02

 足場の悪い森の中を走り続けてやっとナツの背中を見つけたあたしたちは立ち止った。

「ナツ!何があったんだ!」
「誰と戦ってた?」
「ラクサスはどこだ?」

 しかめっ面で森の木々を睨みつけていたナツは突然あたしたちにつめ寄られて驚いたようだった。でもすぐに森の何もない空間を指さして「燃えねぇ!」」と怒鳴った。それを聞いたあたしたちは同時に「はぁ?」と声を漏らす。

「それよりラクサスはどこよ。ウェンディとシャルルも来たはずでしょ」

 責めるようにエバーグリーンが言った。ナツは相変わらず何もない空間を指さす。あたしはなにがあるのかとナツがさす先を見た。
 目を凝らすと、木の間に動く人影がある。それは徐々にあたしたちの方へ近づいてきていた。

「何も変わってねえ。元に戻ってる」

 身構えるあたしをよそに現れたのはラクサスだった。ラクサスの言葉にナツは「くそ〜!」と大声を上げる。状況がよくわからないまま混乱していると、今度は別の方向からシャルルとウェンディが飛んできた。

「ナツさ〜ん!全部元に戻っちゃってました」
「燃えた痕跡もなかったわ」

 ウェンディとシャルルの言葉にナツが唸る。会話の内容からして森を燃やそうとしていることだけはわかった。でもやっぱり何のためなのかはわからない。

「お前ら何してたんだよ」
「森を燃やしたら何かあるのか?」

 グレイは呆れたようにそう言った。続けてビックスローのベイビーたちが「あるのか?」と復唱してさっきまでの緊張感は無くなってしまっている。
 そのことがエルザの怒りを買ったのか、エルザの「説明せんか!」の一声でナツは背筋を伸ばし、あたしたちも口を閉じた。

「ナツがここら辺からモニカの匂いがするって言うからよ」
「でもどこにもモニカがいねえから試しに燃やしたんだよ!」

 あたしは試しに森を燃やすなと言いたい気持ちをぐっと我慢した。

「燃やしても燃やしてもこの森燃えねえんだ」
「そうなんです。私とシャルルも確認しましたけど、燃えた傍から元通りになるんです」

 困惑した様子でウェンディがそう言い、シャルルは大きく頷いた。疑うわけではないけど燃えた木が元通りになるところが上手く想像できずにあたしは同じように眉間に眉を寄せていたグレイと顔を見合わせる。

「ルーシィこれ見ろ!」

 それが疑っているように見えたのか、唐突にナツは近くの木に手を置き、一気に炎を燃え上がらせた。木は一瞬で消し炭になる。けれどものの数秒で同じ場所に同じ木が現れた。
 ナツたちが言うように、木は燃やされた跡もなく、元通りになった。あたしはそれに呆然とする。

「幻覚?」
「幻覚だったらそもそも燃えないんじゃないか?」
「幻覚とは違うのかもしれない。別の認識阻害魔法か……?」

 みんなは険しい顔でこの森について話している。あたしは考えすぎて痛くなっていた頭をさすりながら一度みんなの輪から離れた。
 同じようにみんなから少し離れた場所で腕組しているラクサスへ近寄る。ラクサスはじっと森を睨みつけていた。

「モニカが心配?」

 あたしが急に話しかけたことラクサスは目を見開いていた。でもすぐに小さく頷く。

「モニカはきっと見つかるし、大丈夫。仲間がこんなに探してるんだもん」
「そうだな」

 ラクサスはまた頷いた。でもあたしはあの依頼書のことや、この魔法がかけられた森のこともあって心の奥がざわざわとする。こんな気持ちで励ますのは少し罪悪感もあるけど、自分自身のことも励ましたかった。

「そうか、術式だ」

 フリードのその声にあたしはうつむきかけていた顔を上げた。

「オレたちは術式の中にいる」
「術式?」
「そうだ。術式を見つけられれば、術式の上書きで効果を打ち消せるかもしれない」

 この森の魔法をどうにかできるかもしれない。フリードのおかげでみんなの雰囲気がぱっと明るくなる。

「でもどうやって術式を探しましょう……」
「ナツと一緒に飛んでみたけど、この森すっごく広いよ」
「この人数で探すにしてもかなり時間がかかるわ」

 ウェンディ、ハッピー、シャルルの疑問と心配はもっともだった。明るくなった空気がまた暗くなりかける。でもあたしはそんな空気を振り払うように星霊の鍵に手を伸ばして、そのひとつを握りしめた。

「開け、羅針盤座の扉!ピクシス!」

 元気よく飛び出してきたピクシスは両翼を広げながらあたしの目の前に着地する。ピクシスに術式を探してもらったことはないけれど、それでも探索に特化した星霊に頼るしか考えられなかった。

「術式を探せばいいんだよね?」
「ああ。これだけの広範囲に効果のある術式だ。おそらく術式自体も大きい。その一部でも見つけられればいい」
「わかった!ピクシス、お願い!」

 フリードの答えにあたしは頷き、ピクシスは翼を羽ばたかせながらその場でクルクルと回った。そして両翼をびしっと真っすぐに伸ばして街の方を指す。あたしが「あっちにある」と口を開くより先にエルザが「行くぞ!」と号令をかけ、みんなは走り出した。
 出遅れたあたしとピクシスはみんなを追うように走る。あたしたちを振り返りながら「どっちだ!?」と誰かに聞かれるたびにあたしとピクシスは必死に「あっち!」と指さし続けた。
 ナツを探した時と同じように足場の悪い森の中を走り抜け、あたしたちは街へ戻ってきた。けれどピクシスは街中へは入らずに、街をぐるっと囲んでいる塀の一部を指している。
 そのレンガでできた塀は所々が蔦で覆われていて、ピクシスが指すところは特に鬱蒼と蔦が生い茂っていた。

「ここか」

 ピクシスが示したところの蔦をラクサスが素手で引きちぎる。塀から蔦がなくなると、術式の一部が浮かび上がった。
 フリードは浮かび上がった術式に顔を寄せ、じっと観察を始める。その間にあたしはピクシスにお礼を言い、星霊界へ戻るの見送った。

「やはりこの術式がオレたちの認識を歪めていた。だがこの程度なら上書きが出来そうだ」

 様子をうかがっていたあたしたちはフリードの言葉に喜び、頷きあった。けれどここからがモニカ捜索の本番。あたしはフリードが剣を振るって術式を書き込むのを見守りながら何かが起きてもいいように身構えていた。
 フリードが術式の上に新しく術式を書き終えると、あたしたちの目の前にあった森の輪郭が歪んで、あっという間に無くなった。代わりにあたしたちの前には巨大な湖が姿を現している。

「湖だ……」

 あまりの大きさと本当に隠された湖があったことに思わずそう呟く。みんなもさっきまで森の一部だと思って歩いていたところが水の上だったことに呆然としていた。
 真っ先に湖に向かったのはラクサスと雷神衆だった。それを追いかけるようにナツが駆け出す。

「オイラたち空から見てくる!」

 ハッピーとシャルルは翼を広げて空に飛んで行った。あたしも負けじと湖の淵まで近づく。水の覗き込んで見ても普通の水だった。

「あの依頼書には湖の底の遺物がどうのって書いてあったよな」
「そうね。ほら」

 ビックスローが確認すると、エバーグリーンが依頼書を取り出してみんなに見せるように掲げる。

「怪しいのは水の中ね」
「泳ぐか!」

 あたしの呟きにナツが反応し、さっそく服を脱ごうとする。エルザもなるほど!と納得した顔で水着に換装していた。なぜかグレイは服を脱いで水の表面を凍らせてその上を歩いている。
 あたしとウェンディはどうしたものかとナツたちの様子を引きながら見ていた。

「あ、待って!水ならアクエリアスがどうにかできるかも!」

 ナツたちが水に飛び込もうとする寸前にあたしはそう呼び止め、鍵を手に取った。」

「開け、宝瓶宮の扉!アクエリアス!」

 アクエリアスは姿を現したとたんに大きく舌打ちをした。ギロリと鋭く睨まれ、あたしはびくりと肩を震わせる。なぜかいつもより機嫌が悪そうだった。

「なんだこの水は……変な場所に呼び出しやがって不愉快だ……」
「え、水がなんなの?」
「魔力に満ちているんだ。色んなものが混ざり合った気持ち悪い魔力だ」

 アクエリアスは心の底から嫌そうな顔で湖を睨む。水に手を入れようとしていたウェンディが慌てて手をひっこめたのが見えた。
 もしかしたら依頼書に書いてあった湖に古代の遺物が沈んでいるのは本当のことで、そのせいで湖には奇妙な魔力が満ちているのかもしれない。そうなればなおさら、モニカが依頼主に嵌められてこの湖にいるかもしれないと思えてきた。

「とにかく、水の中を探ってくれない?あたしたちの仲間がいるかもしれないの!」
「仕方ない……ふんっ」

 面倒くさそうな態度をとりつつ、アクエリアスは持っている水瓶を大きく振りかぶった。あたしは水に飲まれることを覚悟して身構える。でも、いつになっても水が襲ってくることはなかった。

「アクエリアス……?」
「……私に操れない水があるなんてな」

 さっきよりも不機嫌そうな顔でアクエリアスは湖の水面を見つめている。みんなは星霊が操れない水に驚きざわついていた。もちろん、あたしも信じられない。

「凍りはするが、水そのものは操れないのか?」

 水着姿のままエルザが首をかしげる。アクエリアス自身にも水に何者かの魔力が満ちていることしかわからないようだった。
 あたしがどうしよ〜と嘆くと、アクエリアスは「ま、頑張れ」と言い残して帰ってしまう。ナツは泳ぐと言い出すし、ラクサスは湖を割ると言い出すし、みんなは割ることに積極的になるしであたしは空を仰いだ。すると視界にハッピーとシャルルが入る。

「ハッピー!シャルル!ここよー!」

 できるだけ大きな声で呼びかけると、2人は一直線に飛んできた。心なしかその表情は焦っているように見える。

「大変だよ!モニカが!」

 ハッピーの叫びに湖をどうやって割るかで騒いでいた全員が黙った。あたしも何か悪いことが起きたんじゃないかと心臓が痛くなって息がつまる。

「湖の真ん中にモニカがいたんだ!」
「なんでそんなとこにいんだよ!」
「わかんないよ!」
「今はそれどころじゃないわ!」

 ナツとハッピーのやり取りにシャルルが割って入る。

「彼女死にかけてるのよ!!」