誰かに呼ばれたような気がしてゆっくりと目を開く。うっすらと開けただけでも雲一つない青空が広がっているのが分かった。私は体のだるさに引っ張られるようにもう一度目を閉じる。
「モニカ!」
今度ははっきりと聞こえた声に再び目を開けると、目の前には青空ではなく私の顔を覗き込むラクサスがいた。ラクサスは私の顔にかかっていたらしい髪の毛を優しく払う。その時、私は自分の体が濡れていることに気が付いた。もちろんラクサスもびしょびしょだ。
ラクサスの髪からぽつりと落ちた雫が私の顔に当たって、それがくすぐったくて小さく笑う。するとラクサスは安心したようにほっと息を吐いた。
「ラクサス」
だるくて重く感じる手を無理やり動かしラクサスの頬に触れる。水に濡れているからかとても冷たい。それでも目の前にいるラクサスが幻覚なんかじゃなく本物で、触れられたことが嬉しかった。
私の力の入らない手で触れられるのがくすぐったいのか、ラクサスは目を細める。泣きそうだけれど、優しい目だ。その穏やかな表情に胸がいっぱいになって、私は反対の手も持ち上げ、両手でラクサスの頬に触れた。ラクサスの髪についた水滴が太陽に反射してキラキラ輝いている。それが物凄くキレイに見えて私はしばらくそうしていたけれど、体力の限界が来て腕を上げていられなくなってしまった。
重力にしたがって腕を下ろすとぱしゃっと水が跳ねる。その感覚すらなんだか面白くて私は笑った。
「疲れちゃった……」
「だろうな」
ラクサスは小さく笑いながら私を抱き上げる。自力で立てる気がしないので甘えることにした。
抱えられたまま視線を動かして周囲を見ると湖からは水がなくなっている。私は湖の淵の水たまりの上に倒れていたようだった。あんなに大きな湖から水がなくなってしまうと地面が大きく抉られたようにも見え、少しだけ不気味だ。
「モニカ〜!」
ラクサスに抱えらている私の名前を呼びながら駆け寄ってきたのはナツだ。脇に抱えていた気絶しているフードの男をそこらへんに投げ捨て、私の顔を覗き込んでくる。いつもながら元気なナツの様子に私は思わず笑った。
「ちょっとナツ待ってよ!も〜!モニカが驚いてるでしょ!」
「モニカ大丈夫?」
ナツを追いかけるようにして後からルーシィとハッピーもラクサスと私を取り囲んだ。
「みんなありがとう」
みんなを安心させるように笑いかける。ナツはにこにこと明るく笑い、ルーシィとハッピーは今にも泣き出しそうな顔で笑っていた。私もみんなのたいした怪我もなく元気そうな様子に笑い返す。
それからすぐにラクサスの腕の中にいる安心感からか、疲労感がピークに達したのか、私はそのまま気絶するように眠りについた。
・・・
目が覚めると、医薬品に囲まれたベッドに寝かされていた。見覚えがある部屋にキョロキョロとしているとドアが開き、ポーリュシカさんが入ってくる。ポーリュシカさんは私と目が合うと、驚いたのか一瞬動きを止めた。
「あんた起きたのかい」
「今さっき」
私は寝起きだったせいかひどく声が掠れていた。それでもポーリュシカさんは聞き取ってくれたらしく、小さく頷くと私に近づき触診をする。いくつか体調について質問され、特に問題ないと答えた。
「あんたのギルドに連絡するからね」
「ありがとうございます」
ふんっと不機嫌そうな顔でポーリュシカさんは部屋から出て行く。それからベッドの上で横になったまま大人しくしていると、コップ一杯の水を持って戻ってきてくれた。
「すぐに来るそうだよ。誰かひとりでいいって言ってるのに誰も聞きやしない」
「あはは・・・・・・すみません」
大騒ぎするギルドのみんなの姿が頭に浮かぶ。私が目覚めたことを喜んでくれていると思えば嬉しくてニヤけるのを止められなかった。
ポーリュシカさんはまたすぐに部屋から出て行ってしまい、ひとりでもらった水を飲みながら仲間が来るのを待つ。ベッドの上に座って水を飲み干す間もなく、外が騒がしくなった。それだけでみんなが来てくれたのだとわかる。あまりの騒がしさに私は小さく声を出して笑ってしまった。
けれど次の瞬間にしんっと静まりかえり、一拍おいて控えめにドアがノックされる。「どうぞ」と応えるとゆっくりとドアが開かれ、不安げな表情のラクサスが部屋に入ってきた。
「ラクサス」
ラクサスが何か言う前に私はベッドから飛び降り、その大きな体に抱きついた。驚いたのかラクサスが息をのむ。
「ラクサス、ありがとう」
「お前・・・・・・記憶が・・・・・・」
「うん」
抱きついたままラクサスの顔を見上げ笑ってみせれば、ラクサスの驚きに満ちていた顔が徐々に歪み瞳が涙で潤み始める。
たくさん心配をかけてしまった。記憶をなくしていた私の「誰?」という言葉でひどく傷つけてしまった。それなのにラクサスはずっと私を助けようと傍で見守ってくれていた。
私もつられるように涙で視界が歪み始め、ラクサスに抱きしめ返された瞬間にボロボロと泣き出してしまう。大事な大事な人のことを忘れていたなんて。思い出せないままだったらと思うととても怖くなる。
でもそれ以上に記憶をなくしていたにも関わらずラクサスは私を助けに来てくれたのだということが嬉しくて涙が止まらなかった。
「ありがと、ごめんね」
「よかった、モニカ」
何度も何度も「よかった」と呟くラクサスに胸が締め付けられるようだった。ラクサスこそ無事でよかった。私のせいで大きな怪我しなくてよかった。本当に思い出せてよかった。
しばらくそうして抱き合って泣いていると、ドアの方からも嗚咽と鼻をすする音が聞こえてきた。そっちへ視線を向けると、ラクサスの肩越しに泣いている雷神衆と目が合う。どうやらドアの隙間から全部見られていたらしかった。
「あははっ!」
私が笑ったことでラクサスもそれに気がつき、顔を真っ赤にして部屋から出て行く。怒鳴るラクサスの声と、噎び泣いている様子のギルドの仲間たちに大声で笑いながら私も部屋の外へ出た。
「モニカ〜!」
真っ先に駆け寄ってきてくれたのはあの時と同じナツだった。傍にはハッピーがいる。
「思い出したんだね!」
「よかったなーっ!」
「よかったよ〜!」
満面の笑みを浮かべるナツたちを押しのけて泣いているエバが私の肩をつかみ、体を揺さぶる。心配かけたことを怒り、回復したことを喜んでいるようだったけれど涙声で何を言っているのかよく聞き取れない。そんなエバをなだめるフリードとビッグスローもどこか涙声で私はエバに体を揺さぶられながら笑った。
そんな感じで仲間たちにもみくちゃにされながらマスターに挨拶したり、最初に私を探しに来てくれたみんなにお礼を言ってたけれど馬鹿騒ぎに堪忍袋の緒が切れたポーリュシカさんに家から追い出され、私はまだ取り囲んで胴上げでも始めそうな仲間たちからラクサスに救出されて家に帰った。