03

「どういうことよ!?」

 エバーグリーンが叫んだ。それとほとんど同時にグレイが湖の表面を凍らせ、その上を駆けて行く。ナツはハッピーに抱えられ空を飛んで行った。ラクサスとエバーグリーン以外の雷神衆もグレイの後に続く。

「シャルル、私たちも!」
「無理よ」

 ウェンディの焦った声にシャルルは悔し気に顔を歪めて答えた。

「説明してくれ、何があったんだ」
「モニカが死にかけてるってどういうこと?」
「何があったっていうの?」

 エルザとあたしとエバーグリーンはまだ宙に浮いたままのシャルルにつめ寄る。シャルルは一度湖に目を向けて、苦しそうに顔を歪めた後あたしたちに向き直った。

「モニカは湖の真ん中で横たわっていたの」
「水の上に?」
「そうよ。全身傷だらけの血まみれでね……胸のあたりに穴が開いているようにも見えたわ」

 あたしたちは顔を見合わせた。あの依頼書からモニカを貶めるための罠だったに違いない。だれが何の目的化は知らないけど、仲間を傷つけられてあたしは腹の底から怒りが湧いてきていた。
 あたしたちも早く助けに行こうと足を踏み出しかけた時、「うぎゃぁああ!」とナツの叫びが聞こえた。視線をそっちに向けると、ハッピーと空を飛んでいたはずのナツが大きな水飛沫を上げながら湖に落ちたのが目に入る。

「私とハッピーもすぐに助けようとしたわ……でも水に阻まれて無理だった」
「水が阻む……?」

 シャルルの話が本当であることはすぐにわかった。湖の真ん中でグレイが作った氷を足場にして、まるで生き物のように動き回る水の柱とみんなが戦っている。思わず「なにあれ…」と小さく声が漏れた。
 水は大きくうねり、グレイが作った氷の足場を粉々にすると水に落ちたみんなを陸めがけて弾き飛ばした。あたしはすぐそばに落ちてきたグレイに駆け寄る。

「大丈夫!?」
「ああ……一体何なんだあれは」

 ジュビアがこの場にいたら怒り狂っていただろうなと想像がついた。グレイは頭を打ったのか片手で擦りながら立ち上がる。水にのまれた他のみんなもどうにか無事だったようでほっとしたのも束の間、突如として雷が轟いた。
 間近で傷ついたモニカを見たからかラクサスも雷神衆も相当頭に血が上っているみたいだ。あまりにも威圧感が強すぎて近寄れなかった。

「モニカ、そんなに酷い状態なの?」

 こんなにも怒るのはモニカが本当に死にかけているからかもと、嫌な考えを振り払いたくてグレイに問いかける。グレイは苦虫を嚙み潰したような顔で頷いた。

「傷も深いだろうが、魔力が奪われてる」
「それって……!」
「魔力欠乏症……なるほど、一刻も早く助けねばならないようだな」

 大剣を携えたエルザがあたしたちを横切っていく。いつの間にか復活していたナツも再びハッピーに抱えられて空を飛んでいた。シャルルとウェンディもどうにか空からモニカに近づこうとしている。

「あの水は私たちが引き付けよう。お前たちは回り込んでモニカを救出するんだ」
「おう!」
「おっけー!」

 駆け出して行ったエルザとは別の方へあたしとグレイは走り出した。静かだった湖は今は激しく波打ち、時折水の柱が立ち上る衝撃とみんなの攻撃の余波で水飛沫が飛んで切る。水に入ったわけでもないのにあたしは全身びしょ濡れになっていた。
 しばらく走ったところでグレイと別れ、あたしはより遠くまで走る。遠目でグレイが水面に氷をはったとたんに砕かれ水に落ちるのが見えた。

「開け、白羊宮の扉!アリエス!」

 すみません、ともじもじしているアリエスに水の上に足場を作って欲しいとお願いする。アリエスは少し悩んだ様子で水面の少し上に綿を作り出した。
 まるで橋のようなそれにあたしは頷いた。

「これでどうでしょう……すみません」
「ありがと!」

 あたしはもこもこした綿から落ちないように慎重に歩いていく。綿が水面に触れていないからか、ナツたちが大暴れしているからか、水はあたしやアリエスを攻撃してこなかった。アリエスもゆっくりと綿を増やし、あたしは時間をかけてモニカに手が届く場所までたどり着く。
 モニカはまるで水面で眠っているかのように横たわっていた。けれどシャルルやグレイが言っていた通り、その胸には何かが抉り出されたような穴が開き、まだ血を流している。服も所々が破け、切り傷や打撲痕が至る所にあった。
 あたしはそんなモニカの状態に胸が痛くなった。それでも早く助けたい一心で腕を伸ばす。

「モニカ!しっかり!」

 あたしの指先がもう少しでモニカの腕に届きそうになった時、さすがに気づかれたのかあたしの真後ろに水の柱が立ち上った。水にのまれる瞬間にあたしはモニカの腕を掴む。なにがあっても離すもんかと水の中でもみくちゃにされながらずっと掴んでいた。
 どっちが上で下かもわからない状態で水の中から出られずにあたしは意識が遠のき始める。手だけは離しちゃいけないとそれだけしか考えなかった。それでも手から力が抜け始め、モニカとはぐれそうになる。
 いくら離したくないと念じても手に力が入らない。もうダメだと思った。


 がしっと体を何かに掴まれる。閉じかけていた目を開けると、ラクサスがあたしとモニカを抱えていた。
 あたしはラクサスに抱えられたまま水面に顔を出す。ようやくできた呼吸に咳き込んでいると、アリエスが「すみませーん!」と叫びながら綿を伸ばしてくれた。
 ラクサスに押し上げられその綿に乗り、今度はラクサスとモニカを綿の上に引っ張り上げる。あたしたちに襲い掛かろうとする水はナツを始め、みんながけん制してくれていた。

「ラクサスありがとう。アリエスも助かったわ」

 アリエスははにかみ、もじもじしながら星霊界へ戻った。ラクサスは一度頷いたけれど、腕に抱えたモニカを見下ろすと黙り込む。モニカは辛うじて呼吸をしている様子だった。

「早くここから離れましょ!」
「ああ」

 そう言ってあたしとラクサスが足を一歩踏み出した瞬間、ぱしゃっと音を立て、モニカの体が水へと変化して弾けた。モニカだった水はラクサスの腕を伝い地面に零れる。
 あたしもラクサスも突然の事にただ濡れた地面を見つめた。何が起きたのか上手く理解ができない。確かにあたしはモニカの腕を掴んだはずで、ラクサスはしっかりとモニカを腕に抱いていた。

「モニカ……?」

 呆然と自分の腕を見下ろすラクサスの震えた声にあたしは目にじわりと涙が滲み始めた。さっきまで呼吸していたのに。助けたと思ったのに。

「モニカは!?」

 水の攻撃を掻い潜りあたしたちに近づいてきたエルザにあたしは口を開きかけたけど、言葉につまって何も言えなかった。かわりに涙がぼろぼろと零れてくる。

「いったい何が?どうしたんだ?」

 エルザはラクサスに向き直る。ラクサスはまだ呆然としたまま濡れた腕を見つめて、なにかを言おうとした。
 その時、地面が揺れる。ざばざばと大きな音を立てて一際大きな水の柱が立ち上ってきた。
 地面の揺れが収まるとその水の柱から人が現れる。その人は体をすっぽりと覆うマントをはおり、フードを深く被っていた。

「先ほどから騒がしい」

 その人が鬱陶しそうにそう言った。声は男だけれど、フードのせいで顔は見えない。

「てめぇ誰だ!モニカを傷つけたのはお前か!?」

 ナツが真っ先にそう叫んだ。湖からハッピーに引き上げられる姿はいまいち決まっていなかったものの、その表情には怒りが滲んでいた。

「モニカ……?ああ、水竜の力を持つ女か?」

 あたしたちに緊張が走った。
 こいつがモニカを傷つけたんだ。 絶対に許さない。絶対にモニカを返してもらう!
 拳を握りしめるあたしの横でラクサスはバリバリと音を立てて体に電流をまとっていた。エルザも剣をかまえ、空を飛ぶナツも、雷神衆も、グレイも、ウェンディもシャルルも、全員が臨戦態勢になる。

「あの女なら既にこの湖の水に溶けている。肉体はもはやない」
「ふざけんな!仲間を返しやがれ!!」

 ナツが殴り掛かった。その拳は水の柱に阻まれ届かなかったけれど、ナツの炎によって起きた熱風でフードが脱げる。フードの下から現れたのは、両目の下に黒い隈がある不健康そうな男だった。無気力そうな眼をしているのに、あたしたちを水の柱の上から不敵な笑みで見下ろしてくる。

「無駄だ。あの女の魔力は私が吸収した」
「てめぇ!」

 再びナツが男に向かっていくのを合図に、グレイやラクサスたちも飛び出した。ウェンディの付加を受け、みんなが男に向かう。男はそんなみんなからの攻撃をせせら笑いながらいなしていた。
 それでもグレイが湖へ両手をつけ、凍らせていく。湖の全てを凍らせる勢いで男が立っている水の柱も凍らせた。あたしたちはそれを足場にして駆けていく。グレイの氷を突き破って出てきた水の柱は雷神衆が迎え撃ち、飛び散る水飛沫で視界が悪くなってもあたしたちは足を止めなかった。
 炎の拳で殴り掛かったナツは男の手から出てきた水流に押し流され、あたしが鞭で男の両足をとらえた隙にエルザが切り込んだ。でもそれは氷の足場が破壊されたことでかわされてしまう。あたしはエルザと一緒に湖へ落ちながらも男を睨みつけた。
 その視界の隅にラクサスの姿が映る。ラクサスは男が立っている水の柱へ拳を突き入れ、電流を流した。まるで水中に雷が落ちたかのように見えたそれは水を伝い、男が悲鳴を上げる。もちろん水の中にいたあたしもその電流をくらった。
 ちゃっかり耐雷の鎧に換装していたエルザに文句を言いながら陸まで担いでもらう。痛みは強めの静電気程度だけれど、それを全身にくらってしまえば痺れもあって全然動けなかった。