04

 エルザに支えられながら水から出たあたしは地面の上に仰向けになり、荒い呼吸を繰り返した。あたしと一緒に水の中でラクサスの雷をくらったはずのエルザは、鎧に守られたとはいえその鎧のまま泳いだというのにもう立ち上がっていた。

「男はどこだ!?」
「湖に落ちたわ!」

 エルザの声にエバーグリーンが応える。男はまだ湖の中から出てきていないようだった。
 呼吸が落ち着き始め、電気による体の痺れもなくなり、あたしはようやく立ち上がった。けど、大きな地面に揺れに地面に尻もちをつく。

「なんなの?」

 地面に打ち付けたお尻を擦りながらもう一度立ち上がり、湖に目を向ける。静かに水が引いていくのが見えた。
 何が起きるのかとみんなが身構える。誰も話さず、ただ水の音だけが聞こえる時間が過ぎた。痺れを切らしたらしいナツが一歩、湖へ向かって足を踏み出す。まるでそれを待っていたかのように大きく水が立ち昇った。

「騒がしいばかりか邪魔をするとは」

 豪雨のように降り注ぐ水滴に視界を邪魔されながらもフードの男が水の上に立っているのが見えた。しかも男が手を振ると水がうねり、何かを形作っていく。

「奴になにもさせるな!」

 エルザが叫び、あたしたちは駆け出す。でもいくら攻撃をしようと水が阻んで男には届かない。グレイが水を凍らせようと、ウェンディが水を吹き飛ばそうと、ナツが水を蒸発させようと、巨大な湖の水の全てをどうにかできるはずもなかった。男は無尽蔵に水を操り、あたしたちを追い詰める。
 水に流されて地面に叩きつけられ、その衝撃と息苦しさにせき込む。それを繰り返して、あたしは何の役にも立てない。ついに形作られた湖の水は動きを止めた。

「そんな……」

 あたしは目の前のそれに息をのんだ。

「どうして……」

 ウェンディもそれを見上げながら口元を覆う。他のみんなも呆然とした様子で目を見開いていた。
 男は湖の水のほぼ全てを使って、水竜を作り上げた。大きな角、翼はなく蛇にも似ている。鋭い爪のついた足もない。代わりに大きなヒレがあった。
 水竜は日の光できらきらと輝き、モニカを傷つけた男が上に乗っていなければ見とれていたと思う。でも男が水竜の上で高笑いしていることにあたしは怒りが湧いて爆発してしまいそうだった。

「それはモニカの魔力か!」
「モニカから魔水晶奪ったってことかよ!」
「許さないわ!モニカを返しなさいよ!」

 フリード、ビッグスロー、エバーグリーンがそれぞれ男に向かって叫ぶ。男はそれを嘲笑った。水竜は水でできた長い尾で三人を弾き飛ばす。その時、水竜のちょうど胸のあたりにある魔水晶がキラリと光った。

「あそこ!水竜の魔水晶がある!」

 あたしは水竜を指差す。きっとあれを奪い返せば男が水竜を操ることは出来なくなる。
 みんなも同じことを考えたようで、一気に臨戦態勢になった。けど、雷鳴の轟きにあたしは思わず小さく悲鳴を上げて身をすくませた。
 恐る恐る後ろを振り返ると、全身から雷を放電しているラクサスが立っている。あたしはラクサスに道を譲るように後ずさった。他のみんなも、ナツでさえ黙ってラクサスを見守っている。

「幾人もの水を操る魔導士から集めた魔力だ。お前らごときがかなうはずがない」
「黙れ」

 威圧感のある怒りに満ちたラクサスの声にあたしまで震え上がった。男も流石に怯んだのか、何かを言おうとして言葉につまる。ラクサスはそんなことを気にした様子もなく、拳を握りしめ、水竜へ振り上げた。
 あまりの雷光の眩しさにあたしは目をつぶった。耳をつんざくような雷の轟きに両手で耳も塞ぐ。次の瞬間には水の弾ける音がして、降り注いできた水に押されて倒れそうになった。どうにかよろめきつつも耐え、水が止んだところで顔を上げる。
 水竜は跡形もなく、男は水がなくなりほとんど干からびている湖の上に落下していた。男は諦めていないようで、空中で腕を振り上げる。すかさずナツが飛び出し、男が何かする前に殴り飛ばした。

「モニカはどこにいんだよ!」
「水竜の魔導士はもういない!」
「どういうことだよ!」

 殴り飛ばされ地面に叩きつけられた男の胸倉を鷲掴み、ナツは怒鳴った。男がナツの手から逃れようともがくほどナツは腕に力を込めていく。
 それを見かねたグレイがナツと男の間に割って入り、氷で拘束した。

「落ち着け、ナツ」
「落ち着いていられるかよ!」
「そうよ!こんな奴、石にしてやるわ!」
「やめないか!」

 ナツに加えて雷神衆までもが男を取り囲み始め、エルザが止めに入る。あたしは不安そうな表情のウェンディと顔を見合わせた。

「ルーシィ、ラクサス。お前たちはモニカを救出したはずだろう?」

 エルザの言葉にみんながいっせいにあたしとラクサスへ目を向けた。あたしはなんて言っていいのかわからず、顔を伏せる。脳裏にはモニカが水になって流れていく瞬間が浮かんできた。

「モニカは……」
「死んだ」

 言葉に詰まったあたしの続きをラクサスが冷たく言い放った。

「そんな、まだわからないじゃない!」

 信じたくないあたしの叫びをラクサスはただ静かに首を振って否定する。誰かが息をのむ音が聞こえた。

「見ただろ。モニカが水になって弾けるところを」
「でも、でも……!」

 否定したいのに出来ないあたしを見て、みんなもただならぬことが起きたとわかったらしい。ナツは再び拘束されたままの男に詰め寄った。殴りかかりそうな勢いにハッピーが背中を引っ張ってどうにか止めている。さっきはナツを止めていたグレイもナツと一緒になって男の胸倉を掴んでいた。ウェンディは泣き出し、シャルルも言葉なくうなだれ、エルザは表情は見えないものの、拳を強く握りしめていた。
 一番動揺していたのは雷神衆だった。エバーグリーンは「嘘よ!」と叫んでその場に崩れ落ちる。フリードとビッグスローはモニカの名を呼びながら周辺を探し始めた。ラクサスは力なく握っている水竜の魔水晶を見下ろしている。あたしも溢れてくる涙をこらえなれなかった。
 けど、あたしたちが悲しみに暮れる暇はなかった。大きく地面が揺れたかと思えば、地面に水たまりを作っていた湖の水が球体になり宙に浮かび上がる。水はあたしたちの頭上に集まり再び水竜を形作り始めていた。

「お前まだやる気かよ!いい加減にしろ!」
「何もしていない!魔力が暴走しているんだ!」
「どいてナツ!石にしてやるわ!」

 エバーグリーンは眼鏡を外して本当に男を石にしてしまった。それでも水は動き続けている。男の言った魔力の暴走というのは本当のことだったらしい。
 地面やあたしたちの服に染みていた水までもが水竜に吸収されて、あたしたちが最初にみたのとほとんど同じ大きさになった。濡れていた服が乾いたことに喜ぶ余裕もない。

「操ってる人間がいないなんて、どうしたらいいのよ。ほらウェンディ!しっかりしなさい!」

 シャルルが困惑しながらもウェンディを叱責し立ち上がらせる。でもあたしたちの誰も、制御を失った水竜をどうすればいいのかわからなかった。

「ラクサス、もう一度破壊できるか?」
「いや……再生するならいくらやっても無駄だ。だから、こうする」

 フリードの問いにラクサスは手に持っていた魔水晶を握り潰した。バキッと音を立てて砕かれた魔水晶の欠片が地面に落ちていく。
 躊躇もなかったその行動にあたしは目を見開き、言葉を失った。

「これが魔力の根源ならなくなっちまえばアレも消えるはずだ」

 モニカの魔法の源なのに壊してよかったのか、それを壊すのはモニカが死んだことを認めることになるんじゃないかとか、いろんな言葉が口から出かかって、でもあたしは何も言えないままでいた。ラクサスがあまりにも悲しんでいるように見えたから。他のみんなも何も言わなかった。
 ラクサスの言った通り、水竜の形は歪み始め集まった水が落ち始める。塊で落ちてくる水に潰されないようあたしたちは湖から離れるため走り出した。

「町に戻ろう!あそこも危険かもしれん!」

 エルザが先導し、みんながそれを追うように走り出す。石にされた男はビッグスローの魔法で運ばれていた。
 でも、宙に浮いていた水竜の全てが地面に落ちて、大きな波になった水はあっという間にあたしたちを飲み込んだ。