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名前は「ちょっと彦ちゃん、案内して欲しいところがあるんだけど」と強引に彦四郎を引き連れ委員会室を出た。何も言わず1年長屋に向かって進んでいき
「あの、名前さん。どこにいくつもりですか?」
「ねぇ彦四郎」
振り返るとビクリと彦四郎は肩を揺らす。
「彦四郎、忍たまの友を見たのはいつ?」
「町で、1人になったときに」
「それは小藍さんに声をかけられる前? 後?」
「……忍たまの友を見ていたときに、声をかけられました」
みるみるうちに顔色が悪くなっていく彦四郎の肩をギュッと名前は掴んだ。
「で、でも町の忍術教室でも忍たまの友という名前の教科書を使っているところがあるって」
「うん、そうね。大丈夫、ただ聞いただけよ」
不安がる彦四郎の気持ちは手に取るようだったが、相応しい言葉が見つからない。「……大丈夫、本当に大丈夫よ」全ての点が繋がった今、言えることはそれぐらいだった。
学級委員長委員会の障子が音もなく開けられる。わぁと黒木がひっくり返り、
「失礼する」
「立花仙蔵先輩」
三郎はすぐさま立ち上がった。立花は青空を背負い、整った所作で静かに部屋に入ってくる。ちらりと勘右衛門を見下げるが、呑気に茶菓子を口に入れるばかりで気にした様子はない。
立花が障子を閉めると、やっと勘右衛門は茶菓子を飲み込み「んにちはぁ」とキレの悪い挨拶をした。食えない性格のわりに礼儀はきちんと守る奴だが、こと最近、立花に対して顕著に態度が悪い。なんとなく思い当たる節もありつつ、今までの天女とは違うと思いたい程度には情が湧いているのもあって、「ちゃんとしろ」と入れた蹴りは思いのほか強く勘右衛門に入った。
声量に反して響き渡った重い音に、立花が「気にするな」と苦笑する。
「ところで、名前はいるか」
勘右衛門がどかりと胡座をかいた。
おい。
「ご存知ないのですか?」
「もう監視役はお役御免なのでな」
舐めた勘右衛門の態度も、立花はどこ吹く風である。相手は6年生なのだから当然だ。
面倒なことになったと三郎が横目で見やった勘右衛門はしかし、クッと片眉を上げると、畏まって正座をしている。
こいつの考えることは未だに分からん。
鉢屋はため息をついて勘右衛門の隣に腰を下ろし、こちらも同じく正座をした。
「私たちも知りません。ただ『案内して欲しいところがある』とか言って、らしくない様子で彦四郎を引っ張ってどこかへ行きましたよ」
最近やっと完成した名前のお面を使ってみる。が、立花はそれに全く反応することなく「らしくない様子?」と聞き返した。異常のある名前とある意味普段通りの三郎、当然の優先順位だがこの精巧な面に反応してほしかったところだ。
「慌てていると言いますか」
「珍しいな」
しかし、やはりいくら過ごす時間の多い6年生でも焦燥する名前というのはレアなのか。
先刻の様子を思い出して、らしくもなく心配という感情が湧く。
「まぁ、委員会中ですからすぐ帰ってくるでしょうし、ここで待ってはどうですか」
「お茶も沸きましたし」
黒木はもう茶釜を持ってスタンバイ済みだ。あの「は組」を束ねられるとはそういう、と明らかに今更感心する必要のないことにほぉと手を打った三郎の前で
「それじゃあ」
立花が腰を下ろす。
「お茶菓子もありますよ」
「あこれは俺がまだ食べてるから」
「おい勘右衛門」
こちらは子供返りだ。どうにかしてくれ。
「天女を追い出すぞ」
矢羽音を飛ばすと、勘右衛門がふてぶてしく茶菓子を差し出した。
「忍者生活に支障は出てない」
「人間関係に支障が出るなら問題だ」
「立花先輩限定だ」
「だからと言ってな」
ヒートアップしそうになった矢羽音を
「おい」
と立花が遮った。手に持っているのは天女記録である。あちゃー片し忘れたと思いつつ、一冊程度であれば隠すほどのことでもないと、咎めずに様子を見る。
それからしばし、
「……これはなんだ?」
意図を把握できる程度には読んでいたはずだが、立花は思い切り怪訝な顔だ。
「これまでの天女の容姿や動向、死因が書かれた学級委員長委員会の機密記録です」
「勘右衛門、機密を強調しなくていいから」
「なんでこんなのをわざわざ委員会中に読んでいる?」
「名前さんが読みたがるからですよ。成仏したいんですって」
勘右衛門がそれらしく爽やかに言い切って肩をすくめる。そうしてたっぷり10秒は待って
「はぁ?」
立花が素っ頓狂な声を上げた。焦る名前といい、立花といい、ずいぶん珍しい表情の見られる日だ。
「……本気だったのか」
「あれ、知らなかったんですか?」
黒木がその丸い目をさらに丸くして立花に問いかけた。
「よく一緒にいらっしゃるからすでにご存知のものかと」
三郎の見立てが正しければそれは立花を突き刺すはずであり、黒木らしいと言えば黒木らしい無意識に相手を撃墜する言葉である。やめておけ、と思うが遅し、いつもクールな立花の表情がほんの少しだけ険しくなった。
当然、黒木が気づく様子はない。
「じゃあ、6年生には相談していないんですね。皆さんが一番わかっているはずなのに」
「人手も多い方が情報収集にはいいはずなんですがね」
勘右衛門さえも気づかないほどのポーカーフェイスであるか、それともわざとか。
立花が長い髪を揺らした。三郎の観察では、自慢をするときか、しんべヱ喜三太レベルを超え、よっぽど怒り心頭な時にする仕草だ。今回は後者。
流石に申し訳ない気がして、三郎は「まぁ」と割って入った。
「そもそも私たちにも頼まず、自分一人で全部記録を見ようとしていたので……」
「どれくらいあるんだ」
「これまでの天女全員分なので、ざっと100冊程度かと」
「読み終わる目処は立っているのか」
「そうですね。重要な議題がなければ委員会中はずっと、それに委員会がない日もここへ来て読む熱心さですから。授業がない雨の日なんて、日がな一日読んでいたこともありましたよ」
「それを一人でやろうとしたのか」
これは同意したらいけないヤツだ。
咄嗟に三郎は「まぁ今ほど親しくありませんでしたし」と言ったが、立花から返ってきたのはフゥンと含みを持った相槌だけである。三郎の擁護など焼け石に水。
立花に悪いと思ったが、かえって墓穴を掘った。完全に立花の手のひらの上だ。
「学級委員長委員会がない日は、お前たちに声をかけて委員会室に来るのか?」
「そのようなことは、『労働基準法』とやらに違反するそうです」
「……庄左ヱ門っ」
「なるほど」
立花がこれみよがしにため息をついた。
観測レベル最大級、とひとりごちてから、怒りの程度を推測って名前に内心謝罪する。
これは災害だぞ
「……名前に用があったが、私はこれで失礼しようと思う」
「本当ですか」
見れば、勘右衛門も勘右衛門で今世紀最大レベルの苦笑を浮かべていた。しくったと顔に書いてある。
「もうちょっと雑談でもしていきませんか。最近の忍務の様子など」
「今度だ」
引き止め違う話をさせて説教の程度を抑えるとは、なんとも拙く立花には見え透いたやり方だ。しかし5年生が6年生を欺くなど到底不可能なのだから、むしろ稚拙で立花の怒りを分散させようという魂胆か。
恋をしていても、きちんと忍者を「している」。なるほど正しく恋をすれば悪戯心に思いやりが勝るか、と三郎はもはや勘右衛門の恋心を認め、というか感心した。