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「んーどうだろう?つまりこれって」
名前は手紙を覗き込む。
「優秀な子供がいるとの噂を聞き大川さんに会いたくなりました。しかしその方法がなかったため、仕方なく私がこちらに遣わされ、あなたたちに会うことができました。中略。仲良くなって色々話しましょう。
ってことでしょ?」
「ああ、そうだ! この手紙から敵意を感じることはない。だが!」
七松はスッと声を低くした。
「どうして身分を隠して彦四郎たちに近づいた?」
「そこが問題だな」
「そして馬鹿馬鹿しい話ではあるが、名前から判断するとこの城は順当に考えて忍術学園の敵だ」
「一個質問して良い?」
手を挙げ、ついでに首も傾げてみせる。
「名前から判断して、ってことは元々敵対関係なわけじゃないの?」
「……そうだな。私が知る限りではこれで初めてになるんじゃないか、忍術学園と関わるのは」
立花の言葉にううんと名前が腕を組むと、隣にいた中在家も同じように腕を組んだ。そして「もそ。なんでその『小藍』は彦四郎たちを狙った?」と呟き
「な、なんで一斉にみんなこっちを見るの……?」
「また何か隠しているんじゃないかと思ってな」
「隠してないよ、食満。私が知っていたのは彦四郎が今日話したこと全て、あれ以上でもあれ以下でもない」
「だとしたらおかしい点は二つある」
潮江は言いつつ指を二本立てた。
「まず、なぜ忍術学園が狙われているのか。そしてもうひとつ、なぜ小藍とやらは彦四郎たちが忍術学園の生徒だと気づいた」
「もし手当たり次第忍術を使っている子供に声をかけていたのだとしたら、その二つ目の謎は解決されるな! 彦四郎が大川と言った時点で確信したんだろう」
七松の言っていることは正しいがリスクも伴う。尾浜曰く、忍術学校というのはどこにでもあるらしく、ドクタケでさえも持っているとのこと。だとしたら、ドクタケの子供に声をかける可能性というのもあるわけで、
「……かなり、賢くない感じがするけど」
「建物の配置を聞けなかったぐらいでキレる忍びだ、馬鹿に違いない!」
「それはそうだけども……この件、本当にドクタケが絡んでるってことはない?」
「どうしてだ」
「ほら、立花。町で子供に声をかけるって聞くと……きり丸を探していたドクタケを思い出して」
やだ寒気がする、と名前が腕をさするのと6人が唸るのは同時だった。
「待て。何か答えに近づいているような気がする」
「私もだ。だが……」
「もそ。そもそもなぜきり丸が狙われているのか、それが分からない」
7人でううんと首を捻る。
「あの出城が関係していることはないか?」
「だが文次郎。出城がどこの城のものか、分からないだろう。それともお前は知っているのか?」
「知らん! だが関係していそうだなと思っただけだ!」
「ふぅん」
「なんだその言い方は!」
こいつら本当にくだらないことで喧嘩してるな。名前が肩を竦めると善法寺が声を立てて笑う。
「ね、この喧嘩はパフォーマンスなんかじゃない」
「そう聞いてから何回か2人の喧嘩に遭遇し、その度にその言葉を深く深く信じていったわ」
「それはなにより。2人もくだらないことで喧嘩するのはよしなよ。明日利吉さんが山田先生の洗濯物を取りにいらっしゃるそうだから、利吉さんにも話してみたら、なにか分かるかもしれない」
お、噂の利吉さんだと内心で呟き、そこではたと名前は顔をあげた。
もしかして、牡蠣飯って
「やっぱりカキシメジのことだったんですね」
「そうですよ! まさか小松田君が、カキシメジを牡蠣飯と間違えているなんて……」
ガクリと傍目で分かるほど肩を落とした利吉に、思わず吹き出したのは名前だけではなかった。
「いやぁ利吉くん。小松田君にその手の伝言は無理があるよ」
あの柔和な土井からは信じられない言い草だが、本当にその通りだと思えてしまうのが悲しいところだ。学園長庵に『緊急会議』と題し招集された先生方と6年生。ずいぶん賑やかな顔ぶれだが誰1人として否定しないことが、土井の言葉は正しいことを如実に表している。
「カキシメジは最近の火事で戦争を起こす力もないのに、忍術学園の方に土地を広げようとしているとの話を小耳に挟んだので、事前にお伝えしたのですが……」
「次は、職員室まで持ってきてくれると嬉しいね」
はい、と項垂れた利吉が不憫でならない。
「しかし1年い組がそんな事件に巻き込まれ、きり丸も狙われ、そのうえ出城はカキシメジのもので村人招集の令はドクタケからとあっちゃあ、これは黒としか思えませんな」
「そうですね……しかしどうして、カキシメジから忍術学園が狙われているのです? いかんせん、私はここに来てからの月日が浅くて」
「ああ! 君が新しい天女かい」
歓迎とも拒絶ともつかない顔をして利吉は笑った。
「馴染んでいるから気付かなかったよ」
「……今私それなりに嬉しかったのですが、嫌味でおっしゃいましたか?」
「いやいや! 父上から君の話は聞いていたんだ。またずいぶん変わり者が来た、って」
ジトリと山田を見ればスッと顔を逸らされる。
なんてことを息子に伝えたんだ、この人は
「今回はうまく行っている様で安心したよ」
おお、顔がいいうえに爽やか。ひとりごつと、すぐさま隣の立花に背中をつねられた。
「……何よ」
「余計なことを言うな」
「どうせ聞こえてないわよ」
「そうだが」
「それで名前の質問なんじゃが」
コソコソと話していた名前は、口をつぐみ立ち上がった学園長を見上げた。
「儂らとカキシメジの間にこれといった歴史はない。つまり、あの出城を作るにあたって忍術学園の土地が欲しくなったと考えるのが順当じゃ」
「ではドクタケは、カキシメジに便乗しようという魂胆ですかね」
「または、ドクタケがまた何かを企んでいるのかもしれませんね。安藤先生」
しかしそれ以上案が出ることはなかった。利吉もあと2日ここに滞在すると聞き「なら今日はこれにて解散にしよう! 儂は楓ちゃんと約束があるんじゃ」と駆けていった学園長に嘆息する。
「私素直に、学園長先生を尊敬していたいのよ」
「分かるぞ! その気持ち」
「だけど、ああいうところが可愛いんじゃないのかい」
「善法寺のそういうところ、私は好きだよ……」