轟いた雷鳴の音に目を開けた。体には雨が打ち付け、すでに全身がびっしょりと濡れているようだった。
私は濡れた不快感と、頭を殴られたような痛みに呻きながら体をよじる。その時、誰かに体を抱えられていることに気が付いた。
「え……?」
私を脇に抱える人物を見上げるとフードを被り、目の下に濃い隈がある男と目が合う。見覚えがあるようなその顔を凝視した。それでもこの男が誰なのかわからない。
確か、私はナツたちと簡単な依頼のために街を出たはずだった。馬車に乗るのを拒んだナツのために次の街までは歩いて行こうと森に入って、それから誰かに襲われて……。
「モニカ!」
今度は声が聞こえた方へ目を向けた。私を抱えた男は水を足場にして、地面からはかなり高い場所に立っている。それでも湖の淵に立ち、私の名前を呼んだナツの姿はすぐにわかった。隣にラクサスがいることも。
そうだ、森に入ってすぐに何者かに襲われて、ルーシィは闇ギルドかもって言っていた。私はナツたちが戦っている間にハッピーに逃がしてもらったけれど、隙をつかれて後ろから殴られて気絶したんだ。
「モニカ!!」
ナツに続いてラクサスが私の名前を叫ぶ。私は男の腕から逃れようともがきながら「ラクサス!」と叫び返した。
「大人しくしろ。お前は今度こそその血肉までもこの水に吸収され私の魔力となる」
「何言ってるのか全然わからない!」
地上ではナツたちも不気味な男へ文句を言っている。その中にルーシィとハッピーの姿も見え、私は少しだけ安心した。
「離して!」
そう叫んだ瞬間、男の拘束が解けて私は宙に放り出された。突然のことに驚き、目を見開く。時間がゆっくりになったような感覚の中で私は同じように目を見開いたラクサスと目が合う。ラクサスは地面を蹴り、私に手を伸ばしていた。
私もラクサスに手を伸ばしたものの、それは届かずに終わる。ラクサスは湖から柱のように立ち昇った水に弾かれ、私は音を立てて湖に落ちた。魔力を孕んだ湖の水は私の体にまとわりつき、気持ちが悪かった。水面を目指そうにも水が私の体を湖の底へと引き込もうとする。もがいてももがいても体は沈むばかりだ。ついに息が続かなくなり、意識が遠のいていく。
その時、水中にも届くほどの轟音が鳴り響いた。空気を振動させ、その振動が水を揺らし、私にも届く。水面は強い光に照らされ真っ白に見えた。
それが雷だとわかったのはもう一度同じ轟音が響き、水面が白くなった瞬間だった。水中にいてもビリビリと体が痺れるような錯覚に、頭にはラクサスの顔が浮かんでくる。そうして頭の中のラクサスが「モニカ」と優しい声音で私の名前を呼んだ。
・・・
モニカが連れていかれたとハッピーが泣きながら叫んだ時、あたしとナツの目の前にいた男たちが消えた。正確には水になって地面に落ち、そのまま染みになった。
「え、なに!?どういうこと!?」
「モニカ!どこだ!モニカ!!」
「ふたりとも落ち着いてよ!モニカはあのローブの男に連れていかれたんだ!早く助けに行かないと死んじゃうよ!」
あたしたちはパニックになったけれど、ハッピーの涙ながらの言葉に少しだけ冷静さを取り戻した。ハッピーは一緒にいたのに目の前でモニカを連れ去られた自責の念から泣いてはいたけれど、絶対に助けると力強く目が語っている。
あたしとナツは頷きあい、とにかく急いで妖精の尻尾へ戻りマスターへ起きたことを伝えた。マスターや周りで聞いていたみんなは怒りに震え、とくにラクサスや雷神衆からは表情が抜け落ちて、その怒気だけで人が殺せそうだった。
「モニカを連れて行ったのは前に湖で戦ったローブの男だったよ!」
「逮捕されたはずだろ!?」
「あの湖へ連れて行ったってこと?」
「でもここからじゃあの湖まで数日はかかるぞ」
「お前たち静かにせんか!ここで慌ててもモニカは救えん!」
ざわざわと騒がしいギルドはマスターの一言で静まり返った。誰もがモニカを心配していて、助けたくて、でも冷静になろうと何かを言いたげな口を必死に閉じている。
「ミラ、書庫から魔導書を持ってきてくれんか。あの一番古びた分厚いやつじゃ」
「え、でもあれは……わかりました」
ミラさんは何か言いたげだったけれど一瞬だけ考え込み、すぐに書庫に向かって駆け出した。ミラさんと入れ替わるようにエルザがマスターの横に立った。その表情に曇りはない。けど、何かが気になるのかマスターに「いいのですか?」と念を押すように確認している。
「どこに連れ去られたかもわからんからな。今はこれしか方法が思い浮かばん」
「ですがモニカは未だ記憶を失っています」
「それが心配じゃが……」
「なにしようってんだよ!じっちゃん!」
マスターとエルザが真剣に話ているのに何のことなのかさっぱりわからない。そのことに痺れを切らしたのはナツだった。ナツはマスターへ今にも飛びかかりそうだ。そこへ大きな本を胸に抱えたミラさんが戻ってきた。
「持ってきました!」
マスターはミラさんから古びた魔導書を受け取り、色あせた表紙をめくる。表紙に刻まれていた妖精の尻尾の紋章だけがまだはっきりと残っているのが印象的だった。
「これは初代マスターが書き残した魔導書じゃ。もちろん載っていない魔法もあるが……今はこの転送魔法を使う」
「それって他の転送魔法とは違うんですか?」
興味津々でマスターへ問いかけたのはレヴィちゃんだった。他の仲間たちも興味深そうにマスターの手元にある本に目を向けている。
「この転送魔法は妖精の尻尾の証を持つ者のところへ人や物を送ることができる。じゃが莫大な魔力が必要な割に送れるものは少ない。初代も一度使ったきり使うことはなかったと書かれておる」
「それでモニカとこ行けんなら早く行こうぜ!」
ナツは飛びつくようにして本を覗き込んだ。けれどすぐ横にいたエルザに力づくで本から引き離される。
「待て、ナツ!マスターが言っていただろう。送れる者は限られるんだ」
「だからオレが行く!一緒にいたのに守れなかった!」
ナツが険しい顔で叫んだ。
そう、あたしたちが任務に誘って一緒にいたはずなのに油断したせいでモニカが連れ去られた。今どんなことをされているかもわからない。
あたしは一歩前に出て「あたしも!」と叫ぶ。ハッピーも「オイラも!」と続けた。
「……マスター、ここにいるギルドメンバーの魔力でナツたちなら送れるでしょうか」
「おいナツ!送ってやるからちゃんと助けてこいよ!」
「当たり前だ!」
あたしたちの想いを汲んでくれたエルザがマスターに向き直る。その傍ではナツとグレイがいつものじゃれあいを始めていた。
「俺も連れていけ」
ざわざわと騒がしくなり始めたギルドに低い声が響いた。その声の主、ラクサスがマスターの前に歩み出る。マスターは文句は言わなかったけれど、「言うと思ったわい。じゃが送るための魔力が足りるかどうか」と顔をしかめた。そこに飛び出してきたのは雷神衆で、3人は魔力が尽きようとラクサスをモニカの元に送ると息巻いている。そんな雷神衆に引っ張られるように、エルフマンやグレイを筆頭にみんなも絶対に送り届けると雄たけびを上げた。
「お前たち静まれぇい!」
大騒ぎになったギルドでマスターが一喝する。あたしたちはすぐに口を閉じた。
「家族が傷つけられて黙ってはいられん!これより妖精の尻尾の全魔力でナツたちを必ずモニカの元へ送る!」
あたしたちは雄たけびのような声でマスターに応える。マスターは一度頷くと、再び口を開いた。
「じゃがモニカはまだ記憶が戻らん。ギルドの紋章があるとはいえ、転送魔法が正しく発動するかもわからん!」
あたしはマスターの言葉に息を飲む。さっきエルザが気にしていたのはこれだったんだ。
ちらりとラクサスや雷神衆の様子を見ると、鋭いまなざしでじっとマスターの言葉を待っている。
「だからお前らぁ!モニカを想いながら持ちうる限りの魔力を送れ!初代の魔法じゃ!必ず家族のもとへたどり着く!」
力強いその言葉に、ギルドはもう一度、いやさっきよりもさらに大きな雄たけびに包まれた。