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「これで話は終わりよ」
「よくここまで導き出したなぁ」

 食満が感心したように呟く。本当に、と口々に言われむずがゆく身をよじり、
 ……うわ、こっわ
 険しい顔をした立花が、名前へガンを飛ばしていることに気づいた。

「なによ?」
「なぜ山賊から仕掛けられたことも、忍たまの友のことも私たちに話さなかった?」
「なぜって……話す必要がなかったから話さなかった、それだけだけど?」

 名前は眉を寄せつつ首を捻った。理由なんてない。
 山賊たちと会ったことは乱太郎に聞いて立花たちもすでに知っているはずだ。その攻撃がどうだったかなんて言う必要はないし、忍たまの友のことにしてもそうだ。カキシメジという警戒対象に関係がなければ、わざわざ話したところで意味がない。

「必要がなければ名前は私たちに何も言わないのか」
「……どういう意味?」
「随分舐められたものだな」
「急に何を怒ってるのよ」
「分からないのか?」

 とんだ愚か者だな。
 嘲笑を浮かべた立花に、名前はいよいよカチンと来てこれ見よがしに溜息を吐いた。

「……喧嘩売ってるの? 立花の方が突然当たり屋をしてきた愚か者じゃなくって?」
「事実を言ったまでだが。そう言うということは本当に自覚がなさそうだな。残念だ」
「……だからなんの話⁉︎」
「まぁ、まずは名前の話の裏を取ることからだな!」

 七松が雲行きが怪しくなった名前たちの間に割って入った。立花がついと名前から顔を背け、

「……なにあの態度」

 毒づいたのが聞こえたらしく、善法寺にトントンと背を撫でられる。
 憮然とする名前に対して、立花はすぐさま冷静な表情を繕った。

「慎重に作戦を練ろう。5年はひとまず、1年い組の護衛につけ」

 5年がしっかりと頷き一瞬にして天井裏へ消える。
 潮江がそれにしても、と腕を組んだ。

「ひとつひとつの違和感が、まさかここまで大きな事件に繋がるなんてな。違和感それぞれの根本は見えにくかったが」
「……大きな事件として捉えると、むしろ原因が見えやすくなる。もそ」

 名前はハッとして顔を上げた。
 作戦会議は深夜、忍たまたちが寝静まってから行われる。それまで学級委員長委員会の部屋にいる、とだけ告げ、名前は足早に食堂を離れた。


 もう随分日が落ちている。チリチリと音を立てる蝋燭の前で、名前はパラパラと天女活動詳細記録を捲りながら、手元の半紙に天女たちの年齢と目的を書き出した。

「……外見年齢13歳、実年齢23歳。目的は4年い組の平滝夜叉丸と付き合うこと。外見年齢8歳、実年齢」

 他の人がなぜ忍術学園に来たのか、成仏したのか、しなかったのか。細かな状況を知ることは不可欠であったが、それよりも、自身に起きた最も強烈な変化が忍術学園へ来た原因を知る最大の手掛かりになるかもしれない。
 名前の身に起きた最大の変化こそ、若返りである。

「……やっぱり」

 50ほどリストアップして手を止め、ざっと眺める。
 
「目的によって、外見年齢に規則性がある」

 先輩として慕われたければ、16歳に。生徒たちと付き合いたければ、ターゲットと同学年に。先生と付き合いたければ、上級生に。

「なるほど」
「じゃあ名前が15歳として来たのは、6年生と付き合いたかったから?」
「……またその段階まで話を戻すの、勘ちゃん」

 名前はくるりと後ろを振り向いて、狸と狐を睨んだ。

「違うに決まってるでしょ、私はここに来る前、6年生を認識すらしてなかったんだから。
 だいたい、入るときは声をかけるのがマナーよ。コソコソ入ってきて、後ろ陣取って」
「どうせ気づくだろう?」
 
 ふんと鼻を鳴らして鉢屋は名前からリストを奪うと、机の反対側に腰を落ち着けた。尾浜もその隣からリストを目で追っている。

「外見年齢ってどうやって決めてたの?」
「まず伊作先輩が骨を見て診断して、天女に伝える。鏡を見て天女から不満がでなければ、それで決まりだ」
「ええ! 私のときは勝手に決められたのに!?」
「名前のひとつ前の天女が6年生を狂わせて、それはそれは大変な目にあったんだ。だから、天女の意向は一切汲まないというように方針が変わったんだろう」
「ああ、そういう」
「で、」

 鉢屋が半紙を机に置き、半眼で名前を見据える。

「なんでお前は15なんだ」
「なんで、って言われても」
「名前としては、9歳から15歳のうち、何歳がしっくりくる?」
「15歳」
「即答じゃないか。なら理由があるんだろう」

 鉢屋がついと顎を上げた。はいはい話せってね、と名前は観念して肩をすくめる。

「私、死ぬときに『初めからやり直せたらいいのに』って願ったんだよね」

 はぁ? と遠慮会釈なしの反応を受けながら、名前は現世で迎えた15歳の誕生日のことを思い返していた。


 記憶の中で、その日は灰色だ。比喩ではなく大雨の降る日で、朝から厚い雲が空を覆っていた。
 名前は来る模試に向けて、誕生日にも関わらず机に向かっていた。時計はすでに10時を指している。

「帰ってくるって言ったのに」

 母娘二人暮らしには丁度良い広さのリビングで、つぶやいた声は明瞭に聞こえた。
 もう15歳。分かっている。
 しかしどうしても寂しくなって、目の前の文字が霞む。

「なんで今日。狙い澄ましたかのように、わざわざ今日!」

 ぐっと唇をかむ。こんな誕生日は初めてだ。
 普段仕事で忙しい母親が自分を優先してくれる、一年で最も特別な日。この日だけは如何なる仕事も断り、名前の好物だけが一面を彩るテーブルで盛大にお祝いの会を催してくれる。いつもならば。
 そう、いつもならば。
 いつもならば電源を切ってくれる仕事用の携帯を、やけに気にしながら料理を作っていた。いつもならば仕事を回す部下に怒る母が、文句の一つも言わず仕事を引き受けた。いつもならば肌身離さず持っているペンダントを、机の上に忘れていった。そう、いつもの誕生日ならば。

「……ダメだ」

 どう考えても可笑しなことばかりが起きている。……嫌な予感がする。