自分が居ないときは部屋に入らないで欲しい。
そう言われていた燭台切と大倶利伽羅の部屋へ忍び込んだのは倶利伽羅だった。燭台切は今、鶴丸たちと出陣している。審神者も鶴丸たちもこのことを知っているし、協力を持ちかけたのは倶利伽羅だ。知らないのは燭台切だけ。伝えるか悩みはしたが、おそらく同じ大倶利伽羅といえど、女体の大倶利伽羅に触れさせはしないだろうと思った。
倶利伽羅は燭台切がいないとわかってはいても周囲を警戒しながら、物音を立てぬように部屋の中に入る。女体の大倶利伽羅は眠っていた。呼吸をしているのかさえ分からないほど静かに、横たわっていた。
「人の身を保つだけで精一杯なのか……」
自分と同じだが、同じではない神気を感じ取り大倶利伽羅は目を細める。女体の大倶利伽羅の神気は弱々しい。しかも微かに別の何かの神気も混ざり込んでいるような、どこか歪な神気だ。
倶利伽羅は眉をひそめつつも横たわる女体の大倶利伽羅の隣に膝をつき、そっと手を伸ばした。
自分なら、同じ大倶利伽羅なら、神域の中で会話ができるはずだ。会話さえできれば、目覚めさせる手がかりが見つかる。そう助言したのは三日月宗近だ。三条で話し合ったのだと言う三日月は、燭台切にばれぬようにと倶利伽羅へこっそりと話を持ち掛けた。
そして審神者と初期刀の蜂須賀、伊達の刀の間で話し合い、こうして決行した。だが、女体の大倶利伽羅に関してまだ精神的に不安定な燭台切が帰ってくる前に終わらせなければならない。
意を決した倶利伽羅の手が、女体の大倶利伽羅の手に触れた。
「誰?」
その声に、倶利伽羅は大きく息を吸った。梅の香りがした。ゆっくりと息を吐き出しながら目を開ける。見渡せる一面をおおいつくす梅の木に、梅の花が咲き誇っていた。ハラハラと梅の花びらが舞う空間にしっかりと大倶利伽羅の神気を感じる。
「大倶利伽羅?」
背後からの声に振り返ると、女体の大倶利伽羅が立っている。右手には花をつけた梅の木の枝が握られていた。
「大倶利伽羅」
「……お前も大倶利伽羅だろう」
名を呼ばれ、とっさにそう返すと女体の大倶利伽羅は首を振る。
「違う」
「何がだ」
「私は大倶利伽羅じゃない」
「お前は大倶利伽羅だろう」
「違う!」
バチン!と何かが破裂するような、空気が裂けるような音がした。ぼんやりしていた視界が、ゆっくりとはっきり見えてくる。気づけば、一面の梅の木はなくなり、倶利伽羅は見覚えのある庭に倒れこんでいた。
あの空間から弾き出され、庭にまで転がったのだと状況が把握できたとんに地面に打ち付けた体が悲鳴を上げる。一瞬、息がつまり呻きが漏れた。夏の強い日差しが痛む体に降り注ぐのさえ鬱陶しく感じる。
「大倶利伽羅!」
「だいじょうぶですか!」
視界の端から小狐丸と今剣が駆けてくるのが見えた。庭から様子を伺っていたのだろうその二振りに向き直ることも出来ず、倶利伽羅は痛む体を丸める。
「いま、いわとおしがあるじさまをよびにいってます」
「……ああ」
「ドジを踏みましたね、大倶利伽羅」
まるで慰めるかのような小狐丸の言葉に倶利伽羅はぐっと歯を食い縛る。あの女体の大倶利伽羅は何か目覚めたくない理由があるのだろうに自分はそれを聞き出すことはできなかった。そもそもまともな会話すら出来ていなかった。
「……どうしたんだい、これ……」
びくり、と倶利伽羅だけでなく小狐丸と今剣も体が揺れた。倶利伽羅はどくどくと脈が早くなるのを落ち着かせるように早く浅く息を繰り返しながら、声の主に目を向けると燭台切が呆然と襖が壊れた部屋を見つめている。その後ろでは燭台切を止めきれなかったらしい三日月が困り切っていた。
障子戸は倶利伽羅と共に弾き飛ばされていたため遮るものがなく、部屋の中に女体の大倶利伽羅が横たわっているのが庭からでも見ることができた。ゆらりと燭台切の視線が倶利伽羅へ向けられる。その瞳には光がなく、どろどろとした闇が溶け込んだかのように淀んでいた。
「あの子に、触れたのかい?」
思わず倶利伽羅はひゅっと息を飲んだ。とっさに小狐丸がまだ地面にうずくまっている倶利伽羅を庇うように前へ出る。今剣は脅えたようにぎゅうっと倶利伽羅の腕へしがみついた。
「まあ落ち着け、燭台切」
「触れたのかい?ねえ、あの子に」
三日月が優しく燭台切へ声をかけたがそれを振り払うように燭台切は躊躇なく庭に下り立ち、倶利伽羅に向かって足を踏み出す。靴も履かずに地面を歩く燭台切の不気味な圧におされ、倶利伽羅は起き上がろうとした中途半端な体勢のまま固まっていた。
「燭台切!」
小狐丸が声を張り上げた瞬間、がくりと燭台切の膝が折れ、そのまま地面へ倒れ込んだ。倒れた燭台切の背後には息を切らした審神者が立っている。その側には岩融が沈痛な面持ちで控えていた。
「光忠になにを……?」
「眠ってもらっただけだよ。倶利伽羅、怪我はないか?」
「ああ……」
小狐丸や今剣に手を貸してもらいながらも倶利伽羅は立ち上がり、倒れている燭台切を見下ろした。先ほど見せていた怒りや憎悪のような表情は無く、穏やかに燭台切は眠っている。
「岩融、悪いけど燭台切を手入れ部屋に運んでくれるかな」
「うむ」
「ぼくもいきます!」
「では私は三日月と太鼓鐘たちにこの事を話してきましょう。よろしいですか?」
「ああ、みんな心配してるだろうから。三日月、小狐丸頼んだ」
三日月と小狐丸は頷き、小走りで駆けていく。そして岩融に抱えあげられた燭台切が運ばれていくのを見送り、倶利伽羅は審神者に向き直った。審神者はぐっと眉を寄せ苦しげな顔をしている。
「上手くいかなかったか?」
「すまない」
「倶利伽羅が謝ることじゃないよ。それに俺の采配が悪いせいでこんなに早く部隊が帰ってきてしまった。ごめんな」
「……あんたはよくやっている」
「ははは、ありがとう」
審神者は軽快に笑ったがすぐさま顔を伏せ足元を見つめた。肩を落とすその姿に倶利伽羅はぐっと口を強く引き結ぶ。
「上手くいかないな」
「……そうだな」
「……力になれたらいいんだけどなぁ……」
滅多に聞くことのない審神者の愚痴のような弱音に倶利伽羅は思わず目を見開く。庭には審神者と倶利伽羅しかおらず、倶利伽羅はどう声をかけようかと思案しながら片手を持ち上げた。しかし言葉は浮かんでこず、持ち上げた腕もさ迷わせただけで再びおろしてしまう。
「……話せばいいんじゃないか。光忠に」
「……話す……そうか!そうだよな!行こう倶利伽羅!」
なんとか倶利伽羅が発した言葉に審神者は顔を上げると、みるみるうちに目に活気が戻り、口元に笑みを浮かべる。審神者に突然捕まれた腕にぎょっとしながらも倶利伽羅は走り出した審神者へついて行った。