07

 あれから私は毎日のようにエバに妖精の尻尾のギルドへ連れて行ってもらい、記憶が戻らないままの生活にも慣れてきていた。前の私は魔法が使えたらしいけれど今は使えないので酒場で働かせてもらっている。ギルドはいつも騒がしいけれどそれが記憶が戻らない不安を吹き飛ばしてくれていた。
 ギルドのみんなは私に優しくて親切でよく昔の話をしてくれた。私はその話を全く覚えていないし、思い出せもしないけれど、それでも面白おかしく話してくれて聞いているだけで楽しかった。
 そんなギルドでよく一緒にいてくれるのは雷神衆と呼ばれているエバとフリード、そしてビッグスローだった。雷神衆はラクサス親衛隊で、前は私もよく一緒に行動していたらしい。3人は私にとてもよくしてくれるけれど、ラクサスとは距離がある。きっと今と前の私が違い過ぎるからだと思う。

「はい、ルーシィお待たせ」
「ありがとう!」

 ルーシィが注文していたケーキをテーブルに置くと、ひょこりとハッピーが頭をのぞかせた。それにルーシィも気が付いたらしく「あげないわよ」と腕でケーキを守る。

「え〜じゃあオイラお魚注文する!」
「いつもの生魚?」
「うん!」

 私は頷き、注文を伝えるためカウンターに戻る。そこではミラがにこにこと笑っていた。

「ミラ、ハッピーにいつものお魚ひとつ」
「わかったわ。ふふ、モニカもすっかり慣れたわね」
「みんなのおかげだよ」

 その時、別のテーブルから「モニカちゃーん」「注文頼むー!」と声がかかる。私は笑顔で応じ、小走りでそのテーブルまで向かった。

「お待たせしました」

 そのテーブルのお客さんはマグノリアの街の人たちで、すでに何杯かお酒を飲んでいるのか酔っぱらっているようだった。私はお酒の追加の注文を受け、メモに書き込んでいく。

「いやぁ相変わらずモニカちゃんはかわいいなぁ」
「やめとけって。ラクサスに殴られるぞ」

 あははっと声を出して笑っているお客さんたちの会話に私はメモを書く手が止まる。

「どうしてラクサスが……?」
「んん?おお、そうかモニカちゃん色々あったんだってな」
「いいか、ラクサスは……」
「そこまでだ。これ以上余計なことを言うのならラクサスが殴る前に俺が……」

 お客さんたちの会話を遮ったのはフリードだった。仕事に行っていたはずのフリードの登場に私は首を傾げる。ラクサスや他の雷神衆も帰ってきているのだろうか。

「悪かったよ!」
「ラクサスには内緒な〜!」

 酔っぱらっているお客さんにはフリードの凄みは効かなかったらしい。ずっと笑っているお客さんにフリードはため息をつくと、私に向かいなおった。

「モニカ、今日は検診の日じゃなかったのか」
「あっ!」
「早く行った方がいい」

 私は急いで残りの注文をメモし、それをカウンターのミラに渡す。そしてそのまま検診があることを伝え仕事を抜けさせてもらった。
 ポーリュシカさんは、腕は確かだけれど人間嫌いで、しかも時間に厳しい。急いで行かなくちゃと私はようやく迷わなくなった街の中を走って行った。


・ ・ ・


 ギルドから飛び出していくモニカの背中を見送っていると、ニヤニヤと笑うエバとビックスローが視界に入ってきた。それを無視して視線をそらす。

「心配なら検診について行けばいいじゃねえか」
「そうよ。検診の日は毎回早々に仕事を切り上げて帰ってくるんだから」
「……うるせぇ」

 素っ気なく答えようが、エバとビックスローはくすくすと笑い俺の顔を見つめてきた。

「エバとビックスローの言う通りだ。それに絡まれているのが気に食わないなら自分で止めに入ればよかっただろう」

 今度は酔っ払いをあしらってきたフリードからの小言だった。こいつらは前からもそうだったがモニカが記憶を失くしてからは余計に小言が増えている。俺が眉間にしわを寄せようとおかまいなしだ。

「前はモニカの方から来てくれていたものね」
「だからって待ってるだけじゃなぁ」
「こういう状況だからこそラクサスの方から歩み寄るべきなんじゃないか」

 3人の言う通り、今まで近くにいたモニカが傍にいないのは不思議な感じだった。明るさを取り戻しつつあるが、些細な仕草や反応の違いが分かるからこそ、記憶の中のモニカと比べてしまう。
 だから俺の方から寄っていくわけにはいかない。記憶の中のモニカを探して今のモニカを傷つけるのは本望じゃなかった。

「……寂しいわね、ラクサス」

 エバの静かな声がすとんと胸に落ちる。そうか、これは寂しいのか。

「……そうだな」

 俺は小さく頷き、天井を仰いだ。


・ ・ ・


 ポーリュシカさんの険しい顔に私は息を飲んだ。まさか私の怪我は深刻なのだろうかと心配になる。

「胸のとこの傷はまだ完治していない。このまま経過観察だね。他はもう大丈夫だろう」
「よかったです」
「いいもんかい。胸のとこは治っても跡が残るよ」

 ほっと息を吐いたものの、すぐさま鋭い言葉が飛んできて私は苦笑し、ポーリュシカさんが巻きなおしてくれた包帯の上から胸の傷を撫でる。これは私の体内にあった水竜の魔水晶が無理やり抉られた傷だと、目が覚めた時に教えてもらった。いまだに私は自分が滅竜魔導士だったことは信じられない。

「そういえばマカロフの孫はどうしたんだい」
「孫?」

 私はギルドの人たちの顔を順に頭に思い浮かべていく。けれどマスターの孫が誰なのかわからない。これも記憶を失くしてしまったからだと思うと少し悲しかった。

「ラクサスだよ。あんたの幼馴染さ」
「えっ!?」
「なんだい、聞いてなかったのかい」

 「呆れるよまったく」とぼやきながらポーリュシカさんは検診につかった器機を片付け始める。私はその姿をぼんやりと眺めながらラクサスと私が幼馴染であることを心の中で反復していた。
 でもそんなことはラクサスも、他の誰も教えてはくれなかった。もしかしたら今日酒場でお客さんたちが言いかけていたのはそのことなのかもしれない。

「私……記憶は戻らないんでしょうか」
「こればかりは何とも言えないね。あんたは体内の魔水晶を無理やり取り出されて瀕死の状態にされた挙句、魔力まで持っていかれたんだ。体がショックを受けて不調を起こすのも仕方ない」
「でも、思い出したいんです。自分のこと、みんなのこと」
「……気長に待つしかないね。何がきっかけになるかも予測できない」

 戻らないかもしれないと言外に言われたような気持で私は視線を足元に落とす。ポーリュシカさんは暗い空気を振り払うように咳ばらいをした。

「とにかく、ラクサスに検診結果を後から聞きに来るぐらいなら一緒に来いって伝えといてくれ」
「え?私の検診結果ってことですか?」
「そうだよ。あいつはなにを恥ずかしがっているんだか……」

 ラクサスは私が迷子になったときに話したきり、今はあまり話をしなくなっていた。記憶を失くした私が気に入らないのだと思っていたけれど、幼馴染というなら私の思い込みでもなく本当にそう思われているのかも。
 だから私はラクサスのことを考えると胸の奥がざわざわするのだろうか。よくわからないまま、私はポーリュシカさんに「いつまでいるんだい!」と追い出されるようにして帰路についた。
 ギルドへ向かって歩いている時、正面から見慣れた顔が私に手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。手を振っているのはナツとハッピーだ。その後ろにはナツを追いかけているルーシィの姿も見える。

「おーい!モニカ!一緒に仕事行こう!」
「え?」
「じっちゃんもいいって言ってたしな!行こうぜ!」
「オイラが簡単な仕事探してきたんだ」

 ナツにばしばしと肩を叩かれ、ハッピーからは仕事の依頼書をぐいぐいと差し出され、状況がよく呑み込めていない私は困惑するばかりだった。そこにルーシィが息を切らしながらようやく追いつく。

「先走りすぎよ!ちゃんと説明しなきゃモニカだって困るでしょ」
「わりぃわりぃ!」
「モニカと仕事に行くなんて滅多にないからね。ナツもオイラも張り切っちゃった」

 ナツもハッピーも照れくさそうに頭を掻きながら私から離れる。一息ついた私に改めてルーシィがことの次第を説明してくれた。
 仕事が記憶を取り戻すきっかけになり得るかもしれないこと、マスターも賛成してくれたこと、ちょうど手軽な依頼がきていたこと。私はこうして私のことを考えてくれたことに感動して、「行く!」と即答した。
 ナツたちは嬉しそうに笑って、私の腕を掴むとさっそく駅の方へ向かい始めた。まさか今から行くとは思わなかったけれど、簡単な仕事で依頼主が必要なものを用意してくれるという。まあナツたちが一緒にいれば大丈夫だろうと私は深く考えずについて行くことにした。