バトルオブフェアリーテイルの翌日。騒ぎのせいで開催できなかったファンタジアが行われることになった夜。傷の手当てを受けた私と雷神衆はとある空き地に呼び出されていた。
私たちを呼び出したラクサスはマスターが一命をとりとめたこと、そしてそのマスターから破門を言い渡されたことを話す。
「冗談じゃないわよっ!なんであなただけ破門なの!?」
「オレたちだって罪は同じじゃねーのかよ!?」
言葉を失った私の隣でエバとビックスローがそう抗議する。ラクサスはマスターが決めたことだと言い、エバたちが何を言っても気持ちは変わらないようだった。ラクサスは最後に私たちひとりひとりの顔を一別し、背を向ける。
言葉なく、ひらひらと右手を振るだけで歩き出したラクサスの背に私は手を伸ばした。けれど届くはずもない。中途半端に腕を上げたまま、私はあまりの喪失感に立ちすくんだ。
「チクショー!」
ビッグスローの叫びとほとんど同時に私の目から涙が落ちる。
ラクサスの姿がほとんど見えなくなっても動けずにいた私を見かねたのか、フリードが優しく肩に触れてきた。
「モニカ、もう行こう。傷にさわる」
その時、私は弾かれたようにフリードを振り返った。フリードの驚いた目と目が合う。なにか言わなければと思い、「私……」と声を出したものの上手く言葉は出てこなかった。
「っ!」
結局、私はなにも伝えることのないままラクサスが歩いて行った方へ走り出した。後ろから「ちょっとモニカ!?」と困惑したエバの声が聞こえても立ち止まらなかった。
ラクサスの姿はすでになく、町の中はファンタジアが始まったこともあり多くの人に溢れていた。人々の間をぬい、ラクサスを探すも全く見つからない。
しばらく走り続けて、苦しくなった息を整えるため人の少ない場所に立ち止まり、ファンタジアの出し物を見上げる。妖精の尻尾のメンバーがそれぞれ美しい魔法に合わせて舞うたびにいたるところから歓声が上がった。
「……マスター」
黒猫に扮したマスターは空に向かって手を掲げる。他のみんなもそれに合わせ同じポーズを取った。
昔、まだ幼い頃にラクサスが私の手を取ってファンタジアを見せてくれたことを覚えている。ラクサスがファンタジアに出るからとこのポーズを取ってくれたことを覚えている。ファンタジアを最後に一緒に見たのはいつだったか。
私は焦燥感にかられ、息が整うのを待たずに再び走り出した。傷口が開いたのかじくじくと痛む。どこが痛むのかもよくわからないまま、目指すのは町の出入り口だ。
ラクサスが町から出ていってしまう前に出会えることを私は強く祈った。
・・・
「ラクサス!」
今にも町から出ていこうとするラクサスの背中に叫んだ。ラクサスは足をとめ、ゆっくりと私を振り返る。
「モニカ?お前傷が……」
驚いた様子のラクサスに私は駆け寄った。その勢いのまま両手でラクサスのコートを掴み、すがりつく。
「行かないで、私を置いてかないで……!」
言葉を口にしたとたん涙が零れ落ちた。堪えることも出来ず次々に涙は溢れ、嗚咽で呼吸もままならない。
「やだ…ラクサス……行かないで…」
必死に話しても嗚咽が混じり、ラクサスに言葉が伝わっているのかもわからない。それでも私はラクサスにすがりつきながらひき止めるしかなかった。
「……私も連れて行って」
どうにか絞り出したその言葉に今まで黙っていたラクサスが音を立てて荷物を落とした。その音に私はびくりと肩を震わせる。拒絶されるのかと思うと怖くて顔を上げられなかった。
「モニカ」
ラクサスに名を呼ばれ、より手に力がこもる。何を言われても絶対にこの手を離すものかと身構えた。
しかしラクサスは何も言わずに両腕で私を抱え込む。一瞬何が起きているのかわからなかったけれど、抱き締められていることを理解した瞬間呼吸が止まった。
「お前はここにいろ」
耳元でラクサスの声が聞こえ、より体が強ばる。
「もう、オレについてこなくていい」
それは聞き捨てならなくて私は顔を上げる。固まっていたのが噓のようにがばっと勢いよく上げたからか、急に動いた私に驚いたラクサスと少しだけ体が離れる。
「私、ラクサスが怖くて一緒にいたわけじゃない!ラクサスは私の幼馴染みで、大事な人で、私が一緒にいたくて……!」
驚きで一度止まったはずの涙がまた溢れ出す。視界の中のラクサスの輪郭がぼやけ、表情もわからない。
「ラクサスがギルドを出るなら、私も……私も一緒に……」
「ダメだ」
「う、うぅ〜……」
数秒も間を開けずラクサスは首を振った。その強い否定に胸が苦しくなり、一度止まりかけていた涙が再び溢れる。私はただ駄々をこねる子供のように「やだ」と同じ言葉を繰り返した。
「……まだお前にとって妖精の尻尾は帰る家だ。それにお前までいなくなったら雷神衆も、他の奴らも黙っちゃいねえ」
信じられないほどラクサスの声は穏やかだった。その声にすら胸が締め付けられ涙が止まらなくなる。すでに泣きすぎて両目が痛いのにそれでも涙は次から次に溢れた。
「あいつらがギルドに馴染めるように手伝ってやれ。……ジジィのことも、頼む」
「ラクサス……っ!」
私はコートから手を離し、背伸びをしてラクサスの首に腕を回した。ラクサスは抱きつく私に応えるように背中に腕を回して抱き締め返してくれる。
言いたいことがあるのに嗚咽に邪魔されてしゃべることもままならない。ぐしゃぐしゃに泣き続ける私を抱きしめ、背中をさすり、ラクサスは黙って私の言葉を待ってくれていた。
「ま、また、会える?」
「さあな」
どうにか少しだけ涙が落ち着き、ようやく話せるようになったもののラクサスの態度に私はむっとする。これ以上無理というほどぎゅうぎゅうとラクサスに抱き着き、額をラクサスの肩にぶつけた。
「約束して!絶対、いつか会いに来て」
「……しかたねえな」
私が譲らないと悟ったのかラクサスは苦笑混じりにそう言った。でもそのお陰で私はどうにか寂しさを胸に押し込められる。
それから私たちはしばらく抱き合い、どちらともなく離れた。ラクサスは私の頭に巻かれた包帯を指先で撫で、消え入りそうな声で「悪い」と謝罪する。私は小さく首を左右に振り、笑った。
そうしてラクサスは地面に落としたままだった荷物を担ぎ、今度こそ町の外へ出ていく。
「ラクサス!約束!」
徐々に遠ざかっていく背中に思わずそう叫んだ。涙声だったもの聞こえたらしく、ラクサスは雷神衆と別れた時のように片手を上げ応える。
私は微かに涙の跡が残る別れる直前のラクサスの顔を思い出しながら、姿が見えなくなるまでその場に立ち続けた。