知らないトコロ (1/1)
3日間のテスト期間もようやく終わった。高校に上がってからの初めての中間テスト、手応えはあった。今日はそのテスト返却日。全ての教科が返却されると、やはり期待通りの点数。ふと隣の席の影山を見ると険しい顔をしていた。解答用紙の点数欄記されている数字をちらりと覗いてみるとこれは驚いた。
「……影山ってバカなの?」
現代文が16点、数学が20点、英語が14点、化学が――――。
解答用紙は明らかに不正解の割合が高く、どの教科を見ても点数は赤点。他人の解答用紙だとはいえども、見てるこちらも頭が痛くなる。この数字を見る限り、補習を受けるパターンだろう。
あんなにバレーが上手いのだから、どこかの強豪校にいそうなのになんで烏野にいるんだろうと前々から疑問には思ってはいたが、たった今納得した。でもよくよく考えてみるといつも授業中寝てたっけ、白目向けて。その姿は男子には笑い者にされては女子にはドン引きされていたのを思い出す。入学当初はバレー部のエース(実際のところ本当は3年生の先輩らしいが)だとかキリッとしていてカッコいいとかで色々持ち上げられていたが影山も落ちたものだ。
「なっ!?に、日本人は日本語さえ出来りゃいいんだよ!!そういう椎名は…………96点!?こっちは98点で92点…ってほとんど90点代じゃねえか!こんな点数採ったことねえよ……………」
文句を言う影山に日本語すら危うい奴が何言ってんだ……とつい思ってしまったが、幸い私の心の声に気付きもしない影山は何かを思い出したかのように「そういえば…」と言葉を洩らし、くるりと私の顔を見た。
「お前なんで烏野(ここ)にいるんだよ」
言いたい事は分かってる、分かってるけどさ。ヤバイ、今のチョット傷付いた。
「…………なに、こっから出てけと?」
「ちっ、ちがっ!そう意味じゃねえ!」
そんな慌てた影山の様子を見て私は声を上げて笑った。影山をからかうのは面白い。相手からしたら失礼だけども。
「わっ、笑うなボゲェ!……だから、お前そんなに頭良いんなら他の偏差値高い学校にも行けたんじゃねえのかなって思って……」
影山は目を泳がせながら少し気まずそうにそう言った。
▼
「………本当だったらさ」
ふと椎名の視線は俺から外して、窓硝子から空を眺めていた。雲一つない、まさに晴天だ。空を眺める彼女は遠い目をしていた。
「青城受けるつもりだった」
「っ、」
息を呑んだ。
『青葉城西高校』
あまり良い思い出のない中学のバレー部の連中や、あの及川さん達のいる高校をまさか彼女が目指していたとは。
「あの時はね、高校でもバレー続けようって思ってたの。ほら、青城ってスポーツにも力入れてるでしょ?だから。他にも同じようにスポーツに力入れてた白鳥沢からもスポーツ推薦来てたんだ。これでもうちの中学って強豪校って言われてたからさ」
白鳥沢というワードを聞いて肩が揺さぶられた。正直羨ましいと思った。俺は推薦すら来なくて挙げ句の果てには一般受験で落ちたのに。
でも、知ってる。初めてあのスパイクを見た時から思った。女子バレーの事についてはよく分からなかったし、興味もなかったから何処の学校が強いかなんて知りもしなかったけど、こいつはきっと凄いところにいたんだろうと。だから俺はあの時、やる気の無かった椎名を無理矢理にでも特訓に付き合わせた。いくら断られても懲りずに今でもマネージャーの勧誘を続けている。
「引退してからだった、変わり始めたのは。うちにね、2コ上の兄貴がいてさ、軽音部でギターやってて。でも私達みたいな運動部って朝早くて帰りが遅い生活でしょ?だから兄貴とまともに話す機会って無くて。部活引退してから家に居る時間が増えて兄貴と話すようになって、そこで知ったの。兄貴がバンド組んでギターをやってること。最初は興味本位で弾かせてもらってた。でもそれがいつの間にかのめり込んでてさ、気が付けば受験勉強棄ててた」
頬を掻き眉を下げ、「はははっ、」と椎名は乾いた笑いを浮かべていた。てか、兄貴いたのか。
「私って負けず嫌いな性格だからどんな事でも手を抜くのは嫌だったんだけど、その時だけはギター上手くなりたい!って気持ちが真っ先にあって……そしたら成績の方はガタ落ち。毎日のように先生から職員室に呼び出しくらってたよ。あれだけ青城目指してたのに、行きたかったのに。それが何かどうでもよくなって、気が付いたら家から一番近かった烏野(ここ)に変えてた。………ホント情けないよね」
無意識に俺は椅子から立ち上がっていた。
兎に角、椎名に自分を否定してもらいたくなくて、それを伝えたくて真っ直ぐ彼女の目を見つめた。そんな俺の姿に椎名は目を丸くしていた。周りも不思議そうに俺の事を見ている。でも今はそんなのどうだっていい。
「……お前は情けなくなんかない!お前は何時でも真剣だったんだろ?!その時は落ちぶれてたかもしんねえ!でもただ好きなモンにお前の全部の熱量を注いでただけだ、そうだろ!?俺はバレーにしか熱量上げらんねえしバレーしか強みがない!今も昔も!だから俺は何にでも一生懸命になれるお前が羨ましい!何処でだって自分を活かせる才能があるお前が羨ましい!お前は恵まれてる!これがその結果だろ!!」
椎名の手元にあった解答用紙をくしゃりと掴み、顔面に押し付けた。「ふがっ!」とか変な声出してたけどそんなの気にしてられるか。
「お前は、贅沢だ。良いものばかり持ってんだからもっと自信持って胸張れよ」
静かに元の位置に戻ると、先生の怒鳴り声が教室に響いた。
「影山!うるさいぞ、静かにしろ!」
「すいませんでした!」
慌てて再び立ち上がってその場で先生に頭を下げるとクラスに笑いが起こった。それは隣にいた椎名も可笑しそうにクスクスと笑っていた。羞恥心のあまり頬に熱が集まるのが自分でも分かった。
しばらく絶えそうにない笑い声の中、椎名は確かに言った。
「あ り が と う」
(2014.08.13)
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