拾参


 仰向けで寝ていた燭台切の視界に入ったのは見慣れた部屋の天井だった。朝食の時間が近いのか遠くから刀剣たちの声が聞こえてくる。そのうちこの部屋にも誰かが声をかけに来るだろうと、燭台切は早く身だしなみを整えてしまうために体を起こした。
 ふと、体の左側に違和感を覚える。左側だけやけに重たい気がしながらも、いつもの癖で燭台切はまだ眠い目を手で擦った。

「えっ」

 驚いた声と共に体がびくりと揺れる。燭台切の目の前には随分と前に失ったままだった左腕があった。指先から腕、肘、二の腕、そして肩までゆっくり目で辿っていく。しっかりと自らの左肩に繋がっていることを確認すると余計に燭台切は混乱した。なぜ。どうして急に。ぐるぐると同じような言葉が頭の中を駆け巡ったが、次の瞬間には大倶利伽羅を思い出し隣の布団へ顔を向けた。
 そこに大倶利伽羅の姿はない。心臓が止まるような感覚に燭台切は一瞬息がつまった。

「倶利ちゃん!」

 布団から立ち上がりながら名を呼ぶも、返事はない。顕現が解かれてしまったのかと部屋に置かれた刀台へ飛び付くようにして近寄った。そこには昨日と変わらず燭台切光忠と大倶利伽羅の本体が並ぶように置かれている。燭台切は震える手で大倶利伽羅の本体を持ち上げた。
 刀からは微かな霊力以外何も感じられない。顕現が解かれていないのならば大倶利伽羅はどこへ行ってしまったのか。燭台切は焦燥感に駆られ、寝間着のまま、大倶利伽羅の本体を抱えて部屋から飛び出した。

「倶利ちゃん!倶利ちゃん!!」

 まるで悲鳴のような叫びを上げながら本丸の中を走る。すぐさま朝食の準備をしていた刀剣たちが集まり、燭台切を取り囲んだ。それでも燭台切はその刀剣たちを押し退け大倶利伽羅を呼び続ける。不安で怖くて、立ち止まっているとその場に崩れ落ちてしまいそうだった。

「光忠!」
「光坊!」
「みっちゃん!」

 異変に呼びつけられたのだろう伊達の刀たちが燭台切の顔を覗き込み、興奮を落ち着かせるようにその背を擦る。それでも燭台切は目を見開き殺気立たせ、大倶利伽羅の名を叫んだ。

「何があったんだ?大倶利伽羅がどうした?」

 鶴丸が燭台切の背をとんとんと叩きながら問いかけた。燭台切はようやく刀剣たちを押し退けようとするのを止め、その場で顔を伏せる。顔を下に向けた拍子にぽとりと落ちた涙が床に染みを作った。

「倶利ちゃんが……」
「ああ」
「いなくなっちゃったんだ」

 燭台切の言葉に周りにいた刀たちは呆気に取られた。しかし、

「俺は主にご報告を!」
「畑見てくる!」
「庭は僕たちが」
「じゃあ俺たちは馬屋の方行く!」

 真っ先に駆け出した長谷部を皮切りに、刀剣たちはそれぞれ慌ただしくも本丸中に散っていく。燭台切はぽろりぽろりと涙を溢しながらその様子を呆然と見ていた。

「お前はまず着替えろ」
「俺たちが捜しとくからな!みっちゃん!」

 倶利伽羅と太鼓鐘に背を押され、半ば強引に鶴丸に付き添われながら燭台切は部屋に戻った。素早く内番服に着替えた燭台切はまた大倶利伽羅の本体を抱え、部屋の外へ出る。外で待っていた鶴丸の視線が左腕に注がれているのはわかったが、そんなことよりも早く大倶利伽羅を探したくて何も言わずにいた。

「鶴さん、早く捜しに行こう」
「まずは主に刀を預けよう。もし何かあっても折れるのは防げる」
「……わかったよ」

 急く気持ちを圧し殺し燭台切は頷いた。鶴丸と連れたって審神者がいるであろう執務室へ向かって駆け出す。しかしすぐに途中の廊下でばったりと出会い、お互いにたたらを踏んだ。

「主?どうしてここに?」
「いや、部屋に籠ってなんていられないからさ。俺も捜す!」

 ぐっと拳を握りしめてにかっと笑う審神者に燭台切はまた涙が零れそうになり、それを唇を噛んでこらえた。

「お前たち主を捜していたのか?」
「うん。刀を預かって欲しくて」
「主が持っていれば折れることは防げるだろう?」

 審神者の後ろにいた長谷部の問いに燭台切と鶴丸が答える。そういうことならと審神者は快く燭台切が抱えていた大倶利伽羅の本体を受け取り、とりあえず状況を把握するためにとその場の全員で広間へ向かった。



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