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「そうだ」
「実技で一本も取れたことがないくせに?」
「お前だって伊作以外から一本も取ったことがないだろう」
「でもその伊作を連れてくんでしょ? なに、あんた達に逐一報告しなかったこと、拗ねてるの?」
「そうじゃない」

 仙蔵が大きくため息を吐いた。

「そうじゃないなら、なに?」
「そもそも全て報告しろとは言ってない。そんなこと求めてもないからな」
「求めてたじゃないのよ、食堂で。立花、今日どうかしてるわよ?」
「初めからどうかしてるのはお前だ、名前。お前は何年も仕事をしていると言いながら、1番大事なことを理解していない」
「……どういう意味よ」
「未熟だと言ってるんだ」
「バカにするのもいい加減にしなさいよ」

 名前がもう我慢ならない、と立ち上がった。

「あのさぁ、」
「……何をそんなにイライラしている。もそ。……名前らしくもない……仙蔵も」

 やめて、と名前は肩に置かれた長次の手を鬱陶しそうに振り払う。そんな名前を見るのは伊作も初めてだった。

「落ち着け、名前。話を戻すなら、今回名前は参謀だ」
「参謀って言った? 潮江。参謀は立花でしょう。私はその補佐という名のただの留守番だけど?」
「そう拗ねるな。俺たちはメンバーとして名前のことをカウントしてる」
「そうだ。俺たちはなにも、お前だけを仲間外れにしたいわけじゃない。ただ、実行部隊には入れないというだけでだな」
「こんなときばかり仲いいのね。普段は見境なく子供みたいに取っ組み合ってるのに」
「おい!」

 名前が吐き捨てると、食満を押しのけ潮江が名前の胸倉を掴んだ。

「文次郎やめろ!」
「そんな怒ることじゃないだろう?」

 伊作は思わず口を挟んだ。「なんでそんなに興奮してるんだ」
 仙蔵や名前はもちろん、いくら喧嘩っ早いと言えども文次郎だって見境なく怒りはしない。
 名前の言葉が文次郎の短い導火線に火をつけた?……まさか。あれぐらいのことなら普段から言われている。

「伊作は黙ってろ。優しくしてれば調子に乗りやがって!」
「なによ潮江、やる気? 売られた喧嘩は喜んで買うわよ」
「先に売ったのはそっちだろう!」

 無言のまま名前が苦無を出すと、横から仙蔵が刃先を掴む。

「……邪魔しないでくれる?」
「文次郎を殺す気か?」
「胸倉を掴んだら首を絞めれるのよ。そっちにはお咎めなし? 甘いのねぇ」
「三人とも、今は作戦会議の時間だ。力を使うなんて低学年のすることだよ」

 名前をじっと見つめる。名前は目を逸らして舌打ちをしたが、……そうね、と苦無を下ろした。

「名前はそんなに実行部隊に入りたいのか? 作戦練るのだって立派な仕事だぞ?」
「そんなこと小平太に言われなくたって百も承知よ」
「じゃあなんでそんなに怒ってるんだよー」
「だから、私のことを頭数としてカウントしてないじゃない」
「してるじゃないか。補佐としてだとしても作戦は一緒に練るんだから。君を外してるわけじゃないよ」

 伊作が言うと、名前は憮然と黙り込んだ。

「黙ったということはそれは理解しているわけだ。それでも実行部隊に入りたいと主張する理由はなんだ」

 名前は畳を睨みつけたまま何も返さない。仙蔵の言葉さえも無視するなんて、と伊作は半ば恐ろしさを感じながら膝の上で拳を握った。

「何も言わないなら私が代わりに答えてやる。
 私たちが信用ならないからだ」
「……違う」
「違わない。もっと言うか? お前は自分以外の誰も信頼していない。誰も味方だと思っていない。だから少なくとも自分の目の届く範囲で全てを行いたい」

 名前が静かに目を閉じた。それは図星を指されたという仕草なのか、それとも見当違いだと言いたいのか。

「そんなことを思っているから、お前は前の生で、敵を殺せずに死んだんだ」

 名前はぐわっと目を見開いた。

「……もういい」

 絞りだしたような声。ぴしゃんと閉められた障子の音を聞き、伊作は大きく息を吐いた。居心地の悪い沈黙の中

「……これでいいんだな、仙蔵」
「ああ」
「はぁ? 文次郎も仙蔵も、指し合わせてこんなことしたのか?」
「そうだが? 文句なら受け付けない」
「もそ。……最後のはさすがに、名前がかわいそうだ」
「ああでもしなきゃアイツは諦めない」

 立花はわざとらしく音を立てて畳に腰を下ろすと「これで話は終わりだ。解散!」と強引に締めた。空気に耐えかねていた留三郎と小平太が我先にと鍛錬に向かい、文次郎も静かに続く。長次こそなにか言いたげにしていたが、

「……お前のことは信頼している」

 いつものように小さく呟くと、部屋を後にした。

「伊作、お前も帰れ」
「手、怪我してるよ。強く握りすぎたね」

 伊作が手首をつかむと、仙蔵は素直に手を開いた。

「バカだね。やりすぎだよ」
「……それは、怪我のことを言っているのか。それとも名前を参加させなかったことか?」
「どっちもだ」

 伊作は懐から煎じたばかりの薬を出した。

「僕が思うに、名前が実行部隊に入ったところで問題ない。とくに小藍から逃げる場面では良い働きをするんじゃないかと思うけど。仙蔵だってそうだろ?」
「当たり前だ。小藍を捕まえに行くわけではないからな、アイツの力の無さは特段問題にはならない」
「じゃあなんで、作戦に参加させないことにしたんだ」
「荒療治だ」
「荒療治?」
「アイツの、人を全く信頼しないところを治す」

 伊作は仙蔵の手から目を放し、代わりに仙蔵を見上げた。

「僕たちを信頼してないなんてことはないだろう。今回だって、自分で気づいたことを全部共有してくれたじゃないか」
「じゃあ伊作、名前の好きな食べ物を知っているか?」
「そんな話したこともないからなぁ」
「嫌いな食べ物は?」
「……知らない」
「好きな色、場所、店、人、本……知ってるか?」

 伊作は黙った。仙蔵は真剣な表情で続ける。

「私たちが二か月も名前と過ごして、知っているのは死んだ理由と、前の生の仕事だけだ。その仕事に就いた理由も、結局はぐらかされて分かってないだろう。
 伊作の言う今回のことの共有。一度として名前がその場でしたことがないと気づいてるか?」
「その場で……したことがない?」
「そうだ。例えば名前がドクタケのサングラスを持ってきたのは、拾ったずっと後だっただろう。それも、私たちに話をするしかきり丸を守る方法がないと判断したからであって、私たちを信じて、頼ったからではない。山賊のことも、彦四郎とのことも、自分でどうにか結論付けてからの報告だ。
 それに知ってるか。名前が今、学級委員長委員会でなにをしているか」