78


 名前は「ちょっと彦ちゃん、案内して欲しいところがあるんだけど」と強引に彦四郎を引き連れ委員会室を出た。何も言わず1年長屋に向かって進んでいき

「あの、名前さん。どこにいくつもりですか?」
「ねぇ彦四郎」

 振り返るとビクリと彦四郎は肩を揺らす。

「彦四郎、忍たまの友を見たのはいつ?」
「町で、1人になったときに」
「それは小藍さんに声をかけられる前? 後?」
「……忍たまの友を見ていたときに、声をかけられました」

 みるみるうちに顔色が悪くなっていく彦四郎の肩をギュッと名前は掴んだ。

「で、でも町の忍術教室でも忍たまの友という名前の教科書を使っているところがあるって」
「うん、そうね。大丈夫、ただ聞いただけよ」

 不安がる彦四郎の気持ちは手に取るようだったが、相応しい言葉が見つからない。「……大丈夫、本当に大丈夫よ」全ての点が繋がった今、言えることはそれぐらいだった。



 その足で名前は乱太郎たちの部屋に向かい、名前と初めて会った日のことをつぶさに説明してもらった。部屋を出るときには背中に汗をぐっしょりかいていたのだから、名前も相当動揺していたらしい、というのは食堂に腰を落ち着けてから思ったことである。

「で、どうした。急に呼び出すなんて何かあったのか」

 名前に呼ばれ集まった5、6年生が、立花の言葉に同意するように一斉に頷く。そのあまりの圧にさしもの名前もたじろいだ。

「わわ、分かったのよ。どうして忍術学園が狙われているか」
「本当か!?」

 竹谷が身を乗り出し湯呑みが跳ねる。名前はつとめて冷静に

「まず、今までのことをおさらいしましょう」

 いち、と言って指を立てた。

「出城の件。あれはカキシメジ城のもの。建設要員を召集したのはドクタケ、付近にドクタケのサングラスあり。
 人攫いの件。10歳ぐらいの少年たちが狙われる。狙いはきり丸か。
 小藍の件。カキシメジの遣い。漢字の使用方法的に忍者と思われる。
 なお、ドクタケは戦の準備中」
「その4つだな!」
「じゃあここに2つ足しましょう。
 まず、実は小藍と彦四郎の出会いは……忍たまの友を開いていたときに起こった」
「町中で、か?」
「そうよ、小平太。他の子たちには秘密だけど。
 ま、それはさておきもう一つ」

 あえて声のトーンを落とす。

「きり丸も山の中で、自分の忍たまの友を落としている────正しくは、山の中でカキシメジの忍者たちに追われていた乱太郎が、きり丸の忍たまの友を落とした」
「まさか、名前がここに来たあの時に」

 潮江が目を見開いた。

「そ、予想だけどね。あの日、乱太郎たちは薬草スケッチのためにカタクリの群生地を目指した。ところがスケッチしているところに鳥がやってきて、鳥籠を持って行ってしまった。それを追いかけていた乱太郎たちは、かかってしまったの。対動物用ではなく、対山賊用の罠に」

 そのあと鳥がカゴを落としたという川は、名前たちが体育委員会のときに休んでいたところ────おそらく、ドクタケのサングラスが落ちていた地点だ。

「山賊たちに追いかけられた乱太郎たちは、必死になって逃げるうちに忍たまの友を落とした。ところが焦っていた乱太郎は次の日まで、存在すら忘れていて……目が覚めたら、机の上に綺麗な状態で置いてあった。
 でもそんなことありえると思う? 乱太郎、ここに帰ってきたとき全身泥まみれだったのに」
「いや、ありえない……伏木蔵の教科書も泥まみれだったぐらいだ、乱太郎の教科書に汚れひとつつかないとは考えにくい」
「そう、善法寺の言う通り。でも、もし乱太郎が間違えてきり丸の忍たまの友を持っていたとすれば?」
「乱太郎の忍たまの友は、綺麗なままだ」
「そして実際きり丸は、忍たまの友が見つからなくてこの間買いなおしたのよ」

 その購入資金をアルバイトの斡旋料として名前が支払った。そんな時から事件の一端が見え隠れしていたのかと思うとゾッとする。

「なら、その乱太郎が落としたきり丸の忍たまの友は、誰が持っていったんだ?」
「乱太郎たちを追いかけていた人たちじゃないか? 三郎」
「おそらく。あの山賊たちが忍者であるという確証はないけど、私や乱太郎の足についてこれる一般人なんてなかなかいないでしょう。それに、投擲攻撃もやけにうまくて」
「名前のアザはそのせいだったのかい?」
「そーよ。細かいのはね」

 あとは小松田さん、と肩を竦めてみせると食満が苦笑した。

「仮に忍者たちが、罠にかかった奴は全員捕らえろと言われていたとしたら。拾ったきり丸の忍たまの友から、身元を割り出そうとしてもおかしくない。
 乱太郎が忍たまの友に名前を書いてないから、てっきり名前は書いちゃいけないのかと思ってたけど……書いていいんでしょう? なら、きり丸は絶対名前を書いてる。その名前によって、町の忍者でも持ってるという忍たまの友が、忍術学園所属きり丸の忍たまの友になっちゃったのよ」
「でもきり丸って聞いただけで忍術学園の生徒かどうかは……」

 ハッと尾浜が息をのんだ。

「そうか、そこでドクタケが出てくるのか!」
「そう。あの川にサングラスの破片が落ちていたこと考えると、ドクタケはカキシメジに捕まったか、共闘していると考えられるわ。だから、忍たまの友を見てきり丸のことがすぐに分かったのよ」
「そして忍者たちは2つに分かれたんだな?
 一方は忍たまの友を手がかりに忍たまを捕まえようとした小藍。
 もう一方は、町で食料品を買い占め、豆腐屋できり丸のことを調査していたドクタケだ」

 久々知の言葉に食堂はシンと静まり返った。

「たかがきり丸を捕まえるためだけに、と思うとバカバカしい話ね。でも少し罠を踏んだだけの乱太郎たちを、おおよそ20人がかりで捕まえようとしたのよ。その執着は初めから狂ってる」
「もそ……それに、これを忍術学園との戦争の火種にできる。もそ」
「これで、なぜ警備役の忍者を誰も見なかったのかも説明がついたな」
「ああ……カキシメジの忍者たちが山賊に扮していたから、俺たちは気づけなかったんだ」
「だろうな、文次郎。まさか狼藉を働いているというあそこの山賊が忍者だとは思わなかったが……そうやって新しく出城を作るための資金を集めてたのかもしれん」
「さすればカキシメジ領は税を上げずに済み、反感も買わないと」

 鉢屋はサイテーだなと吐き捨てた。