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 だんだんと声が小さくなっていく上ノ島に、名前は努めて明るく笑いかけた。

「とりあえず、あなたたちはとっても偉かった! だって途中でおかしいと気づいて、学園の中を隠したんでしょう? さすが優秀ない組ね!」

 力なく頷く2人の顔は真っ青だ。話しているうちにコトの深刻さに気づいたのかもはや泣きそうである。これ私の手に負えることなのかしら、と名前は気が遠くなった。

「小藍さんは悪い人、だと思いますか?」
「それは……なんとも。今福くんたちはどう思う?」

 今福たちは顔を見合わせ、そして

「僕たちは、忍者かもしれないけど良い人だと思うんです」
「なんで? 上ノ島くん」
「元々いたお城の名前がシメジ城だそうです。シメジは毒キノコじゃないですよね?」
「ええ、もちろん」
「だから、良い人です」
「……え、」

 名前は目を見開いたが、上ノ島は真剣だ。

「忍たまのお約束です。悪いお城は毒キノコの名前、毒キノコじゃない名前のお城はいい城です。そこに勤めていたということは、小藍さんも良い人なんです」

 じゃあタソガレドキはどうなのよ、と内心ツッコむが、保健室に入り善法寺と仲良くしているところを見るとあながち間違った解釈でもないのか。それにしても変なルールが存在するものだ、と自然と苦い顔になる。

「ちなみに、本人がそう言ってたの?」
「はい、はじめて会った時小藍さんがおっしゃっていました」
「本当にシメジ城なら、良い人かもしれないね」

 ただし、口ではなんとでも言えることを忘れてはいけない。

「ほかに、なにか小藍さんのことを聞いた? お城以外のことでも、なんでも。渡されたものとかはない?」
「はい、実はこんな手紙を」
「彦四郎! これ、学園長先生だけに見せろって小藍さん言ってたじゃないか!」
「でも先輩方や先生方に知られてしまうから、学園長先生には見せられないだろう。それにどうせ、小藍さんの考えている大川殿と学園長先生は違う人だ。名前さんが誰にも言わないなら、名前さん1人に見せたって問題ない」

 そんな重大なものなの、と思いつつ名前は手紙を受け取った。そしてパタッと開き

「……どうですか?」

 何も言わず、折り直して懐にしまった。

「……ねぇ今福くん、一応聞きたいんだけど」
「なんですか」
「もしこれが……悪い城からの手紙だったとしたら、先輩たちに話しても良い?」
「もちろんです」
「彦四郎!」
「伝七や左吉、先輩方や先生にも僕が謝る。もし悪い城だったら……学級委員長の僕が、責任を取らないといけないんだ!」

 お願いします!と土下座までされ名前は思わず仰け反ったが、息を吐くとポンと今福の頭に手を置いた。

「大丈夫よ。もし善法寺や鉢屋たちが怒ったら、私が味方してあげるから」

 ホロリと今福の目から涙がこぼれ落ちる。それを見ながら「……とんでもないことを引き受けたわ」と名前は首を振った。


 あくる日の放課後、委員会が久しぶりにお休みであると知った名前は静かに図書室の扉を引いた。論語に新古今和歌集、日本書紀まで大量に抱えて来た名前に一言「もう写し終わったのか」と感心するように呟いた中在家に苦笑する。

「まさか。返却期限の延長を頼もうと思って。意外と読み物としては面白かったんだけど、読むにも書くにも時間がかかって」
「もそ。少しは上手く書けるようになったか」
「ええ、大分! 初めに比べたらずっと速くなったし、慣れたわね単純に」

 それは良い。頷いた中在家に延長手続きを頼み、名前は立ち上がった。

「どこか行くのか」
「いいえ。少し探したい本があって」
「無ければ言え。もそ」
「はーい」

 図鑑、図鑑と復唱しながら名前は図書室中を見て回る。珍しいことに、いつも「爽やかのススメ」なるものや「豆腐の全てがわかる」など変わった本を読んでいる5年生たちの姿は見当たらない。それどころか自習する4年生の姿もなく、これ幸いと名前は今福から受け取った手紙を見返した。

「……すぐれたる童べありとふ噂を聞き侍りしが 我が城より大川殿へ人をやりまほしく覚ゆれどもその方なし。為む方なく我西国に遣はせらるれば各々にあふ。ここでめぐり会ひけるえには深からむべし。ちかづきてよろづのこと語らせむ。
 いと悲しうしほたれて 木の上に燃ゆるほのおの一つ消えたるシメジ城より」
「……名前、その手紙はどうした」
「たーいへんなことに巻き込まれたようでね」
「もそ。どういうことだ」
「まず図鑑の場所を教えてくれてから」

 いうや否や渡されたキノコ図鑑に名前は目を瞬いた。

「あら、よく私の欲しい本分かったね」
「図鑑を欲しがる上級生は、8割キノコの品種を知りたがっていると言っていい」
「とんでもない確率ね……それで敵か味方かある程度判別がつく、という事実がもっととんでもないけど」

 言いつつ名前はペラペラとページを捲っていく。探すはカ行、イロハ順で言えば14番目のそれは

「……やっぱり」
「どうした。もそ」
「カキシメジ城、ってお城があるらしいのよ」

 ページを開いたまま中在家の目の前にかざす。

「見て、毒キノコだって。あまり毒々しくはない見た目だけど」
「……6年生を集めるべきか。5年と4年は課外実習でいない」
「6年生だけで十分よ。だけどその前に」

 名前はふうと肩で息を吐いた。

「今福くんたちにお話しに行かないと」




「天女に話したぁ!?」

 彦四郎は一平を引き連れ、意を決してい組の前で洗いざらい話すと、返ってきたのは伝七の怒り声だった。予想していた事態ではあるが、思わず彦四郎はキュッと縮こまる。

「で、でも名前さんを追い出すために、人を探してたってことは言ってない」
「そんなの当たり前だ、一平! お前たちまで術にかかったのか!?」
「違う」

 震える声をなんとか振り絞る。

「だって……だっておかしいだろ。小藍さんは別に“大川孤児院”の情報はいらないはずなのに、なんで欲しがったんだ! それは僕たちが忍術学園の生徒だとバレていて、小藍さんが忍術学園の情報を欲しがったからじゃないのか?」
「何言ってるんだ、彦四郎。若様を救うのに、忍術学園の情報は要らない!」
「だからおかしいんだよ! どうしていらない情報を欲しがるの? もしかしたら若様のことは嘘で……本当は僕たちに取り入るつもりだったのかもしれないよ!」