大きな一歩 (1/3)

東京遠征も終わり、長いようで短かった夏休みは明日で終わりを告げる。夏休みといっても誰かと遊んだり、アルバイトをしたりするわけでもなく、毎日部活に打ち込む日々で、それは今日も同じだった。
今は休憩時間。いつもなら日向は田中さんや西谷さんとバカ騒ぎをするか、俺に「トス上げろ!」と付きまとって来るはずなのだが、珍しく今日は隣で静かにスポーツドリンクを飲み干していた。そんな日向はどこか真剣な面持ちで口を開いた。

「影山ってさ、」
「………なんだよ」
「椎名さんのこと好きだろ?」
「ブフッ!!」

突然の日向からのその発言に思わず口に含んでいたスポーツドリンク吹き出してしまった。隣で日向が「影山お前キタネェー!!」と騒いでいるが、他人の股間にゲロ吐く奴よりはマシだ。クソ、いきなり何を言い出すんだコイツは。俺は急いで用具庫に干してあった雑巾を持って来て床を拭いた。途中キャプテンの居る方向から背筋が凍る程の冷やかな視線を感じたが、恐怖で振り返る事は出来なかった。いや、振り返らなくとも分かる。次は無い、と。

「だ、大体お前のせいでこうなったんだろボゲェ!!い、いきなりなんだよ!」
「だってお前、いっつも不機嫌そうな顔してんのに椎名さんの話してる時は凄く、穏やかだから。だから好きなのかなーって思っただけだ!」

「しかもお前谷地さんと話す時は"ウッス"とか"あざっす"とかしか言わねえけど、椎名さんにはしつこいくらいマネージャー誘ったりグイグイ行くよな!」と日向は続ける。
それを聞いて俺は自分でも驚いた。まさかあの日向に言われる程、椎名に対する態度と他人に対しての態度がここまで違っていたとは。
いやでもグイグイ行くってお前にだけは言われたくなかった。

「……俺には、そういうのよくわかんねぇよ」

人を好きになる時、どんな気分になるとか、俺にはよく分からない。コミュニケーション能力に欠けてる俺は女子ともまともに話した事がないし、自分から話しかけた事も殆どない。ましては告白されたこともないし、したこともない。今までずっとバレーに人生かけてた俺には、色恋沙汰なんて興味すらなかった。よくよく考えると俺が積極的に話すようになった女子は椎名が初めてだった。

「じゃあ、影山は椎名さんにまだマネージャーやって欲しいって思ってんのか?」

日向は突然そんなことを聞いてきた。そんなの決まってんだろ。

「当たり前だろ」
「谷地さんが入ったのにか?」
「俺は椎名じゃないとダメなんだよ」

別に今のマネージャーや新しく入ったマネージャーに不満を抱いてるわけじゃない。ただ、俺はアイツに支えてほしかった。傍にいてほしかった。アイツが隣にいればどんなことでも頑張れる気がして―――。

「それが恋なんだよ!」

は、と息を呑んだ。これが恋、なのか……?
今度は日向は何かを思い出したかのように「あっ!」と声を上げた。

「そういえば明日部活ないよな!影山、折角だから椎名さん遊びにでも誘えよ!」

何をいきなり、と言おうとしたが突然外から聴こえてきた演奏にそれは阻まれた。隣にいたはずの日向が勢いよく立ち上がり、「軽音部の演奏だ!椎名さんかもー!!」と嵐のように体育館を出ていった。俺も日向の後を追いかけ体育館を出ると、向かいに見える1階の音楽室に椎名はバンドメンバーと合わせをしていた。そういえば椎名が部活やってる姿、初めて見たな。ギターを弾いているアイツは凄く楽しそうで輝いていた。ただ一つだけ気がかりなのは、

「……他のバンドメンバー、皆男じゃねえか」

それが心の中でモヤモヤしていた。俺が口を尖らせていると日向が振り向いて、「それ、"ヤキモチ"っていうんだよ影山クゥン」とニヤニヤと口元に手を当てて笑っていた。ムカついたから取り敢えず一発殴っておいた。






その日の夜、俺はベッドの上に仰向けになりながら、メッセージアプリのトーク画面を開いていた。相手は勿論、椎名だ。"明日、空いてるか?"という文面を打っては消して、という動作を何度も繰り返していた。送るべきか送らないべきか、かれこれ30分ぐらいは悩んでいる。これを送信すればもしかしたら夏休み最後に椎名に会えるかもしれない。その為のあと一歩なのに、その一歩を踏み出すのには大きすぎる。もし予定が入っていて断られたら、と考えるとなかなか行動に移す事が出来やしない。
未送信の文面を残したまま、そのまま過去のやり取りを振り返ろうと画面をスクロールしている時に俺はやってしまった。

「あ゛!!」

スクロールしている時、指が勢い余って下に行ってしまい、幸か不幸か、間違えて右下にある送信ボタンをタップしてしまった。トーク画面には瞬時に今の文章が表示され、もう取り消しの仕様がない。慌てていると、すぐに"既読"の文字が脇につき、"とくに何もないけど、どうしたの?"という返信が来た。予定がないということに安堵した反面、内心は焦っていた。
これはもう、覚悟を決めるしかない。

"明日、部活がオフなんだ。良かったら近くのショッピングセンターまで一緒に買い物行かないか?新しいバレーシューズ買いたいんだ"
"うん、いいよ。"
"おう。じゃあ明日10時頃お前の家に迎えに行く"
"わざわざありがとう、了解です。それじゃまた明日"
"ああ、また明日"

やり取りを終えて、スマホの画面を閉じると俺は即座に枕に顔をうずめた。

「や、約束しちまった……」

明日は、初めて椎名と出掛ける。
これが所謂デートってやつか。やべぇ、凄くワクワクしてきた。やっぱり誘って良かったかもしれない。腑に落ちないが、今回だけは日向に感謝だ。

「……てか、今夜眠れそうにねえよ」


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