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 ふっと名前は力なく笑った。

「委員会に行ってくる」



 ペラリと紙を捲っていく音だけが響く。そんな静寂の中、こんな呑気に委員会に来て良いのか、といつか言ったようなことをポツリと鉢屋に問われ「天井から見てたでしょ、学園長先生がデートに行っちゃったの」というと5年2人は腹を抱えて笑った。

「お前もそろそろ学園長先生に振り回され慣れてきたか」
「焦らず待つ! 待てば海路の日和あり!」

 それはまた違うんじゃないか、と名前も突っ込んでから吹き出した。気にしたところでどうしようもないというのは紛れもない事実である。

「彦四郎と庄左ヱ門は?」
「なんか持ってきたいものがあるから後で来るってさ。準備しているらしい」
「それより昨日のお団子どうだった?」
「ああ、すごく美味しかったよ! ご馳走さま。潮江たちも喜んで食べてた」

 と、「ええー」といって尾浜は顔を顰めた。

「名前ちゃんに買ってったのに?」
「勘ちゃん遊び慣れてるでしょう」
「えっなんで!?」

 いやぁと名前は首を振った。仮にこういうことを言われ、天女が尾浜に惚れていたのだとしたら同情する。実際には術はここに来た時点でかけるようだが、こんなセリフを言う尾浜を画面内だとしても何度も見ていたら、現実に疲れた女子たちはイチコロに違いない。かくいう名前も一瞬「おお」と思う女子の1人である。

「まぁここでネタバラシをしてしまうと、買ったというよりかは引き取ったの方が正しいが」
「あー三郎! 言うなよ!」
「それでもタダではないから感謝しろ」
「感謝してますよ! むしろ全部正規の値段で買ったわけじゃないと思って安心したわ、本当にすごい量だったもの。嬉しかったけど」
「善法寺先輩になんか言われたか?」
「もちろん! 彼は私の姑だからね」

 それに2人が盛大に吹き出したのと同時、ガラリと音を立てて委員会室の扉が開いた。

「ほら彦四郎、学級委員長は勇気だ!」
「だ、だけど」

 ひそひそ声に3人は顔を見合わせる。

「ほら、早く!」

 トンッと背中を押されたのか、転がるように入ってきたその小さな子供は

「あ、あの! これ、名前さんに作りました!」

 直角に頭を下げていても真っ赤であることが分かるほど、耳まで赤く染め叫んだ。

「わぁ! これあれね、ボウロ!」
「はい、中在家先輩に作り方を聞いて……」
「ありがとう彦四郎〜!」

 言いつつギュッと抱きしめるとヘヘッと照れた様な笑い声が胸元から聞こえる。「昨日、あの後も僕の部屋に送ってくださったと聞いて」という可愛らしい小さな声に「当然でしょ」と胸を張る。

「だって可愛い後輩だもの」
「では僕がボウロに合うとっておきのお茶を淹れてきましたから、みんなで食べましょう!」
 
 学級委員長委員会では日々お茶会している、といつか庄左ヱ門が言っていたが、あながち間違いではなかったなと名前は声には出さず呟いた。色々考えた結果の学級委員長委員会を選んだとはいえ、結局は長閑なところが一番である。

「そういえば名前さん、どこまで進みましたか?」
「やっと今日で一冊読み終わるわ。本当によくここまで記録したわね」
「それがお仕事ですから!」
「彦四郎の良いところは、学級委員長であることに誇りを持っていること」

 えへへ、と照れ臭そうに彦四郎が頭を掻く。

「ええ! 俺も誇りを持って取り組んでるよ」
「張り合うなバ勘右衛門」
「本当よ、1年生と張り合う14歳ってどういうこと。なに、私に褒められたいわけ?」
「うん、褒められたい!」

 素直なこって。名前もつられて笑ってしまう。

「それに実は、本当に褒められそうなことを見つけたんだ」

 これを見て、と尾浜は手にしていた冊子を名前たちの方へ向けた。

「この団小屋の天女、俺たちは勝手にあの団子屋の店主と恋仲になることが目的だと思ってたんだけど……よく見たら、団子屋の店主と恋人らしいことをする、ことが目的だったみたいなんだ」

 差し出されたページをよく見ると、たしかに『その人を一目見たら恋しちゃって、生きているうちに彼氏ができなかったの。だから、恋人らしいことがしたくて』と書いてある。

「それを記録したのは私だ。印象的だったから今でも覚えている」
「恐ろしい記憶力ね、鉢屋」
「つまりこの人は『恋仲になること』ではなく『行為』を求めていたから成仏できたのかもしれないと俺は思うんだ」
「うん……そうね、それには異存ない。けど、どうして他の天女が成仏できなかったのかっていうのは」
「まだ分からない。ごめん」

 いや、この一冊読み切って全く収穫のなかった私に比べればよほど大進歩、と名前は尾浜に煎餅を差し出した。

「くれるの!?」
「うん、手がかり一つ見つけてくれたお礼」
「ところで先輩方、お取込中申し訳ないのですが……」
「全然取り込んでないから大丈夫よ、庄左ヱ門」

 名前はパタンと天女活動詳細記録を閉じて顔を上げた。

「どうしたの?」
「実は、今日授業で分からなかったところがあって……先輩方にお聞きしたいなと」

 言いつつ庄左ヱ門が卓上に置いたものを見て目を見張る。

「待って、忍たまの友に……庄ちゃん、名前書いてるの?」
「はい。書いていない子も多いですが、僕は混ざってしまうと嫌なので……それがどうかしましたか?」
「ねぇ、きり丸って忍たまの友に名前書いてた?」
「はっきりとは分かりませんが、きり丸は基本的に全てのものに名前を書いているので、おそらく忍たまの友にも書いていたと思いますが……?」

 山賊に追いかけられたせいで忍たまの友が泥だらけになってしまった、と保健室で語った伏木蔵。それなのに、新品さながらに汚れが少ない乱太郎の忍たまの友。そして、学園中どこを探しても見つからない、気付かないうちに失くしていたきり丸の忍たまの友。彦四郎は町で、忍たまの友を開いたと──────