秋田は兄弟や他の短刀たちと共に桜の花びらが舞う本丸の中を駆け回っていた。ただただ遊んでいたのわけではない。お菓子や綺麗な花、それから光にかざすととても美しいガラス玉なんかを集めて回っていた。

「みつけた!」

 思わずそう叫んだ秋田の手元を傍にいた小夜が覗き込んできた。秋田の手には花びらではなく、綺麗に花弁が五枚そろったままの桜の花がある。

「すごく綺麗」
「そうでしょう!燭台切さんや大俱利伽羅さんに見せたくて!」
「ここの桜はとても綺麗ですよね」
「はい!主様に教えていただいた押し花を作ります!」

 秋田を手を覗き込む小夜の手にも小さな花が数本握られていた。春らしい、可憐な花を見た秋田はぱっと顔を綻ばせる。

「小夜くんはそのお花をあげるんですね!」
「うん。あと歌仙に頼んで花瓶をもらって……それを飾ったら綺麗だろうから」
「わぁ!素敵ですね!」

 本丸の庭の隅でくすくすと笑い合い、二振りはそれぞれ贈り物を探しているだろう短刀たちの元へと駆けていく。広間へと集まった短刀たちはまず自分が探し出した贈り物を見せ合った。

「俺はこれだ!」

 太鼓鐘貞宗は盆にのせたずんだ餅を見せた。「伽羅と鶴さんと作ったんだぜ!」と胸を張る太鼓鐘は、燭台切光忠と女体の大倶利伽羅の現状に特に心を痛めている一振りだった。
 待ちに待った"みっちゃん"との顔合わせは未だ叶っていない。燭台切光忠は襖越しに会話することはあれど、初めてこの本丸に訪れた日以来一度も部屋から出てくることはなかった。
 そんな燭台切光忠と女体の大倶利伽羅をどうにかして外に出したいと、太鼓鐘は訴えた。そうして短刀たちを筆頭に部屋の外に出そう作戦が始まったが、上手くいった試しはない。普段なら驚きを求めるあまり暴走することもある鶴丸でさえ、あまり刺激を与えてはならないと自ら自粛する程だ。そもそもブラック本丸から引き取ると審神者が決めたとき、それを伝えられ、受け入れたとき、こうなることを本丸のみんなは覚悟していた。
 それでも仲間と励まし合い、考えを巡らせる。時に泣いて、笑い合うのだ。ここでは誰からも制限されず、誰かに脅えず、それが出来る。太鼓鐘は"みっちゃん"にそれを伝えたかった。願わくば、一緒に笑い合いたいのだと伝えたかった。
 太鼓鐘はそれぞれの贈り物を見せ合う短刀たちの笑顔を眺め、両手を強く握り締める。そして、いつか燭台切たちがこの場に混ざることを想像しながら心から笑った。

 今日の贈り物を届ける係りは五虎退だった。短刀たちが集めた贈り物を乗せた盆をかかえ、五匹の子虎を引き連れ燭台切光忠たちの部屋の前に立つ。ごくりと唾を飲み込むが、それでも緊張でカラカラに乾いた口を開いた。

「しょ、燭台切さん、こんにちは。五虎退です」

 震えた声が出た。障子戸の向こうから返事はない。大丈夫、いつものことだと自らに言い聞かせ五虎退は再び口を開いた。

「あ、あの、みんなからのぷ、プレゼントを持ってきたんです……ここに置いておくので、よ、よかったら見てください」

 五虎退の言葉に続けるように子虎たちが鳴く。相変わらず障子戸の向こうから返事も、物音すらしない。気配はあれど、本当に誰かいるのかわからなくなるほど静かだった。
 野生の動物は傷が癒えるまで巣に閉じ籠もるというが、今の二振りはまさにそんな感じだと五虎退はぼんやりと思う。

「あの、えっと、それじゃあ僕は行きますね……また、来ます……」

 なんとかそう言って五虎退は来たときと同じように、子虎を引き連れて広間へと戻っていく。広間へと入れば、五虎退が戻ってくるのを待っていた短刀たちに出迎えられた。

「どうだった?」

 燭台切光忠たちを部屋の外へ出すためというのももちろんあるが、どちらかと言えば弟たちの目つけ役として参加している薬研が落ち込んだ様子の五虎退に声をかけた。五虎退は子虎の一匹を腕に抱きながら少しうつ向いたように答える。

「や、やっぱり出てきてはもらえなくって……」
「大丈夫!気を取り直してまた考えよ!」

 すかさず乱が五虎退の肩を叩く。他の短刀たちも励まし合うように笑いあった。

「みっちゃんのことだ、俺たちからの気持ちを無下にはしないぜ!」

 太鼓鐘の言葉の通り、今までも返事はなくとも突き放されることはなかった。贈り物が廊下に放置されることもなく、いつの間にか無くなっていることから部屋にこっそり入れているのだろうと推測されている。

「よーし、明日どうするか考えようぜ!」

 厚の元気な言葉にその場にいたみんなが頷き、お茶やお菓子を並べた机を囲うように並んで座った。


・・・


 五虎退と虎たちの足音が遠のき、再び静寂に包まれてからしばらく。燭台切はそろそろと部屋の障子戸を小さく開けた。目の前には様々な物がのせられた大きめの盆が置かれている。燭台切はその盆を片手でバランスを取りながら持ち上げた。
 一度盆を部屋の中に置き、障子戸を閉めようとした瞬間ひらりと小さな桃色の花びらが飛び込んでくる。それが飛んできた庭の方へ顔を向け、燭台切は思わず感嘆のため息をついた。春の暖かいそよ風に乗って桜の花びらが庭を舞っている。前の本丸では見たことのないその景色に目を見開いたまま、部屋の中の大倶利伽羅を振り返った。
 大倶利伽羅が目を開きこの景色を見ることはない。すうっと心の底の方が冷えた燭台切は一度ぐっと拳を握り締めてから障子戸を閉めた。部屋に飛び込んできた一枚の桜の花びらを拾い上げ盆の端に置きつつ、短刀たちからの贈り物を順に見ていく。どれも綺麗な物だったが、特に真ん中に置かれたずんだ餅に惹かれた。それがずんだ餅だということは知っていたが、食べたことはない。

「倶利ちゃん、これ、ずんだ餅だよ。本物は初めて見たなぁ……美味しそうだね」

 呼びかけた大倶利伽羅からの返事のない。独り言を呟きながら燭台切はずんだ餅をゆっくりと口に入れる。一度、二度と噛み締めるとふいにぼろっと燭台切の目から涙が溢れた。上手く力が入らなくなった顎を無理やり動かし口に入れたずんだ餅を咀嚼する。人の身を得てずんだ餅を食べたのは初めてだった。おそらく貞ちゃんと伽羅ちゃんと鶴さんが作ったのだろうそれを食べれば食べるほど目から涙が溢れてくる。

「倶利ちゃん、ずんだ餅ってすっごくおいしいよ」

 大倶利伽羅は静かに寝息を立てている。燭台切は涙を拭い、鼻をすすった。そして他のプレゼントを一つ一つ目の前にかざして見ては、大倶利伽羅へ見せるように顔の前へ持っていく。決して目を開けることのない大倶利伽羅へ見せたあとはそれらを部屋の隅にある棚の上に飾った。
 贈り物はずいぶんと増えた。棚の上に飾るのもそろそろ限界になる。それだけこの本丸に来てから月日が経ったのかと燭台切は思わず目を伏せた。誰にも虐げられることのない場所でも大倶利伽羅は目を覚まさない。ならば、自分がここにいる理由はあるのか。

「……僕がここにいる理由はあるのかな」

 大倶利伽羅は答えない。燭台切は黙ったまま、棚の上に置かれた様々なものを見つめ続けた。



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