まだ厳しい残暑の中、最近本丸に顕現された物吉は燭台切と大倶利伽羅の部屋へ向かった。他の刀剣たちは夕食のあと各々部屋に戻り、好きなことをしているはずだ。けれど燭台切たちの部屋の周辺は静かだ。昼間は遊ぶ短刀たちの声や、内番に励む刀剣たちの声が聞こえることもある。しかしそれも日が沈むのが合図だとでも言うように、再び日が昇るまでは静まり返っているのだと本丸の刀剣たちが言っていた。
そんな燭台切たちの部屋から明かりが漏れていることに物吉は気づく。暑いからか半分ほど開けられた障子戸から中を見ると布団の上で眠る大倶利伽羅を団扇で扇いでいる鶴丸と目が合った。
「こんばんは」
「夜の散歩か?」
鶴丸からの問いに物吉は頷き、「失礼します」と断りを入れてから部屋に入った。部屋の中に燭台切の姿はない。
「光坊なら貞坊たちに連れられて風呂に行ったぞ」
物吉の様子で察したらしい鶴丸からの言葉に小さく肩を落とす。それでも気を取り直し、物吉は鶴丸へ笑顔を向けた。
「お隣に座ってもいいですか?」
「おお、いいぞ」
「ありがとうございます」
大倶利伽羅を扇いでいる鶴丸の隣に物吉は膝を抱えるようにして座った。眠る大倶利伽羅は穏やかな表情で寝息をたてている。鶴丸が団扇を扇ぐ度に揺れる柔らかそうな髪が頬を撫でているのを見て、くすぐったくないのだろうかと物吉はぼんやり思った。
「こいつが気になるか?」
「……はい。主様たちからお話は聞いています」
「そうか。見ての通り寝てる。ずっとな」
そう話す鶴丸の声が悲しげに聞こえ、物吉は大倶利伽羅から視線を鶴丸に向けた。鶴丸は優しげな顔で大倶利伽羅を見つめ、団扇を持つ手を動かし続けている。ふと物吉からの視線に気がついたのか、鶴丸は切なそうな笑みを浮かべた。
その顔に物吉は心が押し潰される。審神者や、燭台切たちのことを語る誰もが今の鶴丸と同じような顔で笑うのを見た。物吉は新参者だがそれをどうにかしたいと強く思う。
「……ボク、幸運を運べないかなって、何か出来ることがないかなって、そう思って燭台切さんと大倶利伽羅さんに会いに来たんです」
「優しいな、君は」
「この本丸の仲間になったんですから、仲間が困っていたら助けたいんです」
鶴丸は物吉のその言葉に満面の笑みを浮かべた。先ほどとは明らかに違うその笑顔に物吉もつられて笑う。
「俺もな、光坊たちとくだらんことで腹の底から笑えるようになればとここにいる」
自分が燭台切から聞いた話では大倶利伽羅が眠り続ける理由はわからない。燭台切の腕がなぜ直らないのかもわからない。わからないことだらけだ。だが、眠る大倶利伽羅を寂しげに燭台切が見つめていることを知っている。倶利伽羅と太鼓鐘がそんな燭台切を悲しげに見守っていることも。主や他の仲間たちも心を痛めていることも、自分は知っている。
鶴丸はそう語って軽快に笑った。それとは反対に物吉はぎゅっと眉間にしわを寄せ泣き出してしまいそうな気持ちを抑える。
「ボクがきっと幸運を運んできます」
「頼もしいなぁ」
そうして物吉と鶴丸は燭台切が部屋に戻ってくるまで眠る大倶利伽羅を見守り続けた。
・・・
「今日も暑かったね」
燭台切は大倶利伽羅にそう愚痴を溢しながら笑った。眠る大倶利伽羅が気温を感じるのかもわからない。暑くても寒くても眠り続けている。
「物吉くんがお手伝い出来ることがあればなんでも言ってくださいねって言ってくれたんだ」
物吉の明るい笑顔を思い出す。燭台切はこの本丸の審神者や刀剣たちの思いやりに嬉しさを感じながらも、時に罪悪感が押し寄せてきた。片腕では満足に戦には出られない。生活も、与えられた内番でさえ誰かに手助けしてもらっている。
「……君と生きたいと願ったけれど、君が目覚めないなら……僕がここにいる意味はあるのかな」
燭台切のぼやきは静寂の中に消えた。