大きな一歩 (3/3)
しばらく俺は先程の出来事を頭からかき消すかのように宛もなくただひたすら歩き続けていた。異変に気付いた椎名も、脇で顔色を伺っているようだが特別声を掛けようとはしなかった。
暫く歩いていると、前方からゲームセンターが見えてきた。
「(そういえばしばらく行ってねぇな)」
ふとそんなことを思っていると、後ろにいたはずの椎名は突然目の前に現れ、俺の腕を取るなり「行こう!」とゲーセンの中へ入っていった。腕を掴まれたままの俺は椎名によってとあるブースに入るよう腕を引っ張られた。その中はライトが眩しく光り、BGMがけたたましく流れていた。
「プリクラ、撮ろうよ」
俺は少し戸惑いながらも「おう」と返すと椎名は100円玉を4枚投入した。流石に俺もお金を出さねばと財布を取り出そうとしたが「別にいいよ」と制止の声を掛けられ、椎名はと言えば小慣れた様子で目の前にある画面を指で操作していた。肌の明るさとか、目の大きさとか、背景の柄だとか、色々選択が出来るらしい。目の大きさが変えられるとか詐欺じゃねえの、と思いつつも何より気がかりだったのが、
「(ち、近いっ……)」
距離が近いということだ。肩がぴったりとくっついてしまう。プリクラの個室の中というのはこんなにも狭いらしい。昨日、初めて椎名のことが好きだと自覚したばかりの俺は心臓の鼓動が速くなっていた。心なしか、顔も熱くなっているような気がする。そうか、これが恋というやつなのか。
「ほら、撮るよー。あそこにあるレンズ見て」
レンズに向かってポージングをしている椎名の声で我に返ると、『3、2、1』とシャッターを切るまでのカウントダウンがソプラノボイスで流れてた。身長のせいで画面から顔が切れている俺は慌てて腰を落とそうとすると既にシャッター音は鳴っていた。
「ぶはっ!!影山顔が切れてるよ!でもまあ、あと5枚あるから」
たった今撮った画像が映っている画面を見て椎名は笑っていた。その笑顔を見て、俺の顔が再び熱くなっていくのが分かった。
写真を全て撮り終えると、今度は落書きコーナーに移動をした。最初に自分の名前と携帯のアドレスを入力し、次に落書きに取り掛かった。携帯にも今撮った画像が送れるのか、プリクラってすげえな。
横にいる椎名はどんな風に落書きをしているのかを参考にしようと画面を覗くと、"烏野高校1年3組"とペンで書かれており、更には"飛雄"、"夏芽"とそれぞれの平仮名の名前スタンプが貼られていた。
そういやコイツの下の名前、"夏芽"って言うんだよな。周りも俺も、普段はこいつの事を"椎名"って呼ぶからつい忘れてしまいがちで。だから、
―――下の名前で呼んでみたい。
そんな欲求が出てきてしまったのだ。
「夏芽、」
「……え、」
気付いたら彼女の下の名前を口していた。はっ、と口を手で覆うと椎名は少し驚いたような顔をしていた。急いで「わりぃ」と謝ると「あ、いや。名前で呼ばれる事、殆どないからチョット驚いた」とのこと。そうだ、踏み出すのなら今しかない。
「……なあ、椎名」
「んー??」
「"夏芽"って呼んでもいいか、」
それを聞いた椎名は落書きしていた手を止め、目を丸くしながらこちらを見たが、すぐに返事は返ってきた。
「……うん。じゃあ、私も影山のこと、"飛雄"って呼んでもいい?」
「ああ」
下の名前か。何だか特別な感じがして悪い気はしなかった。寧ろ嬉しくて、でもどこかくすぐったい感じ。緩んだ口元を必死に抑えていると、今のやり取りで落書きのカウントダウンは既にボーナスタイムを迎えていた。
落書きを終え、シートの印刷もようやく済んだ後、それを取り出し口から取り、しばらく眺めると俺は大事に自分の財布に仕舞った。
「………後で撮ったプリクラ、待ち受けにするか……」
「ん?なんか言った?」
「!な、なんでもねぇよ!」
バレーから離れた休日も、悪くない。
(2014.08.27)
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