蜂須賀は戦績をまとめるため書類にペンを走らせていた。隣では審神者がパソコンに向かい忙しなく文字を打ち込んでいる。それが燭台切光忠と大倶利伽羅に関する経過報告だということをわかっていて、蜂須賀は険しい顔の審神者へ声をかけることが出来なかった。
 数分後に審神者が深く息を吐きながら手を止める。キリがいいのか、行き詰まったのか判断は出来なかったが休憩させるならば今だと蜂須賀はさっと立ち上がった。

「主、休憩にしよう。今何か軽く食べられるものを持ってくるよ」
「蜂須賀」
「なんだい?」
「大倶利伽羅、起きると思うか?」

 蜂須賀は言葉に詰まった。審神者はパソコンに顔を向けたまま、じっと動かない。大倶利伽羅が起きるのか、このまま眠り続けるのか、蜂須賀にはわからなかった。

「……そのこともゆっくり話そうか」

 審神者が無言で頷いたのを見て、蜂須賀は今度こそ執務室から出ようと障子に手をかけた。しかし蜂須賀が障子を開ける前にすっと開かれる。

「驚いたか?」

 障子を開けたらしい鶴丸は今日のおやつらしいシュークリームとお茶を載せた盆を持ちながらにかっと笑った。蜂須賀は鶴丸の言葉通り、驚いたために目を開きながら一瞬体の動きが止まる。しかしすぐに鶴丸へ部屋に入るように促した。

「ちょうど休憩にしようと思っていたんだ」
「そうだろうと思ったぜ」
「ありがとう、鶴丸」

 審神者は鶴丸から差し出されたシュークリームを手に取り、早速ぱくりとかじりつく。蜂須賀もそれを真似てシュークリームに口をつけた。

「うまー!」
「美味しいね」
「光坊が短刀たちと作ったんだぜ」

 自分のことのように自慢げに話す鶴丸に審神者と蜂須賀は笑う。燭台切がこの本丸に来て半年以上が経過し、季節は秋になりかけていた。ふいに本丸の木々が紅葉したら紅葉狩りができると短刀たちが兄弟刀と話していたことを蜂須賀は思い出す。女体の大倶利伽羅は未だに目覚めない。
 目の前にいるのに話すことが出来ないというのはどれほど苦しいだろうか。まだ顕現されていないだけならば待つことは出来る。しかし眠り続けているのがもし浦島だったとしたら?きっと苦しいという言葉では足りない。贋作の彼であったとしても、起きることなく眠り続けていたなら、もしかしたら、少しだけでも心苦しくなるかもしれない。

「主、大倶利伽羅のことだけれど」

 いつの間にかシュークリームを食べ終わっていた審神者は湯飲みを持ちながら蜂須賀の言葉にチラリと鶴丸を見やった。鶴丸も食べ終わっており湯飲みに口をつけている。

「鶴丸もそのことを話に来たんだろう?」
「ああ、そうだ」

 蜂須賀の問いに、鶴丸は湯飲みを机の空いている所へ置きながら頷いた。審神者は深くため息をつきながら先ほどまで文字を打ち込んでいたパソコンへ向き直る。

「大倶利伽羅の神域に入れなくなっただろ?倶利伽羅ですら入れないのはどうしてなんだろうかって」
「大倶利伽羅が拒絶してるんだ」

 審神者の疑問に鶴丸が即座に答えた。蜂須賀は首を捻る。それを見た鶴丸は小さく微笑みながらも少しだけ顔をうつ向かせた。

「伽羅坊に自分は大倶利伽羅じゃないと言ったらしい」
「大倶利伽羅じゃない?女体だけれど大倶利伽羅だろう?」
「そうだ。だがそうとは思っていないみたいだな」

 蜂須賀は審神者と顔を見合わせた。大倶利伽羅ではないとはどういうことなのか想像もつかない。
 そもそもなぜ目覚めないのだろうか。自分たちは刀で、審神者の霊力によって顕現される。食事や睡眠は顕現を保つための補助にはなるが、ほとんどは審神者の霊力によってその姿が保たれているはずだ。そこまで考え、そういえば、と蜂須賀はあることに思い至りぴたりと体の動きを止めた。

「今の大倶利伽羅はどこから霊力を供給しているんだ……?」

 審神者ははっとして目を見開いた。燭台切と審神者は契約を交わしたが、大倶利伽羅とは今まで一度も会話すらしていない。

「霊力は足りないけれど自分の神気でなんとか姿を保ってるってことか?」
「いや、あの大倶利伽羅の神気はかなり弱々しい。その状態で半年以上も人の身を維持できるとは思えんな」

 審神者の疑問に鶴丸が答える。しかしそう考えるとより大倶利伽羅がどこから霊力を得ているのかわからない。蜂須賀はうーんと唸りながら顎に手を当て眉間にシワを寄せた。

「なあ、神気が弱ってるってどういうことなんだ?」 
「僕らは本霊から依り代に神気を分け与えられてその刀剣の刀剣男士になる。神気があれば連結や刀解された時に本霊へと戻る。破壊された時でもね」
「だが、神気が尽きてしまえば本霊に還ることは出来なくなる。つまり分霊は消滅しちまうのさ」

 蜂須賀は自分と鶴丸からの説明を聞く審神者が悲しげに顔を歪ませるのを見ていた。神気があれば霊力が尽きても顕現がとかれるだけで済む。けれど神気が無くなってしまえばいくら霊力を注がれたとしても二度と顕現することはできない。

「じゃあ、大倶利伽羅は霊力も足りなければ神気も尽きそうな状態で眠り続けているのか?」
「そうかもしれない」
「大倶利伽羅に起き上がれるほどの力も残ってないなら……どうしたらいいんだ?契約を交わしてもいないのに俺が霊力を注いだところで……」

 苦しげに顔をしかめる審神者の背中を蜂須賀は優しくさすった。鶴丸は肩を落とす審神者にかける言葉が見つからないのかぐっと口を引き結んでいた。

「主、まだ終わっていないよ」

 蜂須賀の声に審神者は顔を上げる。ぽかんとどこか呆けたような審神者の表情に思わず蜂須賀は笑った。

「まだ大倶利伽羅はいる。眠ったままだけれどね。まだいるんだ」
「……そうだな。主、俺たちが諦めるにはまだ早いと思わないか?」

 蜂須賀の伝えたいことがわかったのか鶴丸は大きく頷くと、蜂須賀と同じようにそっと審神者の背に手を置いた。審神者は蜂須賀と鶴丸の顔を交互に見たあとくしゃっと笑い、その様を見て蜂須賀も微笑む。

「……諦めるには早いよな」

 そう笑って審神者は蜂須賀と鶴丸へ礼を言うとパソコンへ向き直った。真剣な表情でキーボードで文字を打ち込んでいく。

「今話した霊力のこととかも報告してみる。あの担当さんなら何かしら調べてくれるかもしれない」

 蜂須賀は頷きながら燭台切たちの同伴でやってきた政府の役人を思い起こした。蜂須賀が見た役人は終始、真顔と言うより無表情にもとれる顔で淡々と手続きを済ませていたように思う。けれど、燭台切たちの幸せを願って、審神者に礼を言いながら頭を下げたと聞いたとき、蜂須賀は信頼できる人だろうと思ったことを覚えている。

「そうだね。きっとあの人なら手伝ってくれる」

 蜂須賀が微笑むと審神者もどこか安心したように笑った。








「夜はずいぶんと冷えるようになったね。寒くないかな?」

 燭台切は眠っている大倶利伽羅へ笑いかけた。心の底で何かがきしきしと音を立てている。

「短刀くんたちがね綺麗な紅葉をくれたんだ。歌仙くんに押し花の作り方をきいたからずっととっておけるよ」

 大倶利伽羅は応えない。燭台切は自分の布団に入り、ぼんやりと天井を眺めた。

「……みんな僕のことを気づかってくれるんだ。きっと僕が寂しくないようにって心配してくれてるんだね」

 燭台切は寝返りをうち、隣の布団で寝ている大倶利伽羅の方へ顔を向けた。大倶利伽羅はその表情すら変わらない。

「ねえ、倶利ちゃん。もうすぐ冬が来るよ」

 このままでは心までもが凍えてしまう。燭台切はどこか他人事のようにそう思った。



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