拾弐


 目を開くと、不安げな表情の燭台切に顔を覗き込まれているのがわかった。気怠い体を起き上がらせると、隣の布団で未だに女体の大倶利伽羅が眠り続けているのが視界に入る。掴んだままだった手を離しながら無言で倶利伽羅が燭台切へ顔を向けると、燭台切は眉尻を下げ困ったように微笑んだ。

「倶利ちゃんと話せなかったかな?」
「いや……そうだな、やはりまともには話せなかった」
「……そっか」

 部屋の中に鶴丸と太鼓鐘の姿はない。布団も既に畳まれ、さらに明るい日射しが部屋に差し込んでいることからすでに朝食の時間は過ぎているだろうと倶利伽羅は思った。燭台切はずっとここに居たのだろうか。

「鶴さんと貞ちゃんは軽く食べられる物を持って来てくれるって言っていたよ」

 倶利伽羅が考えていることがわかったのか燭台切はそう言いながら立ち上がった。そして倶利伽羅から片腕で器用に布団をはぎ取り、起きるように促す。倶利伽羅は大人しく布団から出たが明るく振る舞おうとする燭台切に心苦しくなり目を伏せた。
 あの持っている梅の枝は燭台切の一部なのだろう。なぜ女体の大倶利伽羅の中にあるのかはわからないが、恐らくあれを触媒に燭台切から審新者の霊力を流し入れている。燭台切にあるべきはずの一部が大倶利伽羅の中にあることで手入れをしても腕が戻ることがない。倶利伽羅は燭台切に全て話すか悩み何度か小さく口を開閉させたが、結局何も言えずに黙り込んだ。

「伽羅ちゃん、大丈夫だよ」

 その言葉にはっとして倶利伽羅は顔を上げた。燭台切は優しい微笑みを浮かべている。

「僕ね、決めたんだ。待とうって」

 眠る大倶利伽羅を愛しげに見る燭台切に、倶利伽羅はただ小さく頷くことしか出来なかった。何も知らないとでも言うように目を閉じた ままの大倶利伽羅に腹立ちを覚えながら倶利伽羅は強く手を握りしめる。何が出来る訳でもないが、この二振りをどうにかして助けてやりたかった。







 再び春が近づいてきたものの夜はまだ冷え込む日が続いていた。燭台切は片腕で体を擦りながら冷たい廊下を足早に歩き、部屋に入ってからほっと息を吐き出した。湯上がりとは言え寒さには抗えない。燭台切は火鉢の様子を確認した後、眠る大倶利伽羅へ目を向けた。
 大倶利伽羅はいつもと変わらぬ様子で寝息を立てている。燭台切は大倶利伽羅の隣に布団を敷き、その中へ体を滑り込ませた。冷たい布団の中で体を縮こまらせながら暖まるのを待つ。

「今夜は真冬並みの寒さになるらしいよ。寒くないかい?」

 こうして暑さや寒さを確認するのもいつもと同じだ。燭台切は布団から腕を出し、そっと大倶利伽羅の手を握る。

「え?」

 その手の温かさに燭台切は布団をはね飛ばす勢いで起き上がった。普段は季節や気温に関係なくひんやりと冷たい大倶利伽羅の手が温かい。思わず燭台切は握っている手を恐る恐る自らの頬に当てた。

「……あったかい」

 確かに温かい。大倶利伽羅が目覚めたわけではないけれどその小さな変化に燭台切は涙ぐんだ。このまま目覚めてくれるのではないかと、期待が胸の中で膨れ上がる。

「倶利ちゃん?」

 一度手を離し、燭台切は大倶利伽羅の体を揺すった。しかし反応はない。声をかけても返事が返ってくることもない。膨れた期待がしなしなと萎んでいくのがわかったが、それでも生まれた期待が完全になくなることはなかった。手が温かかった。たったそれだけでも変化があったことが嬉しく、燭台切は目を細めて笑う。明日、本丸のみんなに話したらどんな顔をするのか想像すると楽しかった。

「手を繋いで眠ってもいいかな?」

 問いかけに答える声はない。燭台切は再び布団に横になり、大倶利伽羅と手を繋いだ。まだ温かい。もし、明日の朝に大倶利伽羅が目覚めたら何と声をかけよう。やはりまずは「おはよう」だろうか。燭台切は握り返されることのない手をしっかりと握り、高鳴る胸を落ち着けるように深く息を吐きながら目を閉じた。


 夢を見た。大倶利伽羅は表情の読めない、無表情にも近い真顔のまま燭台切へ梅の花がついた一本の枝を差し出している。燭台切が首を傾げながらもそれを受けとると、大倶利伽羅は今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
 どうしたの、と燭台切が問おうと口を開きかけた瞬間に目が覚める。



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