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「だって学園長先生、普段はあんなんだけどすごく昔は有名な忍者だったって……僕が、僕が学園長先生の名前を出したから、もしかしたらあの人は忍者で、それで」
「落ち着いて彦四郎!」

 ガシッと肩を掴まれ、そのせいで揺れた目から涙が伝う。

「……大丈夫だよ。あの人がただの小姓じゃないなら、どうして僕たちに声をかけてきたの? こんな子供、利用価値なんてないよ」
「そう、かな」
「うん。だって彦四郎は別に、自分が忍者だって言ってたわけじゃないんでしょう?」
「でも、豆を移す習いをしていたから……子供の忍者だから、忍術学園の生徒かなって思われたのかも」

 彦四郎は言いつつ視線を落とした。

「ごめん。僕が、忍術が下手だから」
「そんなことないよ。たしかに彦四郎はおっちょこちょいだし失敗することも多いけど、忍術は上手だよ」

 ぼろぼろと涙はどんどん溢れていく。「……大丈夫だよ」と抱きしめられながら、彦四郎はぐすんと鼻を鳴らした。

「けどやっぱり、やっぱりってことがあるから……」
「でも先輩に言うの? もし小藍さんの話が本当なら、小藍さん殺されちゃうよ」
「……名前さんに話すのは、ダメかな」

 彦四郎は一平の肩を掴みながらポツポツと話し続けた。

「僕、実はね、一平と一緒で忍たまの友を見てしまったことがあるんだ。そのことを誰にも言えなくて、名前さんに相談したときに……その、小藍さんのことを少し話してしまって」
「ああ、そうだったんだね」
「だけど小藍さんのこと、伊作先輩たちは全く知らなかっただろう? なんで僕たちがあそこにいたのか、なにから逃げていたのか、安藤先生もご存知なかったじゃないか」
「……つまり天女さんは、僕たちのために秘密にしておいてくれたってこと?」

 うん、と彦四郎は頷く。あのとき「隠さないといけない」といった彦四郎の言葉を、名前は今でもずっと守ってくれている。

「僕たちが小藍さんを使って……名前さんを追い出そう、としているのに」
「天女さんはそのことを知っているの?」
「知らないと思う。そこまでは話していないから。だからまた、そのことは隠して」

 ギュッと自分の胸元を掴んだ。

「名前さんに、小藍さんのことをどう思うか聞いてみたらどうだろう。名前さんは、忍術学園以外に知り合いはいないし、絶対に言わないでとお願いすれば、約束は守ってくれると思うから」
「……そうしよう。もしも、僕たちのせいで忍術学園で何かあったら困る」

 そうと決まれば!と一平はグッと拳を握って立ち上がり

「明日、委員会のときに天女さんにお願いしてよ。『今日の夜、少しお話しさせてください』って」
「分かった」
「このままだと小藍さんにも会い辛いな、と思っていたし、小藍さんが味方と分かればもう心配することはない! 天女さんのことを追い出すかどうかはまた左吉たちと考えることして、小藍さんのことは助けないといけないから」

 2人は顔を見合わせて笑った。そうと決まれば早く寝なくちゃ!という一平に合わせて布団を引きつつ
 名前さん、ごめんなさい
 小藍と知り合った本当の目的を言うことはできないのだと、硬く目を閉じた。




「今日の夜、空いてますか?」

 大量にある詳細記録を手分けして見たが、さすがに1日ではなにも得ることができなかった。仕方ないね、と委員会室から足を踏み出したとき、小袖を引っ張ってきた今福に目を瞬く。

「もちろん……空いているけど。どうしたの?」
「名前さんに、相談したいことがあるんです」

 名前は一瞬言葉に詰まった。この立場で相談事を引き受けてもいいものか、彦四郎を誑かそうとしていると思われたらどうしよう。が、

「……この間ここで相談してくれたことと、関係してる?」

 しっかりと頷かれて名前は苦笑した。先輩にも先生にも言えない相談事、それで再度、御鉢が回ってきたのだ。それを無碍にできるほど人間を捨てていない。

「分かったよ。どこで話したい?」
「なるべく名前さんしかいないところで」
「となると私の部屋かぁ……ううん、じゃあ必ず、日が沈む前に私の部屋までおいで」

 部屋に呼ぶ時点ですでにイエローカードだろうけど。

「分かりました! それじゃあ早く向かいます」
「うん、6年長屋の一等端だよ。もし日が暮れるようなら明日おいで」
「はい!」

 とてもいい返事である。そしてきちんとそれに応えるように

「えらいわね、ちゃんと四半刻以内に来て」

 名前は今福と上ノ島の前に湯飲みを置いた。きり丸直伝安く買う方法によって手に入れたローテーブルなどモテナシ用品一式が、ついに日の目を見たのだ。

「早速本題に入りましょう。あまり時間がない」
「あっはい! その……前に話した小藍さんのことは覚えていますか?」
「もちろん」

 喋るなと言われむしろ意識してしまって忘れられなかった。

「その彼となんかあったのね」
「はい」

 逃げていたぐらいだから揉めたんだろうと思いつつ今福の言葉に耳を傾ける。しかしかくかくしかじかと続いていく話を聞いていくうちに、名前の背中にツウと冷や汗が垂れた。

「……最初はただ、ドクタケから若様を救う話だったのよね?」
「そうです」
「なのにその人、そんなことまで聞いてきたの?」
「はい。僕たちは、小藍さんが寂しいから聞いているのかな、と思っていたのですが」
「おかしい、ですよね?」
「そりゃそうよ」

 小藍が城から逃げていること、いつも人目につかないところで会っていたこと、お菓子を持って迎えてくれたこと、ドクタケの話ならなんでも知りたがること。彦四郎の口から飛び出した事実のうち、この4つはまだ理解できた。それは五車の術ではと思う部分もあるが、よほど失意の中で相談していたというし理解のしようもある。ただ、それにしても

「”大川孤児院”の孤児や世話している人の名前、特徴、特技。どう考えても若様を救うのにいらない情報じゃない」
「……僕も、そう思ってだんだん不安になってきたんです」
「だから僕も彦四郎も、孤児院のどこになにがあるかは忘れてしまった、と言ったんです。そうしたら急に小藍さんが怒って」