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「……どうしても、話せない?」

 彦四郎たちは医務室で、膝を揃えた6年生全員に取り囲まれていた。もちろんそこに名前はいない。「まだそこまでの仲じゃないからね」と名前が言ったのを思い出す。

「……お前たちの気持ちはどうなんだ」

 例え食満に問われようと、一平も伝七も正座したまま決して顔を上げなかった。足の容態が悪く布団に寝ている左吉を横目で見遣っても、ただ天井を睨めつけているだけで決してこちらを振り向かない。

「……ご心配をおかけして、すみませんでした」
「そのことは気にしなくていいぞ、彦四郎! 雨の中あんなに走ったら、そりゃあ気を失っても仕方がない!
 それよりも、どうして彦四郎たちが雨の中あんなに悪い道を走っていたのかが気になるのだが」

 さすがに名前から通った道はバレているか。彦四郎は重苦しいため息をついた。学級委員長として、責任を取るべきは自分だということは分かっている。しかし左吉たちの意志が確認できない以上、もっといえば小藍の安全が保証できない以上いくら尋ねられても彦四郎に答えられることはない。

「……すみません」
「ねぇもういいんじゃない」

 救世主、と彦四郎が顔を上げるのと、カタンと障子が開かれたのは同時だった。

「4人とも、獣道をたくさん走って疲れたでしょう」
「名前、もう安藤先生への報告が終わったのか」
「もう、って立花は言うけどね、かれこれ半刻は経ってるわよ。お風呂に入れて休ませてあげたら?」
「……そうするか。左吉、立てるか」

 潮江に手を伸ばされ、よろよろと左吉が立つ。「どうやらマキビシに毒が塗ってあったみたいで」と名前が苦笑を浮かべ、はぁと誰かが溜息をついた。

「でも名前が焼酎をかけてくれて洗い流されたと思うから、明日までには回復するよ」
「焼酎が毒の回りを早くしたり、変に反応起こしたりしなくてよかったよ。毒が塗ってあるなんて、布を巻くまで気付かなかったからね」

 ほんと、お大事にねと名前は控えめに左吉を覗き込む。小藍と名前、どっちの方が怖いのだろうか。一瞬思い浮かんだ言葉を消すように、彦四郎はブンブンと首を振った。

「じゃあ4人とも、もし体に以上があったら必ずまた保健室に来るんだよ」
「もう善法寺も尋問とかしないって。だから気軽においでね」
「暖かくして寝ろよ!」

 4人は呆然としたまま自室に辿り着くと、おやすみも言わずにその日は別れた。




 今日、こんな呑気に委員会とかしていいの?今福に聞こえないよう名前は囁いたが「どうせ本人たちが言う気にならなきゃ仕方がない」と鉢屋に一蹴され、それもそうかと天女記録の概略に目を落とした。

「しかしまぁ、よくこんなに天女が来たわねえ。なんだか読んでいると……とても、ここ2ヶ月ぐらいで起きたこととは思えないけど」

 ここの時間の流れどうなってるの、と口にしかけ喉の奥に押し込む。

「こうやって見ると、やはり5、6年の先輩方が被害に遭うことが多いんですね」
「人気あるのね、意外と」
「意外とって失礼だなぁ名前ちゃん」
「……天女に好きな人がいた場合、学年丸々恋に落とすことは確かなようです」

 依然として硬いままとはいえ、名前にも話すようになった今福はトンと冊子を机に置いた。

「この人を除いて」
「……標的は善法寺伊作、ただし術にかかったのは善法寺のみで、他6年生は被害なし」
「あー……その人はね、タソガレドキ忍者隊が本当の目的だったみたい」
「へぇ。でもなんでここに標的が善法寺伊作って」
「天女自身は死ぬまでそう言っていたからさ。あとから知ったんだ、タソガレドキを狙ってたって」

 どうして分かったんですか?と庄左ヱ門が首を傾げる。

「タソガレドキ忍者隊の忍術学園攻略計画を手に入れたんだ」

 そういうと尾浜は眉を寄せ苦笑した。

「実際は、あの曲者がわざと忍術学園の敷地内に置いて行ったんだけどね。その中に”うちの忍者が天女に狙われた”と書いてあったんだ。次はないぞ、という警告だろう」

 尊奈門とかいう雑渡の部下が狙われたときの話だろうか。

「正面衝突にならなくて良かったね」
「全くだ。あの規模の忍者隊に襲われては、流石のこの忍術学園もひとたまりもない」
「タソガレドキは天女の不思議な術にかかっていなかったんですか?」
「そうだよ庄左ヱ門。伊作先輩によるとね」
「あの人もとんだ貧乏くじ引いたわね、ただ1人術にかかって。しかもどうせ、タソガレドキを呼ぶ囮に使われたんでしょ?」
「言ってやるな。不運なのはいつものことだろう」

 全く散々である。好かれてもないのにただ術にかかり、危うく戦争の原因にまでなり、後輩からもこの言われよう。乱太郎も伏木蔵も、保健委員まとめて御祓にでも誘おうか。

「でもそうか、やっぱりここに来た人で俺たちに興味がなかったの、あの食堂の天女ぐらいだな。あと団子屋」
「概略ではそれぐらいしか分かりませんね」
「それじゃあ明日は、詳細記録の方を見るわ」

 小さく名前はため息を吐いた。目の端に映る、天女の一言一句一挙一動詳細に記してあるという本は、パッと見るだけでも一冊100ページは優に超えている。それが何十冊も、気が遠くなりそうだ。

「目がおかしくなりそうだな」
「いいよ、鉢屋たちはやらなくても。私がただ知りたいだけだし」
「……どうして名前さんは、そこまでして昔の天女について知りたいんですか?」

 今福がコテンと首を傾げた。

「どうして? そんなの簡単よ。私がここに来た理由が知りたいだけ」
「そんなこと知ってどうするんだ」
「その理由が順当で、かつ誰にも迷惑かけないものだったら、達成して……」
「成仏するんですか!?」

 庄左ヱ門が身を乗り出しガタン!と机が音を立てた。

「成仏っていうと仏様になる感じがしていいわね」
「ごまかさないでください。名前さんは成仏するつもりなんですか?」

 まぁ……と名前は曖昧に笑った。