化けの皮が剥がれた時

「……え?あれ?」

9月上旬、まだまだ残暑が続く夏の朝、ホームルーム開始約15分前に、自身が在籍している3年5組の教室に入ると、自分の席にクラスメイトが我が物顔でそこに居座っていることに少し戸惑いを覚えた。クラスメイトがこちらの熱い視線に気付くと私の言いたいことが察したのか「椎名ちゃんの席はあっちだよ!」と指摘しながら笑った。
……はっ、そうだった。そういえば昨日、担任の突然の席替えするぞ発言によって席が替わったんだった。

「あはは、そうだった。ごめん、間違えた〜」
「ほんと椎名ってそういうとこ抜けてるよな〜」

今のやり取りを見ていたのか、近くにいた男子もけらけらと笑いながらそう言った。
…ああ、ちょっと恥ずかしい。でもこれってあるあるだったりするよね?
今度こそ本来廊下側にあるはずの自席へと向かうと、後ろの席のトサカの彼は早くも既に登校していて、机に顔を突っ伏して眠っていた。彼は朝は弱いのだろうか、それとも寝不足なのだろうか。まあ、新学期が始まってまだ2日。夏休み前の規則的な生活リズムを取り戻すまでにはそれなりの時間を必要とするだろう、無理もない。起こさないようにと極力音を立てずに席に着こうとすると、タイミング良く背後から「………あ……椎名さん…?」と少し寝ぼけたような声が聞こえてきた。振り返ると声の主はやはりトサカの彼のようで、視線が合うと「おはよう、椎名さん」とお決まりの愛想笑いを浮かべた。挨拶をされたのだからこちらも挨拶で返そうと「おはよう、」と言いかけたが、その続きが詰まってしまった。

「(名前、忘れた…!)」

このトサカの彼の名前が私の記憶の中から綺麗さっぱり抹消されてしまったのだ。会話の内容は覚えているというのになんてこった。昨日はあれほど人の名前を覚える!と決意したが、どうやらそれは口先だけだったようだ。思ったことを行動に移すというのはなかなか難しいものだ。
記憶を巡らせても彼の名前らしきものが出てくる事はなかったので、容姿を見て何か思い出せまいかとまじまじと彼を見つめると困惑の色で私を見てきた。

「…なに、椎名さん?」
「ちょっと待って、あともう少しで出てきそうだから」
「お、おう…?」

彼の特徴的なものと言えば、やはりこのトサカヘッドだ。毎朝どうやってセットしているのか少々気になっている。それはさておき、トサカヘッドにヘアカラーはブラック…………トサカブラック…………黒………黒…………?――――あ!

「黒川くん!おはよう!」

さっきまでのもやもやがスッキリしたせいか、思ったより声が大きく出てしまい、クラスのもう一人の" 黒川くん "が教室内の何処かで「おう!おはよう椎名!」と言ったのが分かった。しかし、肝心な目の前の" 黒川くん "はどうしたものか応答が無かった。不安になって顔を覗き込むと彼はあの人工的な愛想笑い(人工的といっても結局は人なんだけど)ではなく、なんだか意地が悪そうな顔でニヤリと笑った。

「俺、黒尾な」

どうやら私はまたやらかしてしまったようだ。名前を間違えたショックのあまりしばらく固まっていると、黒尾くんはそんな私を見て可笑しそうに腹を抱えて笑った。

「ぶっひゃひゃひゃ!…あー、なんかこれから面白くなりそうだわ」

黒尾くんはそう言うとこちらを見て再びニヤリと笑ったので、何やら嫌な予感がした。もしかして彼の本質というのはこっちなのかもしれない。勿論良い意味ではなく悪い意味で。食えない奴、と言いますか。
……前言撤回。ある意味今回の席替えははずれくじになってしまったようだ。

(2014.11.09)

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