すれ違った刀たちに微笑まれ、内番から戻ってきたらしい和泉守と堀川には「仲がいいな」「仲良しですね」と声をかけられる。審神者はそれらに明るく応えていたが、倶利伽羅は空いている手で顔を覆っていた。
ようやく審神者が立ち止まり倶利伽羅は大きくため息を吐き出しながら手をどける。審神者と倶利伽羅は燭台切が運び込まれた手入れ部屋の前に立っていた。扉の側には岩融と今剣が控えている。
「しょくだいきりはねむっていますよ」
「軽傷とはいえ戦で怪我も負っていたのだから仕方あるまい」
今剣と岩融の言葉にうんうんと頷きながら審神者が手入れ部屋の引き戸に手をかける。それを倶利伽羅が制した。
「待て。話をするなら俺が話す」
「え、でも」
「また光忠が暴走したらどうする」
「そうですよ、あるじさま。ここはおおくりからにまかせましょう」
今剣にもそう言われ審神者は渋々と引き戸から手を離し、倶利伽羅に中へ入るように促した。倶利伽羅は小さく頷きそっと手入れ部屋に入る。手入れ部屋の真ん中に寝かせられた燭台切の枕元に倶利伽羅が膝をつくと、その気配に気がついたのか燭台切がゆっくりと目を開けた。
「僕、戦に出たんだ。片腕だから部隊のみんなに迷惑をかけてしまって……特に鶴さんは僕を庇って……」
燭台切は掠れた声で話していた。倶利伽羅は小さく相づちを打ちながらただそれを聞いている。
「格好悪いよね……でも、楽しかった。久々の戦場で高揚したよ……倶利ちゃんも出陣出来たらいいのだけど……」
「あいつを戦場に出してやりたいのか?」
「倶利ちゃんが望むことならなんでも。僕はあの子に自由でいてもらいたいんだ」
倶利伽羅は神域の中で会った女体の大倶利伽羅を頭に思い浮かべた。落ち着いた声とは裏腹にずいぶんと荒んだ目をしていた気がする。けれど優しい声で話す燭台切はおそらくそうなる以前の大倶利伽羅を思い浮かべているのだろう。
「鶴さん、大丈夫かな……」
「あいつなら隣の部屋で手入れを受けている」
倶利伽羅がそう言うと燭台切は目を閉じ、小さく笑った。
「返事がもらえるのは嬉しいね」
「……そうか」
「うん……ありがとう」
口元に笑みをたずさえたままの穏やかな表情で燭台切は礼を言った。倶利伽羅は燭台切のその様子にほんの少し眉をひそめる。
「勝手に部屋に入って悪かった」
「……いいんだ。僕と倶利ちゃんをどうにかしたいってみんなが思ってくれてる。ちゃんと知ってるよ。それなのに取り乱して格好悪いな。……ねえ、どうだった?」
体を起こした燭台切を咎めるように倶利伽羅が睨み付けると「大丈夫だよ」と微笑まれる。倶利伽羅は肩をすくめ、はぁとため息を吐いた。そして再び女体の大倶利伽羅のことを頭に思い浮かべる。何もわからない内に神域から追い出されてしまった。
「……何も出来なかった」
「……そっか」
残念そうに一言だけ呟いた燭台切は顔をうつむかせ、片手しかない自分の手を見つめていた。倶利伽羅もそれにつられるようにして床に視線を落とす。しばらくどちらも口を開かず、沈黙が続いた。
「一度だけ」
ふいに言葉を発した燭台切へ倶利伽羅は目を向ける。燭台切はまだうつ向いており、その表情まではわからない。話す声も静かで、落ち着いているようにも、悲しんでいるようにも感じられた。
「一度だけ、一緒に出陣したんだ。情けないけれど僕と倶利ちゃんは部隊からはぐれてしまって」
倶利伽羅はただ燭台切の言葉を聞く。やはり声だけでは燭台切がどんな感情で話しているのかはわからない。
「運悪く敵の大太刀と遭遇してね。倶利ちゃんは初めての出陣だったから僕が守らなきゃって思ったよ。僕が腕を無くしたのはその時なんだ」
想像は容易かった。練度の低い大倶利伽羅を庇い、大太刀と戦闘し腕を切り落とされながらも相手を切り伏せたのだろう。恐らく、そこで一緒にいたのが大倶利伽羅でなくても燭台切はそうするだろうと、倶利伽羅には確信めいたものがあった。
「……なぜ手入れで腕が元に戻らないのか心当たりはないのか」
「ないよ。もしかしたら主を呪った罰なのかもしれないね」
ようやく顔を上げ、倶利伽羅を見た燭台切は笑っていた。しかしその微笑みは冷たく、どこか不気味さを感じる。
「俺はそう思わない」
とっさに声を上げた倶利伽羅は目を見開いた燭台切を見て気まずさから顔を背けた。しん、と部屋の中が静まり返る。けれどその沈黙を破るように燭台切は「ふふっ」と小さな声で笑った。思わず倶利伽羅が燭台切を見れば、先ほどの冷ややかな微笑みではなく、温かく穏やかな笑みを浮かべた燭台切と目が合う。
「ありがとう」
燭台切に嬉しそうな声で礼を言われた倶利伽羅は黙って頷いて応えた。