雪が降り積もる、とても静かな日だった。雪が周りの音を吸収するからだと審神者に教えてもらったのはずいぶんと前のことだ。
今日はひんやりと冷たい、静かな夜になるだろうと前田は薄暗い空を見上げながら息を吐き出す。
「前田〜!やっぱ雪かきしてもキリないから戻ろう!」
「僕は最初からそう言いましたよ!」
スコップを片手に鯰尾が寒さで鼻を赤くしながらも笑っていた。前田も寒くないようにと兄弟でおそろいのマフラーを巻き、手袋をしていたがずいぶんと体が冷えている。
「さむ〜!」
「はしゃいで雪に飛び込むからですよ。早く中に入りましょう」
鶯丸と燭台切がかまくらの話をしていたのだと言う鯰尾に手を引かれるまま外へ出てきたが、雪かきしたはずの場所には既に雪が積もっている。前田はがっくりと肩を落としながら鯰尾と共に足早に玄関に向かった。
玄関に着くと、出陣していた部隊が帰ってきておりガヤガヤと騒がしい。何かあったのかと周りを見回すと、部隊の一振りである薬研と目があった。
「なんだ?こんな雪なのに外にいたのか?」
「鯰尾兄さんが雪かきして、集めた雪でかまくらを作ると言うので……」
「まあ無駄だったけどな!」
あはは!と明るく笑う鯰尾とは反対に薬研は乾いた笑いを溢し、労るように前田の肩を叩いた。前田も苦笑いを浮かべるが、燭台切を喜ばせたい気持ちはわかるので文句は出てこない。
「これから風呂に行くから一緒に行くか?体あっためねぇと風邪ひいちまうぞ。それに今日は宴会になるだろうから早く支度しないとな」
「宴会ですか?」
「新しい仲間か!?」
首をかしげる前田の隣で身を乗り出すようにして鯰尾が薬研にそうきいた。薬研は笑いながら頷き、部隊を出迎えに来ていた審神者へ顔を向ける。前田も目線をそちらに向けると、今日の部隊長である物吉が審神者へ太刀を手渡していた。
「うわー!宴会楽しみだなー!新しい刀はどんなだろうな!俺、他の兄弟にも知らせてくる!」
騒がしくしながら鯰尾は廊下を駆けていった。遠くから歌仙が叱る声が聞こえてくる。その声に前田と薬研は顔を見合わせ、同じように苦笑した。
「俺たちもそろそろ中に入ろう」
「はい」
薬研に促され前田も靴を脱いだ。風呂に入るため、着替えなどを取りに部屋に向かって廊下を歩いていく。新しい仲間や、宴会のことを考えていたが、ふと、燭台切のことが頭をよぎった前田は一歩前を歩く薬研の服の裾をつまんだ。
「どうした?」
「……燭台切さんは宴会に参加してくれるでしょうか」
燭台切がこの本丸に来てからも何度か宴会は開かれた。新しい仲間を祝うものであったり、誉の数を祝うものであったり、刀たちが酒盛りをするために開かれたものと様々だったが、燭台切はそれらにまともに参加したことはない。
宴会のための準備は手伝い、誘えば快諾してくれるがすぐにいなくなってしまう。大倶利伽羅が気になるからと言われてしまえば引き止めることは誰にも出来なかった。
「……わからん。でも誘ってみればいいんじゃねぇか?」
前を向いたまま薬研はそう答えた。前田は服の裾から手を離す。きっと、燭台切は「誘ってくれてありがとう」と笑うだろう。そうして誘った者に顔を見せた後、気づけば広間から姿を消している。
「……そうですね」
前田は胸が圧し潰されそうな苦しさをどうにか押し込め、再び薬研と共に廊下を歩き出した。
・・・
「燭台切はどうした?」
心底不思議そうな顔で大包平に問われた鶴丸は思わず口をつぐんだ。心地よいほろ酔い気分だったがそれも瞬時に冷める。鶴丸のそんな様子に大包平は片方の眉を吊り上げた。
宴が始まったときには広間にいたはずの燭台切はひっそりと姿を消していた。粟田口を始め、短刀たちが残念そうにしているのが鶴丸にもわかる。おそらく誘われて参加してはいたが早々に部屋へ戻ってしまったのだろう。鶴丸たちにとってはいつものことだが、今日初めて顕現された大包平はそれが気になったらしい。
「どうした?何かあるのか?」
「この本丸にはもう一振り、大倶利伽羅がいてな」
「鶯丸」
大包平の隣にいた鶯丸が話始め、鶴丸は思わず咎めるように名を呼んだ。しかし鶯丸は顔に穏やかな笑みを浮かべる。
「いいじゃないか。そのうち知ることだ」
「なんだ?何がある?おい!」
「まあ待て、大包平。今から話してやるから」
鶯丸と鶴丸のやり取りにしびれを切らしたのか大包平の声が大きくなる。元々の声が大きいからか、広間で宴会をしていた他の刀たちにも聞こえたらしく、鶴丸たちの様子をうかがっているのがわかった。
鶯丸は静かに燭台切と眠っている大倶利伽羅のことを話始めた。大包平はひどく真面目な表情でそれを聞いている。時に鶴丸も口を挟み、次の春を迎えれば燭台切たちが来てから一年が経つのだと伝えて話は終わった。
「……そうか」
「正直、お手上げ状態だ。主が政府の役人にもかけあっているが、同じ例がない」
鶴丸がはぁ、とため息をつく。大包平は眉間にぐっとしわを寄せて何かを考え込んでいた。
「まあ、今日はお前が来た祝いだ。あまり気にするな」
「ああ……」
考え込む大包平の肩を鶯丸が叩くが、大包平の表情は晴れない。鶴丸も暗くなった雰囲気を持ち直そうと大包平の持つ杯へ酒を継ぎ足しながら笑いかけた。
「心配なら光坊を気にかけてやってくれ。光坊は強いがな、抱え込む癖がある」
大包平は鶴丸の言葉にも生返事をする。しかし唐突に顔をあげると鶯丸の目をのぞき込むようにして言った。
「鶯丸、先ほどお前は倶利伽羅でさえ大倶利伽羅の神域に入れなくなったと言ったな?」
「ああ、言ったな」
「こちらが入れなくなったのならば、こちらに入れてしまえばいいのではないか?」
大包平の真剣なその言葉に鶴丸と鶯丸は顔を見合わせる。鶴丸はじわじわと腹の底から笑いが込み上げ、ついにどっと笑いだした。
「押してダメなら引いてみろってやつだな!」
「単純なお前らしいな、大包平」
「なに!?俺は真面目に……!」
鶯丸も笑い出し、馬鹿にされ笑われていると思ったのか顔を赤くする大包平の肩に鶴丸は手を置いた。未だにくつくつと笑ってはいるが、同時に鶴丸は自分自身への苛立ちも感じる。
「なに、君を馬鹿にしたわけじゃない。何も思い付かなかった自分を笑ってたのさ」
大包平は何か言いたげに口を動かしたが、鶴丸は大包平が言葉を発する前にぱっとその場を離れる。
倶利伽羅へこの提案を伝えればどんな顔をするだろうか。鶴丸は広間の端の方でひっそりとつまみを食べている倶利伽羅の隣に座った。