「それでは、失礼いたします」

 全ての手続きを終え、本丸の門の前で職員はぺこりと頭を下げた。つられるように審神者と、一緒に見送りに来た蜂須賀も軽く頭を下げる。

「何かございましたら、こちらまで連絡してください」

 そう言って職員は電話番号の書かれた名刺を差し出す。審神者はそれを素直に受け取り、礼を言った。

「……お礼を言うのは、こちらの方です」

 先程までとは全く違う、職員の優しい声に審神者は今日、何度目かもわからない驚きを受けた。

「あの燭台切光忠は、保護されたときに生きたいと言ったんです。女体の大倶利伽羅と共に生きたい、と」

 けれど、女体の大倶利伽羅は眠ってしまった。いつ目覚めるのかもわからない。自身も呪いを受け左腕を失くしたまま。

「ですが、政府で保護できる期間は決まっています。誰からも申請がなければもうすぐ問答無用で刀解されていたでしょう。あの燭台切は片腕ですし、大倶利伽羅は眠っているので……」

 職員はまっすぐ審神者を見据え、微笑んだ。無機質な機械のようだった表情が今は嘘のように温かみをおびている。

「だから本当に感謝しているんです。引き取っていただけて。これから大変なことばかりだとは思いますが、こちらも全力でサポートいたしますので、どうかよろしくお願いいたします」

 その言葉と共に深々と頭を下げた職員に、審神者はこの人も心のある人間だったのだと安心感を抱いた。そして数秒後、まだ頭を下げたままの職員に気付き、慌てて頭を上げてもらい改めて礼を言う。
 職員は何度も振り返り、何度も礼をしながら帰っていく。ああ、あの燭台切光忠と女体の大倶利伽羅は幸せになることを願われているのだと、胸が暖かくなった。
 門をくぐる職員の背中を見送り、審神者はやることがいっぱいだなと蜂須賀と笑いあう。そんな矢先、どたどたと本丸から誰かが駆けてくる音に審神者は眉をひそめた。

「主!大変だ!」

 それは内番服姿の獅子王だった。ひどく慌てた様子で、審神者の腕を引く。もしや、燭台切光忠と女体の大倶利伽羅を部屋に案内させた鶴丸や倶利伽羅に何かあったのかと、獅子王に腕を引かれるまま審神者は走り出した。足をもつれさせながらたどり着いた燭台切光忠たちの部屋の前には、鶴丸や倶利伽羅立ちすくんでいる。

「どうしたんだ?」

 審神者が声をかけると、困ったように眉をよせている鶴丸が口を開いた。

「閉じ籠っちまったんだ」
「え……」
「出てこない」

 繰り返すように倶利伽羅がそう言い、蜂須賀は困ったねぇとため息を吐いた。獅子王は偶然通りかかったらこの状態だったのだと審神者へ説明する。初日から前途多難だと、審神者は思わず眉間をおさえた。


・・・


 案内された部屋に入るや否や、廊下に面する障子戸を閉め、鶴丸や倶利伽羅を閉め出した燭台切光忠はそっと抱えていた女体の大倶利伽羅を床におろした。

「お布団敷くから待っててね、倶利ちゃん」

 女体の大倶利伽羅の頬を優しく撫で、押入れから布団を出す。干したてなのか、ふかふかのその布団を片腕で器用に床に敷くと、再び女体の大倶利伽羅を抱えあげ、敷いたばかりの布団に寝かせた。女体の大倶利伽羅は穏やかな表情で眠っている。
 あの本丸には布団すらなかった。いつも固い床の上にその日残った刀剣たちで身を寄せ合って眠っていた。

「倶利ちゃん、ここはたぶん安全だよ。君にひどいことをする奴はいないし、何かあっても僕が守るからね」

 眠っている大倶利伽羅から返事はない。それでも燭台切光忠は満足して微笑み、女体の大倶利伽羅の隣に横たわった。そして部屋の外が少し騒がしいと思いながらも目を閉じる。
 目に浮かぶのはあの本丸の怒号を飛ばす審神者の顔だ。怯える短刀を背にかばい、無茶な出陣を買って出る。左腕を失くしてからはそれもままならなくなってしまった。
 胸の苦しさに思わず目を開けると目の前には寝息を立てる大倶利伽羅がいる。政府で受けた手入れのおかげで体中の痣もなくなり、最初は苦しげだった寝顔も今は穏やかになった。

「倶利ちゃん」

 燭台切光忠は返事のない大俱利伽羅の頬を優しくなでる。部屋に閉じこもっても誰も怒鳴り込んでこない。たったそれだけのことに無性に泣きそうだった。

「……もう目覚めてもいいんだよ……」

 そう呟いた燭台切の声は震えていた。




「光忠、この花を見たことがあるか?」

 そう言いながらほとんど枯れてしまった桜の木を指差す大倶利伽羅。僕は隣で木を見上げ、首を振る。

「そうか」
「僕もいつか見てみたいんだ」

 大倶利伽羅は僕の言葉に小さく微笑む。その表情につられて僕も笑った。
 本丸の庭は荒れ果て、もうほとんど植物は残っていない。それでもこうして縁側に並んで座っている時間が好きだった。

「……そろそろ戻る」
「わかったよ、またね」

 名残惜しそうに去っていく倶利伽羅の背が見えなくなるまで見続け、僕は拳をぎゅっと握りしめた。



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