「っわ! ねえ、驚いた!?」

彼の背中を軽く押した。しかし⬛︎原は彼女の言葉に反応せず、ただここにはない誰か見据えているだけだ。
それに不満を持った名字は彼の正面に移動して、容赦なく足を蹴る。

「っう ……って、名無し!?」

膝から伝わってくる痛みに苦しげな顔になった少年であったが、足を蹴った相手が彼の待ち望んでいた者である事に驚愕の色を表す。

「遅れたのは謝るけど、だからって無視しなくてもいいじゃん」

頬を膨らませながら怒る彼女は目の前にいる彼と同い年であり、幼馴染なんては到底思えない。
ごめん、などと取り繕うように言葉を紡いでいく彼の両目には怒りや殺意などは無い。けれどもその網膜には明らかな独占欲が張り付いていた。

「別に、もういいけど。というかそれ何?」

彼女の百合を思わせる白い指は、⬛︎原の指が愛の包まれた封書からただの紙屑へと成り下がらせたものに向いている。

「名無しには関係ないから、気にしなくていいよ。それより、はい、お弁当」

関係ない、と一蹴された事に怒ったのか名字は⬛︎原のお腹あたりを叩こうとしたが、その前に彼が彼女の頭を撫でながら彼特製のお弁当を渡したため何も言えなくなった。

彼は、いつか話すよ、なんて弁当を渡した手の人差し指を口に当てる。
彼の母親は俳優であり、そんな母親に似た美人顔でそんな事を言われてしまえば、長年一緒にいた名字も頬を染め上げてしまう。

頬を染める彼女に対して可愛い、などという感情を彼は抱いたが、彼は平然を装いながらお昼ご飯を食べようとする。
彼女もそれに気づいたのか、⬛︎原の隣に座って作ってもらったお弁当を食べる。

「うん。やっぱり、あんな奴には渡せないな」

「……え、何の話?」

意味深な事を呟いた⬛︎原に彼女は疑問を投げかけるが、笑みを浮かべるだけで答えてはくれない。
彼女はその網膜に張り付いた独占欲の一端が垣間見えてしまい、少しだけ悪寒を感じる。
そんな寒気は彼が作って卵焼きと共に喉の奥に無理矢理飲み込み、気づかないふりをした。