05

 冷たい水にのまれ、どちらが上かもわからないまま流されていく。握りしめていたはずの魔水晶の欠片はいつの間にかなくなっていた。こんなことになるなら砕かない方がよかっただろう。それでもモニカの魔力がわけのわからないことに使われ続けるのは許しがたかった。

「……サス……ラクサス……」

 微かに聞こえてきた声にうっすらと目を開ける。とてもじゃないが水の流れが速すぎて、薄く目を開けるのさえままならずそれ以上は目を開けなかった。

「ラクサス」

 それでも目の前にモニカがいるのがわかった。驚いて息を吐いてしまい、苦しさに顔が歪む。もう息がもたない。
 モニカは微笑みながら俺の頬に両手を添えた。変わらず冷たい水の中で流され続けているはずなのに、モニカに触れられている頬だけがあたたかい。
 ふと、先ほどまでの息苦しさを感じなくなったことに気が付いた。
 モニカは微笑んだまま俺の頬から手を放す。そのままどこかへ行ってしまいそうな予感に俺は咄嗟に腕を伸ばした。

「モニカ!」

 がばりと起き上がる。目の前にいたはずのモニカはいない。どういうことなのか混乱しながら周囲を見渡せば、近くに妖精の尻尾のメンバーが倒れていた。慌てて一番近くにいたフリードの呼吸を確かめる。生きている。よくよく他のメンバーを見てみると全員が穏やかに寝息を立てていた。
 全員が生きていることに安堵しつつ、俺は立ち上がりもう一度辺りを見回す。流されていたはずだが、どうしてか湖の淵に戻ってきていた。しかも湖の水は全て水竜となっていたが、今は何事もなかったように穏やかに波うっている。

「モニカ」

 湖へ呼びかけても何も起こらない。それでも確かに水の中でモニカに助けられたのだと確信があった。
 もう一度、湖に向かって名前を呼ぶ。風と水の音の音だけが聞こえてきた。しばらくそれに耳を傾けていると、背後で誰かが身じろぐ気配がして俺は振り返る。



・ ・ ・


 あれから3日が経った。まだモニカは見つかっていない。
 あたしたちは全員が水にのまれた後、湖の畔で目を覚ました。水の中でモニカが手を差し伸べてくれて、その手を取ったとみんなが口をそろえて言っていた。もちろん、あたしも。絶対にモニカがあたしたちみんなを助けてくれたんだと思う。
 目を覚ましてすぐにみんなでモニカを探したけど、見つけることはできなかった。しかも近くの町の人の通報で評議院の軍隊ルーンナイトに取り囲まれて、何時間も事情聴取を受けることに。
 エバーグリーンの魔法で石にされたままだった男はその時にルーンナイトに引き渡した。あとからマスターが評議会に確認してくれたんだけど、あの男は水の魔法で世界を滅ぼすつもりだったらしい。そのために魔法をかけた依頼書で催眠をかけて、多くの水を操る魔導士の魔力を奪っていた。モニカだけじゃなくてジュビアまでも狙われていたかもしれない。計画がバカバカし過ぎてあたしは笑うことも出来なかった。
 それに近くの町に術式で人々の認識を書き換えていて、もう何年もあの湖を拠点にしていたらしい。術式が消え去ったあと、町の人たちは自分たちのおぼろげな記憶に混乱していた。、
 ただ、あたしたちには男の目的なんてどうでもよくてただただモニカに戻ってきて欲しかった。ラクサスや雷神衆の落ち込みようはとんでもなくて……だからってわけでもないけど、あたしたち妖精の尻尾は今も湖でモニカを探している。ギルドの全員はさすがに来られないけど、それでもでもメンバーの半分はモニカの捜索をしていた。
 評議会には現実を受け止めろなんて言われたけど、生きている証拠も死んでいる証拠もないのに死んだなんて思えない。あたしたちはもちろん反発した。それがあまりにも強烈だったからか、悪さをしようとしていた男を倒したからか、一応評議会はあたしたちが捜索しやすいようにって少しだけ力を貸してくれた。
 モニカが助けてくれたんだから、絶対どこかにいる。助けてくれたお礼も伝えたい。必ず見つけてみせる。

「ピクシスは湖を指してたんだけど……」
「でもジュビアは湖の隅々まで探しました……見つかるのは魔水晶の欠片だけ」

 そう言ってジュビアは持っていた水竜の魔水晶の欠片を手のひらにのせる。ラクサスが砕いた魔水晶の欠片はほとんどが集まっているのにモニカはどこにも見あたらなかった。
 それにモニカが惑わされた依頼書に書いてあった湖の底にある古代遺物も見つからない。魔導士を呼び出すための男の嘘だろうって結論にはなったけど、本当のところはわからない。

「やっぱり湖にはいない……?でも近くの町にもいないし、ここから隣の町まで歩いて行くなんてできる?」
「数日かけて行けばたどり着けるでしょうが、日夜捜索が続いている中誰の目にも触れないのはおかしいです」
「それにあたしたちが見たときの怪我がそのままだったら立つのだって無理じゃない?いくら治癒魔法が使えても完治までは……」

 そうだよねぇとあたしとジュビアは頭を抱える。いくら湖が巨大といえど、何も見つからないんじゃ……と気分が暗くなり始めた。

「みんなー!大変だよ!」

 その時、空からハッピーの声がしてあたしは顔を上げた。焦った様子のハッピーに何事かとみんなが集まってくる。
 ハッピーはシャルルとウェンディと一緒に空から湖と周辺の様子を見に行っていた。でもシャルルとウェンディの姿はない。

「何事だ」

 現場の指揮を取っていたエルザがハッピーに問いかける。ハッピーは困り顔で口を開いた。

「湖の反対側に小さな村があったんだ。そこにモニカがいるかもしれない」

 しんっとその場が静まりかえる。次の瞬間、ラクサスと雷神衆は雷とともに姿を消した。
 それが合図だったかのようにあたしたちもいっせいに動き始める。

「オレたちも行くぞハッピー!」
「あい!シャルルとウェンディが今ごろモニカに会ってるはずだよ!」

 湖に潜ってモニカを探していたナツはびしょ濡れのままハッピーと一緒に飛んで行った。ジュビアはグレイを抱えて湖に飛び込む。みんなはそれぞれの方法で湖畔の村を目指し始めた。

「私たちも行くぞ!」
「行くけど!行くけど待って!」

 あたしは駆け出したエルザを追うように走り出す。湖の反対側に行くために、湖を迂回していくしか方法はない。でもこんなに大きな湖を迂回するなんて日が暮れてしまいそうだった。
 グレイに湖を凍らせてもらえばよかった!今からでももっと早く、もっと楽にたどり着ける方法はないか考えてみても何も思いつかないし、便利な魔法をつかうメンバーはすでに誰もいなくなっている。あたしは心の中で泣きながら走り続けた。


・ ・ ・


 ハッピーが言っていた湖畔の村にたどり着いたのはすでに日が暮れた後だった。走り続けてへとへとになりながらあたしは先についていたみんなと合流する。みんなは小さな小屋の前に集まっていた。

「モニカは……いた……?」

 疲れから弱弱しい声しか出ない。すぐにでもベッドに倒れこみたい気持ちをぐっと抑えながらみんなの顔を順に見ると、全員が険しい顔をしていた。その異様な雰囲気にあたしは疲れも忘れて、一番先にこの村にいただろうウェンディに歩み寄った。

「ねえ、みんなどうしたの?モニカは?」

 ウェンディは今にも泣き出しそうな表情で一度シャルルと顔を見合わせた。シャルルも辛そうな表情で、あたしは悪い予感に心臓がばくばくと音を立て始める。

「モニカに何かあったの?ねえ!ラクサスは…?ここに来てるはずでしょ?」
「ラクサスは中よ。今、モニカに会ってるわ」

 シャルルが目の前の小屋を指差す。窓にはカーテンが引かれていて中の様子はわからなかった。
 モニカとラクサスが会っているならどうしてみんなが悲しげなのかわからず、あたしは黙ったままでいるナツとグレイを振り返った。

「雷神衆は?ラクサスと一緒にいたはずでしょ?」
「マスターに報告するって先にギルドに戻った」
「ポーリシュカさんにも協力してもらう必要があるからな」
「え?」

 ナツとグレイの言葉にあたしは目を見開く。それほどまでにモニカの怪我は酷いのかもしれない。だからみんな小屋に入らずに外で待っているのかも。

「じゃ、じゃあモニカはとりあえず無事ってことよね?」
「生きてはいる。ただ……」
「ただなんだ?」

 あたしと一緒に走ってきたエルザが煮え切らないグレイたちを睨みつける。

「会った方が早いわよ」

 どこか冷たく感じるシャルルの声にあたしとエルザは顔を見合わせる。そう言うならとあたしは小屋の扉に手をかけた。
 扉を開けた途端、消毒液の臭いが鼻をついた。ベッドの上におそらくモニカが寝かされているけど、横に立っているラクサスの背中でモニカの顔は見えない。小屋の中にはいたるところに薬や包帯が置かれていた。それらがランプの光に照らされて異様な雰囲気を作り出している。
 あたしが小屋の中に入り、続いて入ってきたエルザが扉を閉める。するとラクサスがあたしたちを振り返った。

「……モニカはどうだ?」

 エルザの問いにラクサスは視線でベッドの上を指した。
 あたしはエルザに続いてベッドの覗き込む。そこでモニカは眠っていた。でもあたしはその姿に息を飲む。
 モニカは数日前、湖で見つけた時と同じ怪我を負っていた。包帯が全身に巻かれ治療されているものの、胸の魔水晶が抉られたところにはまだ血が滲んでいる。

「モニカ……」
「酷いな……これは」
「ああ。でも生きてる」

 ラクサスの噛み締めるような言葉にあたしとエルザは静かに頷いた。