か今かと待ってるのかと思ってた。それで私に学園を混乱させる意志があることを見出すぜ! みたいな」
「おいおい。俺たちもうそこまで疑ってねえぞ」
「そうだぞ。そんな面倒くせえ理由でいちいちこいつと喧嘩するもんか」
「こりゃあ今日の夜は雨だな!」

 七松が言うや否や雨の音が聞こえてきたので名前は目を瞬く。「え、なんで」と呟くと「こいつらが仲良くすると、お天道様まで驚いて涙を流すんだ」と立花が言い放った。

「嘘でしょ!?」
「嘘じゃない!」
「嘘じゃない!」

 2人の声が揃った言下雷鳴が鳴り響く。「天女様って呼ばれる私より、2人の方がとんでもない力を持ってるじゃない」と呆れた名前を、笑いこそすれ否定した人は、悲しいことに1人もいなかった。




 こんな日に限って雨脚の強い。昨晩から降り始めた雷雨は勢いを緩めることなく、むしろ殴るように彦四郎たちを襲った。その中で泣きながら山を駆け下りる。速く、速くと思えば思うほど足が縺れた。

「……っおい!」
「伝七、転んでも止まっちゃダメだ!」

 涙と鼻水で前が見えず息もできない。それでも、ここで止まってしまったら

「小藍さんに捕まってもいいのか!」

 4人は死ぬ気で走り続けた。なぜ小藍はあそこまで怒ったのか。「君たちが暮らす大川孤児院の見取り図を」と言われ断ったことは、そこまで小藍の神経を逆撫ですることだったのだろうか。裏切ったり密告したりするつもりはさらさらなかったのに

「敵、って思われちゃったから殺されるかもしれないよ!」

 一平は言うや否や「わあああ!」と叫び声をあげた。想像して怖くなったのだろう、彦四郎とて同じ気持ちだ。強くなるばかりの雨が、なお足場も視界も悪くしていく。
 どうしよう、忍術学園までまだ距離があるのに、後ろから攻撃されたら

「っ痛い!」

 左吉がしゃがみ込んだ。慌てて駆け寄ると「……血だ」誰かがマキビシを巻いたらしい。草鞋を貫通し、左吉の足の裏に刺さっている。

「ど、どうしよう」
「左吉をおんぶして帰ろう!」
「いい! そんなことしたら小藍さんに見つかる!」
「だ、大丈夫だよ。脇道を歩いてるんだから」
「でももし見つかったら」
「どうしたの?」

 ひいっと彦四郎は飛び上がって尻餅をついた。

「……て、天女」
「ど、どうしよう。天女にも小藍さんにも捕まって」
「……っ名前さん! 助けてください!」

 必死になって小袖にしがみつく。

「おい彦四郎、天女に拐われるかもしれないぞ!」
「この間話した、あの、小藍さんから、僕たちは逃げて」
「小藍さんのことを話したの!?」

 一平の言葉に「全部話したわけじゃない!」と彦四郎は叫ぶ。もうなにがなにやら分からないが

「助けて、助けてください!」
「彦四郎の馬鹿! 天女に頼るなんて」
「……任暁くん、足を見せてごらん」
「なにをするつもりだ!」
「今町でアルバイトをしていてね、そうしたら近くのうどん屋のご主人が焼酎をくれたの。どうも、奥様に禁酒をしろと言われたらしくて。
 だからこれで消毒をしよう。傷口はこれで塞ぐから」

 名前は躊躇いなく自分の小袖を破った。女子なのに、と思ったのは彦四郎だけではなかったらしく、流石の左吉も呆気に取られ名前のされるがままだ。「ほら、行くよ!」と名前は左吉を俵担ぎにし

「お、おろせ!」
「暴れないの! その足じゃ歩けないでしょ。それともなに、小藍さんに捕まってもいいの!?」

 大人しくなった左吉を抱えて走る名前はとても速い。彦四郎たちは必死になって追いかけ、追いかけ追いかけ追いかけ続け

「小松田さーん! 速く門を開けてください!」
「えっ名前ちゃん!? どうしたの!?」
「いいから早く!」
「あっはい、どうぞ! わぁみんなびしょ濡れじゃないか!」
「……助かった」

 彦四郎の目の前は、一瞬にして暗くなった。




新しい友達 終